夢を叶えられない僕らは、幸せになれないのか ~「アルケミスト」を読んで思ったこと~

本好きの方は共感してくれると思うのですが、本って出合うタイミングによって、価値が変わるじゃないですか。世間的に有名で、名作と言われているような本でも、その時の気分によっては全然響かなかったり、逆に誰も知らないような本でも、自分の置かれている状況とリンクして、人生のバイブルになったり。

今の僕の悩みは、
「どうしたら自分は幸せな人生を歩めるのか」
ということです。
似たような悩みを持つ人すべてにお勧めできる1冊が見つかりました。


「アルケミスト」パウロ・コエーリョ


旅をしたいという自分の望みをかなえるために、羊飼いになった少年サンチャゴは、ピラミッドのそばに、隠された宝物があるという夢に従い、2年近く旅を共にした羊たちを手放して、宝があるエジプトへ向かう。自分の夢を信じて旅を続ける少年は、道中様々な出会いと別れを繰り返しながら人生の知恵を学んでいく。

夢を持ち、それを叶えることの大切さを書いた物語。
夢、すなわち、自分が「本当に」「心から」望んでいる道を選べば、それを実現する途中で、必要なことを全て学び、全てを体験することができる、というのです。

「そりゃ、やりたいことをやれたら幸せだってことはわかっているけれど、その道を進むことができる人なんて、ごく一部だよ」と思ってしまう人は少なくないでしょう。
僕もそう思います。
でも、世の中には、「信じればいつか夢がかなう」「夢を叶えることが一番の幸せ」というような考えが一般的ですよね。その結果、私たちは、夢を叶えられていない、本当にやりたいことをできていない自分は幸せじゃないんじゃないか、もっと幸せな道があるんじゃないか、と考えてしまいがちです。

しかし、その考えは正しいのでしょうか。

この本が言いたいのは「やりたいことをやれば幸せ」とか、そんなことではなく、その一歩先にあると考えます。

そもそもなぜ、人は望んでいる道を選ぶと幸せだ、と考えるのでしょうか?なぜ、夢を追いかけている人は幸せそうなのでしょうか。
それは、望んでいる道を選んだから、夢を追いかけているからではなく、それらの結果、「一生懸命やるから」「本気になれるから」「楽しめるから」「選択に責任があるから」ではないでしょうか。
逆に言えば、一生懸命やること、本気になること、楽しむこと、選択に責任を持つことをすれば、幸せになれるはずです。

やりたいことはわかっているけど、様々な理由でその道を選べない人もいるでしょう。
その道を選ぶことで誰かを傷つけたり、迷惑がかかったり、悲しませたり、、、
自分のやりたいことをするより、周囲の人を大切にすることを選ぶのもその人の人生です。
では、そうした理由で夢をあきらめる人は、幸せになれないのでしょうか。
否。
そんなことは無いはずです。

以前も書きましたが、自分で自分が進む道を決めること。そして、その先にあるものを手に入れるために本気で取り組むことが大切なのです。

おそらく作者の意図もそこにあるのだろうと思います。だからこそ、「夢を持つことだけでなく、叶えないと意味がない」ということを書いたのでしょう。
夢を持っても、夢に向かって歩いている自分に満足してしまったら、宝物=幸せは手に入らないのだと思います。

本当にしたい生き方を選べない、臆病者のいいわけですかね?

みなさんのご意見・ご感想お待ちしております。


最後に、人生ってこういうことなんじゃないかと思える、物語の素敵な結末を、要約して紹介し、終わろうと思います。

沢山の試練を乗り越え、自分の夢を求め続けた少年は、ついにピラミッドに到着し、そのあまりの美しさに涙する。
だが、宝物はここにはなく、夢を見たときに寝床にしていた教会に埋まっているということがわかる。
何度も一文無しになり、何度も命の危機を潜り抜けた少年は空に向かって問いかける。「あなたは物語の全部を知っていたのですよね。こんなことを僕にさせなくてもよかったのではありませんか?」
すると風の中から声がした。
「いいや。もし、わしがお前に話していたら、お前はピラミッドを見なかったことだろう。ピラミッドは美しくはなかったかね?」

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