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60歳からの古本屋開業 第3章 再び激安物件ツアー(5)私の住宅事情

登場人物
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ
赤羽修介(あかば・しゅうすけ) 赤羽氏。元出版社勤務のおやじ


再び、人生の転換期を経て

 前回は赤羽氏の嫁事情、いや住宅事情についてご紹介したので、今回は私の住宅事情について簡単にご説明しよう。
 この連載の第2章(6)で登場した例のマンション、いまはそれを売って別の分譲マンションに移り住んでおり、今後もずっと住む予定。

 一昨年無事に30数年にわたる長きローン生活を終了し、ほっと力を抜いたところだ。
 家族は娘二人。
 嫁は、同じく上記第2章(6)の「マンション買ったら嫁が来た」の嫁だが、3年ほど前に離婚した。
 私が家にお金を入れない、暴力をふるう、浮気三昧、などの理由ではない。お互い、結婚にあまり向いていなかったということだったのかもしれない。
 直接の行動のきっかけとなったのは新型コロナの蔓延。
 その直前から妻は、地元の駅前でスナックを開業していた。
 もう十数年にわたって家計、家事の一切は私が執り行っていた。嫁は自由に働きに出られ、収入はすべて自分のお小遣い。これで開業資金を準備していたのだ。
 開業当初は2人の娘が手伝って、酔っ払い客たちを相手にしていた。
「凄いなー、あんなに小さかった娘たちが、今は酔っ払いの相手を平気でしている。女ってタフだなー」
と感動したものだ。
 そして新型コロナ来襲。開業直後であっても店は店。休業のための結構な額の補助金が、東京都から支給されることとなる。
 普通のお店であれば、こうした補助金は店員への休業補償や家賃などに当てられるが、嫁の店の店員は娘たち。家賃は払うが店員への保証などは不要で、娘たちはいつもの生活に戻るだけ。
 こうして補助金の大半を貯めたところで、すでに何年も会話のなかった私宛にメールが届く。
「私、部屋を借りたので出ていきます」
「了解。結婚はどうします?」
「できれば離婚したいです」
「了解」
 この短いメールのやり取りで、すんなりと離婚が成立した。
 慰謝料なし。財産分与なし。
 知り合いの弁護士からは、むしろ幾許いくばくかの慰謝料を取れるのではないかと呆れられるほど、奇妙なバランスの結婚生活だった。
 娘たちはとっくに成人しているので養育費もなし。そして今まで通り、私と暮らしている。
 嫁のいない生活も、そもそも、すべての家事を自分でやっていたので特に支障なし。
 考えてみれば可愛げのない旦那であるが、おろおろするよりは随分よい。
 元嫁とも距離ができた分、間柄がむしろ正常化し、たまに元嫁の店に娘と飲みに行くようなこともしているし、娘たちと旅行に行くときには、猫の世話を頼んだりもしている。
 で、ようやく部屋の話であるが、身勝手な話、マンションの一部屋を書庫にするというのは、なかなかつらい。
 すでに自宅には、膨大な量の本が積まれてる。その上で、さらに一部屋を書庫にするとなると、なかなか圧迫されるものがある。
 そして実を申せば、私の性格は、赤羽嫁とは真逆のモノ嫌い。嫌いというか、とにかく余計なものを身近に置いておきたくない性格で、本以外の余計なものは、自室にほとんどおいていない。
 そんな私だから、やはり別に部屋を借りるという方向に思いが傾くのだ。

たまにはちゃんとやりましょう

 内見を終えたその日も例のごとく、昼間からやっているお店に飲みに行く。
「そういえば、この前の不動産屋から連絡ありましたか?」と赤羽氏。

「いや、僕のほうにはないですよ。やっぱりあれですかね、赤羽さんの『これだったら改装なしで1万5000円かな~』発言に絶望してしまったんじゃないですかね。なんか、あの口ぶりだと、3万円代くらいのこと考えていたような気もしますし」
「かもしれないですね。まあ、向こうにしても部屋の中も見ずに『借りたい』とか言ってくるとも思ってないかもしれないしね」
「ですよね。ところで物件探しをやりながら、いちど肝心の古本屋開業に向けて何をしなくてはならないか、整理してみませんか」
「あぁ、いいですね、そうしましょう」
「来週あたり、ちょっと項目を挙げていきますんで、一回ちゃんと打ち合わせをしましょう」
 そこは長年社会人をやってきた2人である。飲んでばかりではなく、ちゃんとやるときはやるのである。
 (そんなのとっくに……というご意見は、この際、聞きません)

(第4章につづく)


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