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1か月も経てば異国で抱いた感情は忘れ去られる

新年早々、正月休みを利用して夫とタイ・プーケットを訪れた。
そのとき思ったのが、「日本に帰っても、まわりを気にせず生きていこう」。

日本にいるときは、Xのトレンド欄をよく追っていた。
バズった投稿は、返信や引用までチェックするほど。
ポジティブな話題よりもネガティブな話題に敏感で、見るのをやめればいいのに勝手に見漁ってダメージを喰らっていた。

しかし、タイに来てからはXのトレンド欄がタイ語だらけに。
見ても何言っているか分からないし、興味が湧かなかった。

日本の文章で書かれた投稿は、なんだか自分に関係があるように思えて見てしまう。しかし、タイ語で書かれた投稿は、自分とは無関係に思える。
どちらも「第三者の呟き」であるという本質は変わらないはずなのに。
そんな気づきが新鮮だった。

だから帰国前までは「日本に帰ってからもXなんか見ずに、生きていくぞ!」と思っていた。そして、実際しばらくXを封じることに成功した。

しかし今、仕事の合間にXを眺めている自分がいる。


一度、夫のすすめで『嫌われる勇気』を読んだことがある。
そのときも読んだ後は「自分を貫くぞ!」と思っていた記憶があるが、今はもうそんな気持ちは忘れてしまった。

もじもじしている“私”を見かけると、夫は「また『嫌われる勇気』読ませんば(※長崎弁)」と言ってきてくれるが、結局私が笑って受け流して終わっている。


「こうありたい」と願っても、その気持ちを留めるのは非常に難しい。
だからこそ、こんな形で文字に残しておくのもいいかなと思った。

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