成仏させる。#3

つづき。


温泉旅館で目が覚めて、
朝の気持ちいい空気の中ふたりでタバコを吸って宿を出た。

車に乗り込むときに男が言った。
「あれ?コインケースがない」

そのコインケースは、
付き合い始めて初めてのクリスマスに
私からプレゼントした名前入りのものだった。

部屋に戻って探してみても、
車中探しても見当たらない。
昨日の夜まであったのに。

私は薄く笑うことしかできなかった。

しかたないと諦めて車に乗った。
帰りの途中で軽井沢に寄って滝を見た。
普通のカップルのように過ごしたと思う。

帰りの車の中で、男が「夕飯どうする?」と聞いてきた。
俺の家で食べるか、外で食べるか、食べずに解散するか
という意味の「どうする?」だ。

結局スーパーに寄って買い物をして簡単なものを作って食べた。
食後、また少し話をした。

結果として、お互い少し距離を取ってゆっくりと冷静に考える時間を作ろうということになった。

男の部屋の合鍵は、一度は持ってていいと言われたのに、その後すぐにやっぱり返してほしいと言われたのでその日に返した。

解散して、家に帰って、
次の日から、早起きが苦手な私が早起きをして、
しっかりと朝ご飯を作って食べ、飼い犬の散歩に行き、
そこから仕事に行く準備をする。
父親には訝しがられたし、それと同時に心底心配したと思う。
両親とは仲がいいのでここまでの一連の流れはすべて話してある。

父親は馬鹿野郎と罵り、
母親はどうせ他に女出来たんだからほっとけと言った。

それでも私はその男を信じたかった。
私にとってこれ以上もない、最愛の人だった。
信じる以外の道がなかった。

約1ヶ月ほど、ひたすら考えた。
馬鹿な26歳なりに、彼とこれからを上手くやっていける道を探そうと必死だった。

自分が駄目だったことを分析し、反省した。
早起きを始めたのもその1つだった。
今思うととても浅はかだと思う。

ある日、私は決意してその男に連絡を入れた。
話したいことがあるから会いたいと。
その日の晩に会うことになった。

お互いの仕事終わりにレストランに晩御飯を食べに行き、
食後にレストランの座席で
「話したいことってなに?」と男が切り出してきた。
レストランの店内はお客が少なく、とても静かだった。
そんな中で話の続きはしたくなかった。

だから「車で話したい」と伝えた。
その男は苦笑いした。
今日会った時から、微妙な顔しかしない。
ひと目会った時から、ああもうだめなんだと察したほどだ。

その男は人がいる所で話したかったのだろう。

そりゃあそうだ。
一番最初に別れ話を切り出された時、
男の部屋で私はヒステリックを起こして大暴れした。
物を投げつけ、男を蹴り飛ばした。
そんな「好きだった女」の姿を見れば
誰でもそうなるだろう。

しかし、あまりにもレストランがしんとしていたので男も折れて車で話すことになった。

少し走らせながら話した。
私から話をした。

反省したこと、これからも一緒にいたいこと、
この期間で大切さをより感じたこと、
とりとめもなく口から言葉が出るままに話した。
男は黙って聞いていた。

そして男が口を開いた。
「付き合ってて嫌だと思ったことは今までひとつもない」
「もう好きじゃない」
「彼女はいらない」
「一人でも平気だなあと思った」そして

そんなような言葉たち。

この男は感情を隠さずに表現するタイプの人だった。
好きも愛してるも、会いたいとか、
早く一緒になりたいとか。
馬鹿な私はそんな男の言葉に浮かされていた。

その男がまさかそんな言葉を私に対して投げつけるとは思わなかった。
何回話しても信じられなかった。

そして冒頭で書いた、
「仕事も軌道に乗ってきて、忙しい中でも趣味やプライベートの時間をもっと大事にしたいので今は彼女はいらない」という言葉で
もう飲み込みざるを得なくなった。

「わかった」と言うしかなかった。

帰り道の車の中のことはあまり覚えていない。
あんな気持ちで運転していたら、
車通りの多い時間帯、道路だったら
きっと事故を起こしていただろうなと思う。
深夜でよかったと思う。

次の日からはなんだか冷静だった。
彼がそう言うなら仕方ないと、無理矢理にでも飲み込んでいた。
案外普通に過ごせた。
心を無にして、仕事に集中して、友達に話を聞いてもらいながらお酒を飲んだりして気を紛らわせる日々が続いた。

そうして、別れから2ヶ月後、衝撃の事実が判明する。


つづく。
たぶん次で最後。

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