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乾パンフレンドの終焉

基本的に三食すべて乾パンで済ませている俺は、台湾旅行でも乾パンをぱくついていた。友達は既にご当地グルメを堪能すべく、街に繰り出してしまった。ホテル内に響き渡る乾パンをかみ砕く音。

三人で旅行に来ているというのに、俺だけ置いていくことないだろう。ぼりぼりぼりぼり……。街に繰り出した友人の一人は「乾パンフレンド」である。病める時も、健やかなる時も俺たちは二人で乾パンに齧りついていたではないか!よお田中よお!

「台湾の女の子って可愛いらしいぜ」

鼻息を荒くする普通人の六本木。俺も田中も乾パンに齧りつきながら、六本木の様子を見ていた。ただ、六本木はやり手の営業マン。悪徳営業マンの口車に乗せられ、ついに田中は齧っていた乾パンを落とした。

「おっおっおれもいくう」

口から食べかけの乾パンをこぼしながら田中は焦ったように言った。こいつまで、鼻息を荒くしやがって。全く、乾パンフレンドにあるまじき態度。俺は憤慨した。膝の上で鎮座する乾パン缶を田中に投げつけてやろうとも思った。

ただ、今は旅行中。ここで俺が取り乱してしまっては、台無しになる。そもそも、俺が激怒したところで意味はないのだ。悪徳営業マンの六本木は元柔道部、田中は元卓球部である。六本木は言うまでもなく強いが、一番恐ろしいのは田中。キレると手を付けられない獣である。

「まあ行って来いよ。俺はここで乾パンと愛を語りあってるからな」

あと一歩で手が出そうになるのをこらえ、そっぽを向く。いやあまるで日本とは景色が違いますな、などと意識を逸らす。

「そんなこといわないでいっしょにいこうよお」

腑抜けた声を出す田中。お前いつからひらがなでしゃべるようになったんだ。悪徳営業マンに脳まで汚染されたか。

「田中……。いままで楽しかったぜ。ありがとよ」

背を向けたまま乾パンをひとかけら田中に投げる。二人は何か話ていたようだったが、ほどなくして扉の閉まる音が響いた。やっと出て行ったか。振り返ると床に死んだセミのように転がる乾パン。

思い出したらイライラしてきた。すかさず、Youtubeでインチキ臭いスピリチュアル音源を流し瞑想する。田中への怒りが収まり、目を開ける。二時間経っていた。ソファに置きっぱなしの乾パン缶を手に取ろうと思った矢先、扉が開いた。

「おう!女の子連れてきたぞお!」

六本木の声。悪徳営業マンのテクニック。話術。俺は幻術に引っかかった。翌朝、大量死している乾パンを俺と田中は見つめていた。お互い、目を合わせてどちらともなく微笑んだ。

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