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バンド

好きになったきっかけは音楽好きの友人からの勧めでたまたま曲を聴いたことだった。雷が落ちたような、いわゆる"ひと耳惚れ"みたいなものだったと思う。初めていったライブは大阪の商業施設内にあるライブハウスだった。そのはずなのに、お客さんはすかすかだった。でも、ライブが始まればもう心は鷲掴みにされていて、たった1曲で、たった1回のライブでこんなに引き込まれるなんて、このバンドはなんてバンドなんだ、と思った。それから狂ったようにライブに行きまくり、年齢も住む場所も違う友人も出来た。ほぼ現場でしか会わなかったはずだが、プライベートの話が大半になるくらいまで仲良くなった。その友人達とともに、地方住みなのにも関わらず北海道まで行ったこともあった。

彼らはずっと、紅白に出たいと言っていた。そのためにイオンのような商業施設で、アンプを繋がずにライブをして、手売りでCDを売っていた時期もあった。恥ずかしながら、わたしはいわゆる追っかけというやつだったので、CDは全部持っているのに、彼らと話がしたいという理由で何枚も何枚もCDを買った。彼らの音楽が大好きなのは大前提だった。でも今思えば、わたしの目を見て、ありがとうと、またきてねと言ってくれるのが嬉しかったし、どんなところで聴いていてもわたしを見つけてくれて、目を見て歌ってくれるし、名前を言わなくともCDに自分の名前を入れてくれる優越感に浸っていたのだと思う。完全に邪心だった。だけど、本当に本当に、純粋に彼らの音楽が大好きで、大切だった。そうこうしているうちにそんなライブも突然終わりを告げた。それから、少しずつ彼らとの距離が出来始めたと思う。わたしも口を開けばバンドの愚痴を言い始めるようになった。彼らの作る音楽も心なしか変わったように感じた。バックバンドも増えた。彼らの変化を嬉しいと思う一方、出来るだけ口には出さなかったつもりだが、それがどこか、寂しかった。わたしが出会った頃との音楽とは違ったものだったから。そしてそのあと、大きなドラマのタイアップが決まった。それがどういうことか、内心分かっていた。やがて大きなライブハウスのチケットも取れなくなった。相手にしていなかった友人たちもこぞって彼らの曲を聴きはじめた。そして彼らは本当に紅白に出た。

わたしの気持ちが完全に音を立てて崩れ落ちたのは、ある音楽雑誌のインタビューがきっかけだった。それは、「聴いてくれる全員のために、全員が好きな音楽を届けるのは難しいから、自分達が好きだと、やりたいと思う音楽をやり続けて少しでも多くの人に寄り添える音楽を届ける」といった内容だったと思う。わたしには、「今までの僕らの音楽を好きでいてくれた人達、ありがとう、でも僕たちの好きな音楽はこれだから、どうかわかってよ」と、どこか突き放すような言葉に聞こえてしまった。ライブではいつもいつも、ひとりひとりに音楽を届けると、どんなに離れても変わらないと、絶対に届けると、そう言ってくれたじゃんか、あんまりじゃんか、出会った頃のあなた達の音楽が好きなわたしの気持ちはどうなるの、と思った。寂しくて、悲しかったけど、彼らの作る音楽はずっと好きなままだったし、なにより友人達に会いたかったし、なんとなくの惰性の気持ちでライブに行く日々が続いた。バンドの情報も追わなくなったし、CDも聴かなくなったし、買わなくなった。このタイミングでライブが無くなって、むしろ都合がいいとも思った。

そんな中ふと、旅行帰りの新幹線に揺られながら久々に彼らのライブ音源を聴いた。暇だから、Apple Musicにあったから、そんな理由だった。彼らの通過点であり、別々の場所に住むいつもの友人達が久しぶりに揃った、特別な日の音源だ。正直、覚えていたのは1曲目だけ。でも、聴いた瞬間初めて彼らと出会ったあのときの、雷が落ちたみたいな感覚になって、これまで行ってきたライブと、ずっと見てきた彼らのこと、ライブ終わりに夜行バスで帰りその足でバイトに行ったこと、大切な友人達と初めて出会った場所、一緒に泣いて笑って語り合ったこと、つい楽しくて飲みすぎたこと、もっと話したくて県外に帰るはずの友人を引き留めたこと、朝まで続くカラオケ、遠征先で悪天候で帰れなくなったこと、伝説の対バン、とか、まあとにかく自分の中でいろんなことが走馬灯みたいに流れて目から溢れ落ちそうになったから、思わず窓から遠くを眺めた。次の曲、次の曲、と聴くうちに、ああ、だからこのバンドが好きだったんだよな、と思った。

相変わらず聴いてしまう大好きなベースライン。バックバンドやサポートの音、裏でなっている音ばっかり聴いてしまうくせ。覚えてしまったライブバージョンのリズムと歌声。自然と身についたクラップ。CDとは比べられない、これこそがライブといえるライブだったと思い出した。でも、こんなアレンジもあったのかと今更気付いた。そんなことも分からなくなって、覚えていられなくなったことに、そこまで好きだと言えなくなってしまったことに、改めて気付かされた。口を開けばバンドの愚痴。前の方が好きだったと語ったこと。本当に大切だったのに、もう純粋に応援する気持ちで、胸を張って好きだと言えない自分が嫌になっただけだと思った。気付いていたけど、認めたくなかっただけだと思った。だって認めてしまったら、嫌悪感に駆られて、きっと彼らのことを好きでいられなくなってしまうから。彼らの作る音楽は今も昔も、大好きだから、ずっとずっと好きなままでいたかったから。


苦しかった就活のときも、バスに揺られたあのときも、好きだったあの人を想っていたときも、気付けばずっと側にいてくれたのは彼らだったし、とっくにこのバンドが届けたいひとりになっていたんだなと思った。でも、ずっと応援してます!どこまでもついていきます!と、もうかつての頃のようには言えない。置いていかないでなんて言って、必死に食らいついていたつもりだったけど、前だけを見ていたのは彼らの方で、勝手に立ち止まってしまったのはわたしの方だった。


だけど、わたしは今日も結局、彼らの音楽を聴いている。

気持ちの形は変われど、彼らが届けたいひとり、としてこれからも彼らを好きでい続けると思う。そして相も変わらずベースラインとバックの音ばかり聴いていると思う。これからも、彼らが作る音楽を聴いていたいと、彼らがどうかずっと音楽を続けられますようにと、またいつかライブに行けますようにと、まだ少し遠くの方から、願っている。


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