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読書メモ

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読書記録のまとめ。
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記事一覧

読書記録「猫だましい」河合隼雄著

新潮文庫 2002 心と体を分けることで見えにくくなった現代。その間にある、居場所を失った「たましい」について、猫を描いた物語を通して考察した一冊。 紹介されるのは日本や外国の小説から日本の昔話、絵本までさまざま。 冒頭、猫マンダラで表されている猫の多義性。 古代エジプトでは神だったり、西洋では悪魔の使いと考えられたり、癒やしの存在だったり、はたまた化けて出たり。 面白かったのはコレットの"雌猫"と谷崎潤一郎の"猫と庄造と二人のをんな"。 どちらも男のほうが、猫と愛とも

読書記録「パルムの僧院」(下)スタンダール著、大岡昇平訳

新潮文庫 1951 とにかく怒涛の展開の後半。 (以下ネタバレ含む。) ファブリスの入牢からそこでのクレリアとの出会い、そして侯爵夫人が手を尽くしての脱獄、大公の死、新たに即位した大公の公爵夫人への恋。 そこからのファブリスの失意の日々とクレリアとの再会に密会、更には子供の誘拐と続いてクレリア、ファブリス、そして公爵夫人の相次ぐ死とともに急に物語は終わる。 クレリアと会えなくなるくらいなら死ぬほうがマシとばかりに脱獄を拒否し続けるファブリス。クレリアの願いを聞いて脱獄

読書記録「何も起こりはしなかった-劇の言葉、政治の言葉」ハロルド・ピンター著

喜志 哲雄訳 集英社新書 2007 第一部はノーベル文学賞受賞記念講演。 第二部は世界情勢についてハロルド・ピンターが寄稿した文を集めてある。 第三部は対談が数本。 特に世界情勢について語った部分は内容が被る部分がかなりある。 ニカラグアでのアメリカの行為に言及し、アメリカを厳しく批判する部分がほとんどと言っても良いくらい。ニカラグアについてはピンター自身が関わったこともあるようだ。 それでも、アメリカにこういう物言いをするのは日本ではなかなか読むことの出来ない視点で興味

読書記録「漂流日本左翼史 理想なき左派の混迷1972-2022」池上彰・佐藤優著

講談社現代新書 2022 新左翼で終わったイメージのある それだけではない部分が取り上げられていて興味深かった。 その労働運動も徐々に大衆の支持を失っていくことになる。 そこにはもちろんソ連崩壊という背景もある。社会党に関しては一部をパージしていった結果ともいえる。 一方でマルクス主義以外で人気を集めたとして少し紹介されていた吉本隆明の説明。さすがにわかりやすかった。 現在の左翼の状況はまさにタイトルにある通り「理想なき左翼」。 人は大きな物語、理想に惹かれてついてゆ

読書記録「パルムの僧院」(上)スタンダール著、大岡昇平訳

新潮文庫 1951 とにかく時代背景が難しい。 舞台はオーストリアとフランスの間で揺れ動くイタリア、パルム公国。 更にはイタリア統一前なので、ちょっと隣にいけば違う国に恭順を誓っていたりするからややこしい。 主人公はデル・ドンゴ侯爵の次男として生まれたファブリス。 そしてもう一人、ファブリス叔母の侯爵婦人。凛色家の侯爵の代わりにファブリスの面倒を見る中で、彼を出世させようと目論んでゆく。 デル・ドンゴ侯爵はオーストリア贔屓だが、息子であるファブリスはその熱しやすい性格も

読書記録「天平の甍」井上靖著

新潮文庫 2005 連載は中央公論社から1975年。 第9次遣唐使で唐へ渡った2人の僧、普照と栄叡をメインにした物語。 阿倍仲麻呂以外の遣唐使も、一度渡れば20年近く唐にいたということを知らず、驚いた。 それだけ長い年月を過ごせば、個々の進む道は大きく違ってくるだろう。 一緒に海を渡った仲間でも早々とホームシックになる玄朗のような僧もいれば、留学僧としての立場を捨てて唐を隅々まで見てまわり天竺を目指そうとする戒融のような僧もいる。 現地で妻を得る玄朗のような僧もいたに違

読書記録「法隆寺の智慧 永平寺の心」立松和平著

新潮選書 2003 法隆寺の智慧著者が承仕(法隆寺の最下級の僧侶)として修行を行うという金堂修正会。 こればかりは縁なのだと書いているけれど、どうしたら承仕になれるのかやっぱり知りたいところではある。 始めて知った吉祥悔過。吉祥天に過ぎたことを懺悔するらしい。懺悔というのもキリスト教だけのものかと思っていた。 高野山のサイトに簡潔な説明があった。 自分たちが真理に到達すれば良いという小乗に対する改革運動として生まれた大乗。 聖徳太子が通ったという。瞑想と生活の場である

読者記録「戦争と天皇と三島由紀夫」保坂正康・半藤一利・松本健一・原武史・冨森叡児著

朝日文庫 2005 保阪氏と、相手を変えて4人との対談がおさめられた一冊。終戦から65年である2005年の本。 以下、目次。 半藤一利×保阪正康「昭和の戦争と天皇」 松本健一×保阪正康「二・二六事件と三島由紀夫」 原武史×保阪正康「昭和天皇と宮中祭祀」 冨森叡児×保阪正康「戦後日本を動かした政治家たち」 最初の半藤一利氏との対談で面白いと思ったのが昭和天皇が軍の統領としての大元帥としての天皇と、立憲君主としての天皇という2つの役割を認識し、はっきりと使い分けていたという

読書記録「ヴィトゲンシュタイン家の人びと-闘う家族」アレグザンダー・ウォー著

塩原通緒訳 中公文庫 2010 哲学者で有名なルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン。ルートヴィヒの兄弟についての一冊。 表に出る程度は違っていても、一家みな精神的に問題を抱えていて人間づきあいが上手くない。副題にあるように、まさにみなが闘っている。 時は世紀末のウィーン。 鉄鋼業で財を成したカール・ヴィトゲンシュタイン。彼は芸術のパトロンでもあり、家にはブラームスやヨハン・シュトラウス、更にはクリムトなども出入りする。 そんな家に生まれた9人の子供たち。 著者は音楽批評家

読書記録「ナチが愛した二重スパイ 英国諜報員「ジグザグ」の戦争」ベン・マッキンタイアー、高儀進訳

白水社 2009 二重スパイ、ジグザグことエディ・チャップマンについての一冊。 翻訳がちょっと古くていかにも直訳であるのと、チャップマンという主人公が掴みにくい人物なのとで、面白みにかけた印象。 ロンドンの大悪党だったが戦時中は英国に忠実なスパイとなり、戦争が終わればまた元の世界に戻ってゆく。まさにジグザグといえる人生。 チャップマンは直接会った人でなければ分からない魅力があるのではないだろうか。英国側のスパイマスターたちも何故だか惹かれていったような様子がある。 しかし

読書記録「道元」立松和平著

小学館 2002 道元が宋で師と出会い心身脱落するまでを描いた作品。 主に祖母、忠子に支える右門が語る形で話は進む。(途中の妻と子の描写まで右門は女房だと思い込んでいた。右門は一家を守る武士のような者らしい。) 全体としては、終盤まで右門の語りで進んでゆき台詞もほとんどない。 周囲のきな臭さをどんな思いでみていたのかも、入宋への思いも、全て右門を通して更に読み手は押し測るしかない。読みやすいのだけれど、霞の奥に主人公がいるような不思議な感覚。 道元は非常に立場のある家の

読書記録「楡家の人びと 第三部」北杜夫著

新潮文庫 2011 第三部で描かれるのは長い長い戦争。 (以下ネタバレ含む。) 俊一の同級生、城木は戦地を転々とする。彼が行くことになるラバウルは水木しげるがいたところだ。 こんなものかと思ったら、それをどんどん超える現実がやってくる。 とうとう楡家の末っ子、米国も彼に付き従っていた熊五郎も戦地へと向かう。 戦争で最も大きく変わったといえるのは藍子かもしれない。 城木と一緒になると心に決めていた藍子。戦況の悪化とともに城木が心配でひとり精神的にも肉体的にもまいってゆく

読書記録「日本文化における時間と空間」加藤周一著

岩波書店 2007 日本文学史序説で得た日本文化の特徴を時間と空間の捉え方から考えた一作といえる。 ”いま”に生き、全体より部分に重きをおく日本人。 “いま”に生きる日本人というのは直感的に分かる気がする。とにかく”いま”。何か起こってから考える。 新型コロナウイルスへの対応だってそうだ。次の流行が起こることは分かっているのに、起きてしまってから考える。何度それを繰り返すのだろう。 “いま”を生きるとはどういうことか。 まず、4つの時間の捉え方が参照枠組として挙げられる

読書記録「街道をゆく 十津川街道」司馬遼太郎著

朝日文庫 2008 朝日文庫の新装版。 十津川街道が週刊朝日で連載されたのが1977年。 NHKの1999年の番組を見た後に読み始めた。 奈良といってもかなり南の山の方で、独自の文化を持っているという漠然としたイメージの十津川村。 改めて地図で見ると自分が思っていたよりずっと南のほうだった。 坂本龍馬の暗殺者が十津川郷の者だと名乗ったというエピソードから始まる十津川街道。 このエピソードだけで読者の興味は十津川にぐっと持っていかれる。 用心しているはずの者をも安心させ