見出し画像

魔法使いの指 ヘルベルト・ブロムシュテット

今年こそブロムシュテットさんに会いに行こう。そう思っていた。「会いに行く」とはいっても、それはつまりチケットを買ってコンサートを聴きに行くということだ。クラシックであっても、ロックであっても、落語であっても(寄席には実はまだ行ったことがないのだが)、それは自分としては「会いに行く」ことになる。その人と同じ空間と時間を共有することこそ、自分がしたいことだから。

1927年生まれの95歳。失礼な話ではあるが、「今会っておかないと、もしかしたら次はないかも・・・」との思いに背中を、いや指を押されて、チケットを買ったことは否定できない事実だ。

NHK交響楽団10月定期公演。Aプログラムの「マーラー第9番」もBプログラムのサントリーホールも売り切れていて、Cプログラムはまだ残席があった。シューベルトの初期交響曲、第1番と第6番。それぞれ30分程度で合わせて1時間と少しの演奏会である。休憩はない。

Cプログラム、面白い試みだと思う。コンセプトは「通常よりコンパクトな60分~80分程度に公演時間を凝縮し、世界的指揮者たちとともにNHKホールからとびきりの名作をリーズナブルな価格でお届けします。」ということだそうだ。そういうこともあってか、土曜日の昼下がりだから特にそうなのか、客席の年齢層は非常に高く感じた。

久しぶりのNHKホールだが、今回は音の響きよりも、ブロムシュテットさんにできるだけ近いところで、その表情や指揮を拝むのが目的なので、1階前方。まだ空いていた左端、それも本当のいちばん端の席をとった。ここなら、演奏中も、演奏を終えて袖に戻る時も、よく見えるに違いない。

楽団員が入場して拍手が起こる。まだ全員が自分の席についていないうちから、ブロムシュテットさんが、脇を支えられながら、ゆっくりと登場して指揮台に向かうと、まさに「割れんばかり」とは文字通りこのことがというくらい力強い拍手がホール全体から降ってきた。これだけでなんかちょっとうるっとした。拍手だけでも気持ちが伝わることも、確かにあるんだなと、信じることができた瞬間だった。

指揮台に据え付けられた椅子に座る。一転して訪れる静寂と緊張感。

優しくも、厳しい横顔と、そして目。

指揮棒を持たない、その大きな白い手が静かに上がる。

第1番。その動きは本当に優雅で、無駄な装飾がないと、技術的なことは何もわからない素人目ではあるが、そう感じた。
手首を柔らかく使いながら、長い指先でオーケストラを動かす。その指は魔法使いの指。

第6番に入ると、その動きはよりダイナミックになる。肩から先を大きく回す。上半身のひねりも加わる。
「三次元」「立体的」というどうもクラシックには似つかわしくない言葉がふと浮かんでそんな自分に苦笑する。

月並みな言葉しか浮かんでこないけれど、本当に夢のような一時間だった。

95年間の人生と、築いて来られたその音楽のメッセージをたしかに自分は心で受け止めることができたと思う。そして、数千分の1ではあっても、自分が心から感動したその思いは、拍手を通じて、氏に伝わったと信じたい。ある意味、心を通わせることができたのだと、そう信じたい。

どうかこれからもお元気で。また次にお会いできる日を楽しみに待っています。

カーテンコールは再び万雷の拍手に飲み込まれた


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?