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読書メモ

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読書記録のまとめ。
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#小説

読書記録「パルムの僧院」(下)スタンダール著、大岡昇平訳

新潮文庫 1951 とにかく怒涛の展開の後半。 (以下ネタバレ含む。) ファブリスの入牢からそこでのクレリアとの出会い、そして侯爵夫人が手を尽くしての脱獄、大公の死、新たに即位した大公の公爵夫人への恋。 そこからのファブリスの失意の日々とクレリアとの再会に密会、更には子供の誘拐と続いてクレリア、ファブリス、そして公爵夫人の相次ぐ死とともに急に物語は終わる。 クレリアと会えなくなるくらいなら死ぬほうがマシとばかりに脱獄を拒否し続けるファブリス。クレリアの願いを聞いて脱獄

読書記録「パルムの僧院」(上)スタンダール著、大岡昇平訳

新潮文庫 1951 とにかく時代背景が難しい。 舞台はオーストリアとフランスの間で揺れ動くイタリア、パルム公国。 更にはイタリア統一前なので、ちょっと隣にいけば違う国に恭順を誓っていたりするからややこしい。 主人公はデル・ドンゴ侯爵の次男として生まれたファブリス。 そしてもう一人、ファブリス叔母の侯爵婦人。凛色家の侯爵の代わりにファブリスの面倒を見る中で、彼を出世させようと目論んでゆく。 デル・ドンゴ侯爵はオーストリア贔屓だが、息子であるファブリスはその熱しやすい性格も

読書記録「天平の甍」井上靖著

新潮文庫 2005 連載は中央公論社から1975年。 第9次遣唐使で唐へ渡った2人の僧、普照と栄叡をメインにした物語。 阿倍仲麻呂以外の遣唐使も、一度渡れば20年近く唐にいたということを知らず、驚いた。 それだけ長い年月を過ごせば、個々の進む道は大きく違ってくるだろう。 一緒に海を渡った仲間でも早々とホームシックになる玄朗のような僧もいれば、留学僧としての立場を捨てて唐を隅々まで見てまわり天竺を目指そうとする戒融のような僧もいる。 現地で妻を得る玄朗のような僧もいたに違

読書記録「道元」立松和平著

小学館 2002 道元が宋で師と出会い心身脱落するまでを描いた作品。 主に祖母、忠子に支える右門が語る形で話は進む。(途中の妻と子の描写まで右門は女房だと思い込んでいた。右門は一家を守る武士のような者らしい。) 全体としては、終盤まで右門の語りで進んでゆき台詞もほとんどない。 周囲のきな臭さをどんな思いでみていたのかも、入宋への思いも、全て右門を通して更に読み手は押し測るしかない。読みやすいのだけれど、霞の奥に主人公がいるような不思議な感覚。 道元は非常に立場のある家の

読書記録「楡家の人びと 第三部」北杜夫著

新潮文庫 2011 第三部で描かれるのは長い長い戦争。 (以下ネタバレ含む。) 俊一の同級生、城木は戦地を転々とする。彼が行くことになるラバウルは水木しげるがいたところだ。 こんなものかと思ったら、それをどんどん超える現実がやってくる。 とうとう楡家の末っ子、米国も彼に付き従っていた熊五郎も戦地へと向かう。 戦争で最も大きく変わったといえるのは藍子かもしれない。 城木と一緒になると心に決めていた藍子。戦況の悪化とともに城木が心配でひとり精神的にも肉体的にもまいってゆく

読書記録「楡家の人びと 第二部」北杜夫著

新潮文庫 2011 時は過ぎ、話の中心は楡基一郎とその子どもたちから孫たちへと移っていく第二部。 時代は昭和。戦争へと向かっていく時代なのだが、子どもたちにはまだその実感がなく、最後の楽しい時代、といったふう。彼らの面倒を見てくれていた書生の佐原定一は真っ先に戦争へ向かいそして死んでしまうのだが、子どもたちはまだそれを知らない。 病院のほうはというと、基一郎の案で松原に新たに建設した病院は規模も大きくなっていく一方で、院長の徹吉の残る青山の病院は赤字続き。院代の勝俣は基一郎

読書記録「楡家の人びと 第一部」北杜夫著

新潮文庫 2011 北杜夫が自身の家族をモデルに描いた作品。 第一部は1962年にかけて連載された。 (以下ネタバレ含む。) 時代は大正、舞台は精神病院。院長である楡基一郎と彼の家族、病院で働く従業員や患者たちの変わらない日々の日常の様子が描かれる。 楡基一郎というのが実に不思議な人物。 この変わった名前は本名ではない。本名は金沢甚作。どういう手を使ったのか、名前すらもまるごと変えてしまうような大胆な人物。 医者としてはドイツで博士号をとり、患者も絶えない。何が起きて

読書記録「法王庁の抜け穴」アンドレ・ジッド著

三ツ堀光一朗訳 光文社古典新訳文庫 2022 フランス文学案内を読んで、とりあえずまず読んでみようと思ったジッドの作品。 たまたま新訳が出たところだった。 書かれたのは1914年。 主な登場人物はヴェロニック、マルグリット、アルニカの3姉妹の夫たち。 それに謎めいた美男子、ラフカディオに”百足組”のプロトス。 各章のタイトルが以下。 第一の書 アンティム・アルマン=デュポワ 第二の書 ジュリウス・ド・バラリウル 第三の書 アメデ・フリッソワール 第四の書 百足組 第五の

読書記録「天皇の世紀 (2)地熱」大佛次郎著

朝日新聞社 1977 政府もオランダから戦艦を購入し、オランダ人のもとで造船を学ばせたりと少しずつ時代が動いていく。 領事としてやってきたハリス。プロテスタントとしての使命感と、陶器商人の生まれならではの、商人の目も持つ。 理由をつけて決断を延期ばかりしている政府に相対するうちに病気になったりしつつも、とにかく粘り強く交渉を続ける。日本にアヘンを持ち込ませないという親切心と、イギリスやフランスより先に何としてもアメリカが門戸を開けるのだという強い使命感。 徳川斉昭につい

読書記録「ひねくれ一茶」田辺聖子著

講談社文庫 1995 ドラマがBSプレミアムで再放送されていてそれが面白く、原作を読んでみようと思った。 西田敏行が演じる小林一茶が哀愁ただよいつつ、なんとも可愛らしかった。 小説はその世界に入り込むのが難しくて最初なかなか読み進まないことが多いのだが、すぐに物語に引き込まれた。 火事も多い江戸での厳しく貧しい暮らしと、それでも人が多くて賑やかな江戸の様子。俳句を嗜み、庇護してくれる友人たちと過ごす楽しい時間。各地を歩いて周り、俳人たちと出会う楽しさ。 そして故郷の柏原の

読書記録「天皇の世紀 (1)黒船渡来」大佛次郎著

朝日新聞社 1977 大佛次郎の未完の小説。 現在絶版。 著者の思う重要な出来事が描かれているので、知らなかったことも多くて新鮮。 明治天皇の誕生から始まる。宮中は中世の空気そのままだ。 時代が変わっても同じ生活が続けられ、行事などの際は陰陽師が欠かせない。 日本に黒船がやってくる場面に行く前に、同じように開国を迫られアヘン戦争を経験することとなった中国の様子が描かれる。 貿易に関しても、イギリスを朝貢貿易で来たとしかみなさない。自分の国にはなんでもある、相手国にはな

読書記録「The Red-Headed League」アーサー・コナン・ドイル著

Arther Conan Doyle 邦訳は「赤毛連盟」。日本語版も青空文庫で読むことが出来る。 短編で読みやすい一作。 当初、日本に入ってきたばかりの頃に「禿頭倶楽部」と翻訳されたというのがあまりに衝撃的で、ちょっと原文で読んでみたくなった。 今でも赤毛というのはなんだか分かりにくい。だからって禿頭でいいかという問題はあるけれど… 挿絵もなかなかの衝撃。 物語はホームズのもとにやってきた質屋を営む依頼人の話から始まる。 その依頼人、ジャベス氏が話し始めた奇妙な”赤毛連

読書記録「チボー家の人々 エピローグ」ロジェ・マルタン・デュ・ガール著

山内義雄訳 白水uブックス 1984 最後のエピローグはIとIIの2巻。 1918年5月。 戦争となって4年目。何もかもが変わってしまっている。 アントワーヌは1917年の11月にマスタードガス(イペリット)にやられ、療養している。旧知のバルドーと良き友人となり、治療の日々。体重は落ち、声はかすれ、すぐに咳き込み長く話すことも出来ない。 エピローグを読んで分かる、この壮大な物語の真の主人公はアントワーヌだったのだと。 アントワーヌの近くにいた人たち、愛国心に溢れていて

読書記録「チボー家の人々 1914年夏 IV」ロジェ・マルタン・デュ・ガール著

山内義雄訳 白水uブックス 1984 フランスでも動員令が発令。皆が死へ、戦争へと向かっていく。ただただ悲しい一巻。 自国を守るのだと戦争支持に舵を切った社会主義者たちとは違い、ジャックは本気でヒューマニズムを信じていた。 アントワーヌに会いに行くと、そこにはロワやスチュドレル、そしてフィリップ博士もいた。 フィリップ博士はさすがアントワーヌの師という感じがする。戦争に向かう教え子たちに向かって言う。 ジャックはアントワーヌにジェンニーとのことを打ち明ける。今このとき