「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ

 ここ一年程ビジネス書ばかりを読んでいたのですが、最近「小説を読むことも想像力のトレーニングになるから良い」ということを知って、また小説を読み始めています(不純)。
 今回は、映画化・ドラマ化された作品で、以前から読みたいと思っていた作品についに手を出しました。

「わたしを離さないで」 カズオ・イシグロ

「優秀な介護人キャシーは、「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。
とある提供者から、キャシーの育った施設・ヘールシャムのことを聞かれ、話したことをきっかけに、キャシーは抑え込んでいた過去の思い出を振り返り、幸せだったヘールシャムでの日々に思いをはせる。
キャシーの回想から徐々に明らかになっていくヘールシャムの残酷な事実。ヘールシャムにいる子供たちは実は、臓器提供をするために育てられているクローン人間だった。
その事実を知りながら、大人になっていくキャシー達は日々何を考え、何を感じていたのか。
技術の発達が著しく、あながち空想で片づけられない時代になっているからこそ、自分事に引き付けて読むことができる1冊」


 一番印象に残っているのは、提供者たちが、自分たちが臓器を提供して死ぬことに何の疑問も持っていないことです。自分たちがそれを理解できるすこし前にそのことを伝えられるため、自然に体に考えが染みついてしまって受け入れているのか、それともクローン人間ゆえにそこに恐怖を感じないのか、、、

v彼らの希望は、「愛し合った男女が真実の愛を見せれば、提供を3年待ってもらえる」という“延長”だけで、死の運命からなんとか抜け出そう・逃れようとする姿が全くないのです。それ以外の生き方があることは知っているけれど、それを望んでも仕方ないと諦めてしまっているのか、はたまた、大人になってそれを望むことすら忘れてしまったのか…
 また、主人公のキャシーが、感情を爆発させる場面がほとんどなく、淡々と思い出を語る様子も、彼女が自分の運命を受け入れて諦めてしまっているように感じられます。

 そんな登場人物たちの姿から、現実の自分も、気付かないうちに自ら可能性を閉じてしまっているのではないか、見ないようにしていることがあるのではないか、さらに進んで、自分達には教えられていない世の中の仕組みがあり、自分たちはそれに気づいていないだけなのではないかというところまで想像が膨らみます。

 カズオイシグロの作品は「日の名残り」に続いて2作目。「日の名残り」もそうでしたが、描写がとっても細かくて、光景がありありと目に浮かびます。
 ストーリー自体が特別凝っていたり、キレイに伏線を回収したり、意外な結末があったりするわけではないのですが、めちゃくちゃ面白い。

 特にこの作品は、登場人物の感情の機微が非常に細かく書かれています。
友人がついた、見逃せるような小さな嘘を、暴いて得意になってしまうときの残酷な気持ちや、本当は思ってもいないのにその場のノリに合わせて口にしてしまった悪口を本人にばらされた時の怒りとやるせなさがごちゃまぜになった感情だとか、、、、
 よくここまで人間の中のこんがらがっている感情を解きほぐして、言葉というめんどくさいツールで表現できるなと本当に感心するばかり。
 登場人物の心の動きが手に取るようにわかり、まったく違和感なく読むことができます。

 自分の感情と向き合うのが好きな方、倫理について考えるのが好きな方にお勧めです!

 まだまだカズオイシグロ作品の積読があるので近いうちに読もうと思います!

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