僕が小説を無料公開しようと思うにいたるまで。

 講談社と小学館の協力を頂いて、『三軒茶屋星座館』と『あなたの明かりが消えること』、『あした世界が、』の電子書籍版を期間限定で無料公開することとなりました。(星座館シリーズは第1巻のみ、2巻以降値下げ)

 作家としては自分の作品の売上げがないとゆくゆくは困るかも知れないのだけど、このコロナ禍のなかで自分が何ができるだろうかと考え「いますぐできること」のひとつとして無料公開することにしました。

 なんでわざわざそんなことをしようと思ったか、という経緯をコロナ禍が拡大していく時間経過とともに、久しぶりにnoteで書いてみようと思いました。


クルーズ船はあまりにも美しい黒船だった

 これを書いている2020年5月15日、前日には39県の緊急事態宣言が解かれました。4月16日から約一ヶ月つづいた全国全域の緊急事態宣言が、これで(一旦は)終わったことになります。とはいえ僕の暮らしている東京はいまだ緊急事態宣言下にあり、新規感染者数は減少傾向にあるものの、収束と呼ぶにはまだ時間がかかるかと思われます。

 さて、いまだこれだけ世界をひっくり返している covid-19 だけど、僕がその恐ろしさを肌で感じるようになるまでには、幾つかの段階がありました。

 武漢での新感染症の蔓延、武漢封鎖、ダイアモンド・プリンセス号の船内隔離、イタリア、スペイン、アメリカでの各都市のロックダウン、そして志村けんさんの死、日本国内の緊急事態宣言。

 僕にとって急激にニュースが身近なったのは、クルーズ船「ダイアモンド・プリンセス号」内で感染がニュースで取り上げられるようになってから。このニュースは二月初旬のことだから、三ヶ月前のことになります。ひやっとした感覚を肌に覚えました。

 わけのわからない新型の感染症が、横浜に接岸したクルーズ船内で蔓延していて、刻一刻と感染者が増えていっている。「もしかしたら日本でも武漢のようなことが実際に起こるかもしれない」と初めて想像したのはその頃です。逆に言うと、武漢封鎖の段階では、まさかこの感染症が日本でも拡大し緊急事態宣言に到るだなんて、想像もしていませんでした。

 その後3月に入り、新型コロナは日本国内より早く、欧米で猛威をふるうようになり、その状況の深刻さを映像や記事を通して知るようになります。

 映像や記事の力はすさまじいものがありました。

 それも、現地で個人が発信しているナマの情報には。

 大手メディアが伝えやすく成形した情報ではなく、個人が記録した生情報には見逃しようのない恐怖と危機感が刻まれていました。文字通り「命からがら」発信された情報です。

 ロックダウンして人っ子一人いない大都市の異様な光景や、最前線の医療現場で起きている悲惨な状況を目にすることで、いよいよ本格的にとんでもない事態が持ち上がっているいることを実感します。

 4月になると非常事態宣言が日本でも出されて、柴崎家の生活にもダイレクトな影響が生まれてから一ヶ月以上が経ちます。

 最前線に立つ医療従事者の方々には、ひたすら感謝するばかりです。

 僕には医療に従事している仲の良い友人が何人かいるけれど、ふだんはお互いにばかみたいな話しかしないし、友人として尊敬はしていても「お前、それは本気で本気の、心の底からの尊敬か?」とLINEで問い詰められたら、「みなかったことにしよう」と既読スルーして飲みに出かける程度の尊敬でした。すみません。

 でもこの場にあって、未知のウィルスの感染リスクをおいながらそれでも患者と向かいつづける彼らには、頭を上げることができません。

 もうあらためて言うまでもないですが、covid-19 による全世界での死者は刻々と増えつづけており、5/15日現在で30万人を超えています。

 既に起こりつつある経済的な打撃も深刻です。
 5月8日にアメリカ政府労働省が発表した雇用統計によると、アメリカの4月の失業者数は約2050万人、失業率は14.7%と、1930年代の世界恐慌以降で最悪の水準となっています(たった2ヵ月前、2月の失業率は3.5%でした)。米ゴールドマンサックスの予想によると、同国失業率はピーク時に25%にも達する(大恐慌並み)としています。

 すでに様々な場所でうんざりするほど語られているけれど、これから世界経済全体は落ち込んで、社会の在り方も変わっていきます。どう変わっていくかは僕らがどのような社会を志向するかでその姿を大きく変えるだろうし、今日の僕らがどのような行動をとるかによっても数年後の仕組みは違ってくるでしょう。

 三ヶ月前にダイアモンド・プリンセス号のニュースにはじめて触れたとき、ひやっとはしたけれどここまでの惨事の拡大が起こるとは想像していなかった。あの頃、ダイアモンド・プリンセス号の外観の映像は何度も見ていたけれど、その白く美しい船が、黒船にはとうてい見えなかった。それが正直な所です。


似て非なるデジャヴ

 僕は似たような危機感と恐怖を311のときにも感じました。
 東日本大震災が起きたとき、そして福島第一原発のなかで刻々と燃料が炉心融解に向かっているとき。なにかとてつもなく恐ろしいことが持ち上がりつつあるのは理解しながら、それがいったいどれほど深刻なもので、この先自分たちの生活がどのように変わってしまうのかが分からない恐怖でした。

 ただ東日本大震災のときには、危機感の高まりが急激でした。予備動作なく、とつぜん横っ面を引っぱたかれたようなものです。

 3月11日に大地震が起こるやいなや、数日の内に原発危機も、津波による現地生活者の甚大な被害も、すぐさまテレビやSNSを通じて広く報じられました。

 いま、なにか自分にできることは。

 多くの人がそう考えたと思います。

 社会が未曾有の危機に遭遇したとき、その瞬間に作家ができる社会への貢献はあるていど限られています。勇気づけること、鼓舞すること、支えることをメッセージとして伝えることはもちろんですが、僕らは食料や生活必需品を生産しているわけでも、トラックを何台も持っているわけではありません(そういう作家もいるかもしれないけれど)。

 あのときは友人の協力を得て四月末にボランティアとして石巻に入り、そこで無惨に積み上げられている個人邸宅の瓦礫の除去作業を手伝いました。


画像1

画像2

画像3


 ボランティア作業と同時並行で、作家仲間と連絡を取りつつ、今自分たちにできることは何なのかを話し合って、六月にはチャリティーイベントを開催しました。

 趣旨に賛同してくれた作家の友人と一緒に開催した『世音堂(ぜのんどう)』という小説執筆&朗読イベントで、チケットの売上げを全額NPOに寄付しました。


画像5

画像4


 今になって思えば、誰かの役に立ちたいとか、善意というようなもんじゃなくて、むしろ自分のために、なにかに向かって体を動かしていなければ、まともに息ができないほど不安だったのだと思います。

 今回のコロナ禍ですぐに感じたのは、その311のデジャヴです。

 すでに危機は起きてる。そしてこの後さらに、とてつもなく禍々しいものがやってくる気配がする。

 でも今回が311と明らかに違うのは、そのような不安と恐怖を、世界中の人々が、同じ瞬間に感じている点です。

 これまでも人類は、社会に深刻なダメージを負うような危機を何度も経験してきたけれど、それはあくまで局所的な危機でした。

 二回の世界大戦にしたって、南半球の多くの国には差し迫った脅威はありませんでした。ペストやスペイン風邪といった世界的な疫病もあったけれど、それらも北半球が主な感染範囲です。さらに当時にインターネットはなく、いまとは比べものにならないほど情報は分断されていました。彼らは地球単位ではなく、国単位、あるいは地域単位で危機と相対していました。

 間違いなく、僕らはいま歴史上初めてのことを経験しています。

 全世界の人類が、同じ1トピックによって激震し、そのことを自覚しています。

 311のデジャヴと最初は思ったけれど、日が経つにつれて、311との違いを感じるようになりました。

 新コロナには逃げ場はありません。

 東日本大震災のときには、関西へ行けばそこにはふだんと変わらない日常が流れていました。でも今は、世界のどこに行っても新コロナの影から逃げることはできないし、そもそも長距離の移動自体が困難です。


小説家はどのような仕事の影響を受けたか

 僕は小説を書く以外にも、脚本を書いたり、作詞をしたり、あるいは他にもいろんなお仕事に携わらせて頂いています。

 もちろん、仕事にも幾つか影響がありました。

 小説家の仕事という点で言えば、いま執筆中の小説の構成を、根本から見直す必要に迫られています。

 この作品の構成を考え始めたのはコロナ以前の時期でした。そのため、世界が新型コロナを経験したことのない社会が前提として物語が進行しています。

 それでもコロナ禍が物語の大筋とあまり関係のない作品ならば、気にせず書き進めていたかも知れないのだけど、主な登場人物たちが就いている職種は今回のコロナ禍に大きく影響を受ける領域にあり、それを無視して物語を紡いでいくと自分の中でどうしてもリアリティが持てないのです。そのために編集者とも話して、もういちど物語のありかたを見直すことに決めました。

 脚本や作詞、その他の作品については、進行中のものが幾つかあり、これらは予定通りに進めています。

 (ただひとつ、コロナ禍とは関係はないのですが、ご一緒に脚本の作品作りを進めていた藤原啓治さんが急逝され、製作が一旦停止している作品もあります。想像力・創造力の権化のような藤原さんとの作品作りはこれ以上ないくらい楽しい仕事でしたし、ご一緒にお仕事をさせて頂いたことはほんとうに得がたい経験となりました。いまだに実感がないのが、ほんとうの気持ちです。心よりご冥福をお祈りしています)

 今後のことはわからないけれど、作家は飲食業やイベント業、旅行業と違い、急激に打撃を受ける仕事ではありません。いまのところは、自分の作品をひとつ、はじめから書き直すことに決めたくらいです。

 ただし、生活は変わりました。

 保育園が休園となると、夫婦共働きである柴崎家では早々に妻の両親に子育ての手を借りることを決め、妻と息子は彼女の福島の実家へと住まいを移しました。僕は家に残りひきつづき東京で、妻は福島からテレワークで仕事を続けています。

 東京では買物と仕事部屋への自転車通勤をのぞいては、ほとんど外出することがなくなりました。毎週、RIP SLYMEのRYO-Zさんと飲み屋で収録していたポッドキャストも、いまではzoomを利用してリモート収録しています。

 特に緊急事態宣言が出された直後の二週間は、仕事部屋にも行かなかったし、散歩や買物も可能なかぎり回数を減らしていました。自主隔離の意図で外出しなかった二週間です。

 その二週間を経験して、ダイアモンド・プリンセス号内での船内隔離がどれほど精神的に堪える時間だったのかを実感しました。僕の自宅には窓はあるし、その気になれば外へ散歩に出ることだってできたけど、船内には窓ひとつない部屋も数多くあったからです。
 

 おそらく、外出自粛されているみなさんも、同じように感じているんじゃないかと思います。

 外出自粛は、想像以上にメンタルにくる。

 太陽の光を浴びられない、親しい仲間と会えない、外出したとしても人の目が気になる、人の目だけじゃなくウィルスが気になってモノに触れるのことにも神経を使う。マスクもアルコール消毒液も売っておらず、売っていたとしても躊躇せずには購入できない値付けになってる。そうなると使い捨てのはずのマスクも何回か使い回さざるをえない。

 そんな生活を続けていれば、仕事への影響がある人はもちろん、仕事への影響が少ない人だって、外出自粛期間によってメンタルヘルスが脅威に晒されていることを実感しました。


書籍の売上げで食べているのは作家だけじゃない

 2011年、東日本大震災の際に考えたのと同じように、いま自分が作家として何かできることがないかと考えるようになったのは、三月に入ってからです。おそらく三月に入ったころに、僕の危機感や不安が東日本大震災のときに感じていたレベルに達したのかもしれません。

 もちろん作家の仕事は、こつこつと毎日すこしずつ作品を作り上げて、完成したあかつきには、世間に発表してみなさんに楽しんで頂くことです。でもいまはまだどの作品もしかかりで、完成にはまだまだ時間が掛かる。

 すぐにできることとして思いつくのは311の際に開いたようなイベントだけれど、今回は開けません。そもそもイベント開催自体が、感染者を増やす結果を招くかも知れないのだから。

 なにも思いつかないまま、緊急事態宣言が出され、その時期に自分と同じように引きこもるようになった多くの友人とビデオチャットで話すようになりました。

「三軒茶屋星座館を無料公開すればいいのに」

 と言ってくれたのはIT畑の友人です。

 何をむちゃな、とすぐに思いました。

 小説家が自分の本を無料で公開したら、売上が立ちません。僕の収入が無くなるのです。とくに三軒茶屋星座館に関してはシリーズものだけあって、著作の中でも最も売上の高い作品です。

 それだけでも問題だけど、本の売上げに影響するのは小説家だけじゃありません。出版社も書店も、本の売上げで社員の給料を払っています。
 僕が書いた作品ではあるけれど、僕の勝手な思いつきでそれを無料にしてしまうことはできません。

 もっといえば、現実的に三軒茶屋星座館の即座無料公開は不可能でした。なぜなら電子書籍化をしていないからです。電子書籍にするにはデジタルでレイアウトを組み直す必要があるために、相応の時間が掛かります。

 でも、それから数日間、作品無料化のことが頭のなかで繰り返されました。というのも、それほど外出自粛がストレスだったからです。

 家の中でじっとしていればいるほど、運動の大切さを実感します。
 体を動かさなければ、肉体を健康的に保つことは難しい。

 そしてそれと同様に、心を健康に保つためには、心を動かして、運動させる必要があります。そして作家の仕事は、読者の心を動かすような作品を生み出すことです。

 いますぐ新しい作品を完成させることはできないけれど、過去の作品ならすでにあるし、いますぐ心の運動に役立てるかも知れない。


 もちろん世界には数え切れないほどのすばらしい小説作品があるし、なんならNetflixもAmazonプライムビデオも、Youtubeもポッドキャストもある。みんな心の運動には事欠かない。
 でも、だからといって、心の運動のための選択肢が増えることは、喜ばしいことなんじゃないだろうか。それも無料であるならば、なおさら。

「自分の小説をすべて無料公開したいと思ってます」

 講談社と小学館の担当編集者にそう伝えたのは、友人と話した二日後だったと思います。どうせやるなら電子化されている自著はすべて無料にしたいと思いました。小学館にも電子書籍化されている『あなたの明かりが消えること』と『あした世界が、』があったので、担当編集者に連絡を取りました。嫌がられるだろうな、とはじめは思っていましたが、僕の意図を説明すると編集者も前向きに対応してくれました。

「そんなことを言ってきた担当作家ははじめてです」

 笑われたけど、その場で社内外の調整を約束してくれました。

 出版社となんどかの話し合いの元に、最終的には冒頭で書いたように3タイトルの期間限定無料公開と、それ以外の値引き販売が決まりました。星座館シリーズに関しては無料公開を前提とした電子化が突貫で行われました。

 実は僕自身も詳しく知らなかったのですが、紙書籍をデジタル化して電子書籍とするためには、少なからぬ人たちの承認と手作業を経なければならないそうです。まだ電子化されていなかった三軒茶屋星座館シリーズ4冊に関してはすべて電子化するのに1ヵ月以上掛かるとのことだったのですが、無理をして頂いて予定よりも随分と早い電子化を実現して頂けました。

 おそらく「無料公開を目的とした既刊書の電子化」なんて他にも例がないはずです。

 ご協力頂いた出版社、書店、ならびに書籍に関わって頂いているその他大勢の方々に御礼を申し上げます。



 Covid-19の状況をみつつ今後の公開期間は検討されますが、ひとまず五月末まで作品は無料公開されています。

 僕自身も自粛中の時間はエンターテインメントに随分と助けられています。この公開書籍が外出を控えている方の、心の運動の一助になることができれば嬉しく思っています。


 一日でも早くコロナ禍が落ち着きを見せてくれること、そしてみなさんの健康と安全を祈っています。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?