適応障害でぶっ倒れて休職&転職した話

■始めに


はじめまして!yuzuzuと申します( ´◔∀◔`)ゞ
初めての投稿でぶっこみますが、適応障害で倒れて休職した・転職するので、経験談として書いておきたいと思います。勇気がないので、from/toも社名は伏せます。

■自己紹介

大学院修士卒:有機半導体というニッチな分野の研究ならびに、アゾベンゼンという液晶材料の研究をしていました。完全に物理化学分野出身です。
ITが三度の飯より好きなので、自作アプリ作成や業務効率化、誰にも指示を受けず、研究室内のセキュリティ強化、研究で使うシミュレーションなどを作っていました。
アルバイトで学内のヘルプデスクやロボットプログラミング教室の講師を担当。

社会人:大学時代のプログラミング教室の講師の経験を買われて、なぜか外資系、半導体業界で物理設計エンジニアとして従事。
ついでに、IT好きがばれて社内SE(?)をやってました。その他、プロジェクト監査業務、新人教育責任者、PM補佐とかもやってました。雑多です。


■TL;DR

1月: 何かよく分からないけどしょうもないミスが増えまくる。上司に謝る日々が始まる。このときの月残業80時間超。

2月: 上司から精神攻撃とも取れる叱責の日々。仕事やプライベートが辛くなる。手の震えや吐き気が止まらなくなり、朝起きたら涙が止まらなくなる。尊敬する研究室時代の先輩に相談したら、心療内科を行くことを勧められ受診したら無事適応障害で即休職することに。

3 - 5月: 休職。始め1.5ヶ月はずっと寝てた記憶。ただやる気が起きたときに2022年から続けてるボランティア活動に従事したり、山登ったりしてた。
4月の後半から何となくの気持ちでビズリーチとかに登録して、色々な会社の話を聞いていた。GWに急性胆嚢炎で緊急入院・緊急手術で胆嚢摘出。入院中にずっと上司に叱責される悪夢を見て、他業界への転職を決意。

6月: 転職先確定。有休消化した。


■適応障害になったぁ、、、

理由

公の書類では、原因は不詳にしていますが、どっからどうみても働き過ぎです。ありがとうございました。

特にここ1年はよく分からない忙しさが続いていました。メインの物理設計だけではなく、PM補佐、プロジェクト監査、新人教育責任者、社内SEとして結構なタスクを持っていたことにも起因していると思います。
個人的にはマネジメント方面にキャリアを持っていきたかったのに、物理設計エンジニア不足ということでマネジメントタスクも没収されたりしたのが堪えました。あと、上司からの圧力がひどかった。「4年目なのに、こんなのも出来ないの?」みたいなことを言われたりとか、日本語を1字1句訂正されたり、正直続けていくのがかなりしんどい状況まで追い込まれました。
去年の12月から正直、生きた心地はしない状態でした。

1月に猛烈にミスが増えて、それをかばうように追加のタスクをしていたら、上司から結果が出るのが遅すぎると言われて、そこから謎の精神攻撃がつづきました。

2月前半には顔が死に始め、会社の後輩から「顔色凄い悪いですけど、生きてます?」と言われる始末。このときにはああ、死期が近いんだなぁって察してました。

2月後半の10 - 24時勤務からの、25 - 28時リモート勤務とかも結構追い込まれていて、正直今このタスクやる必要あるの?とか考えながら脳死でカタカタしてました。人間追い込まれたときって、何も考えられなくなるんですね。この時間が乗り切れば、ハッピーエンドと思っていました。見積もりがね、甘かったね。

それで2月最終週からは手の震え、吐き気が止まらず、朝起きたら涙も止まらず、うわーーーーーーーーんってなって相談した研究室時代の先輩に「心療内科受診しなければ、絶交する」と私のことを思ってくれた一言で、受診。適応障害、即休職の流れです。


症状

仕事中は、文字が読み取れなくことが増えました。目の前のターミナルに何書かれているか理解が難しくなるときが多々ありました。あと、仕事中にもかかわらず涙腺が崩壊して泣くことが増えました。慰めてくれた先輩にはほんと迷惑かけました。すみませんでした。
確かに残業時間はひどかったですが、今までなかったことなのでそろそろやべぇなぁって感じていました。

元々の性根もありますが、自罰的に「これをやりきれなければいけない」と自分を追い込むことが増えましたね。お医者さんにかかったときに、仕事を休職することに対して号泣してしまっていました。今思うと休んで正解だと思いますが。

休職中は、他の適応障害の方が上げているような睡眠不足とかはなかったのですが、むしろ睡眠過多でした。1日18時間睡眠は普通で、起きてる時間が少ないほど。ご飯はあまり入らなかったので、痩せました。こんなので痩せたくはありませんでした。


病院

私のかかりつけ医への診察でしたが、予約が混み合っていて1ヶ月は取れない状況でした。ただ号泣しながら病院に電話したこともあってから、取り合ってくれた受付のお姉さんが色々と察して手回してくれたお陰で、業務時間外の診察という大変ありがたい対応をとってくれました。あのときのお姉さんには今でも感謝です。そのお陰で即日診察→休職の流れを決めることができました。
今までノンストップで動いていた人生だから、誰かに正当な理由で休んでもいいんじゃない?と言われたいがための受診でしたが、行って正解でした。かかりつけ医の先生に大号泣して業務時間外にもかかわらずいっぱい話を聞いて貰えました。辛かったんですね。


休職

医療機関に3,500円ぐらい課金すると、診断書という武器がもらえるので、それを会社に送り、休職をとっていいかを聞きました。そのときの上司の「報告ありがとうございます。~」の文章を未だに覚えています。ありがとうではないだろうと空ツッコみを入れましたが、「ああ、もうこの上司とは一回距離がおける」と思うと安心した自分がいました。
休職申請してからは、すぐに休むことが出来ました。流石に上司も色々と気を回してくれたのか、とても感謝です。まだ引き継ぎとか終わっていないところもありましたが、うっせぇ!休みやがれ!と休ませていただきました。

3/1に診断をもらって、休職開始。そこから基本的にずっと寝てましたが、時々身体が動かしたくなり走ったり、山に登ったりして好きなことをして過ごしました。3月の高尾は気持ちよかったです。

南鷹尾セブンサミッツにチャレンジ!

2022年から始めたボランティアも元気があるときに参加していました。ボランティア仲間からは色々励まされて、元気づけられました。

一番心強かったのは、Instagramのフォロワーさんに適応障害経験者の方がいらっしゃって、会ったこともない私を励ましてくれました。その方の経験談を聞かせていただいたり、睡眠過多になっている現状は大丈夫だよ!と調べてくださったりと本当にありがたく、嬉し涙を流しました、、、めちゃありがたかったです。返しきれない恩をいただきました。

4月後半からは、睡眠時間も減り、かなり活動できるようになってきました。友達がニコニコ超会議やJAPAN JAM FESに連れて行ってくれたり、割とエンジョイしながら休んでいました。

結局、転職することになり、退職することになりました。3 - 5月は休職、6月前半は有休消化になって計110連休超と学生も驚きの連休をしてしまったので、今から社会復帰できるかは超不安です。

不運は重なる、、、!?

GWに、会社の後輩に会社に戻るか悩んでいることを打ち明け、会社の現状を聞くために鳥貴族でいっぱい脂っこいものを食べました。

それがトリガーになったのだとは思います。翌朝、ひどい脂汗を伴う腹痛と嘔吐が起きて、これはやばい!となり、救急安心センター(#7119)にGWでも空いている病院を探すために電話。即救急にかかりました。安心センターの方から、余力があるのであれば救急車は呼ばず、タクシーで行くことをオススメされたので、タクシーで行きました。ただタクシー内で気を失っていたので、救急車を呼んだ方がよかったのかもしれません。

病院で検査を受け、急性胆嚢炎で緊急入院することになりました。
人生初の入院だし、唐突で何も荷物を持っていなかったですが、病院の近くに運良く鳥貴族のときの後輩が住んでいたので、必要なものを用意してもらえました。

GW中は検査ができないこともあって、GW明けにMRIなどの検査を受けてその日に緊急手術することになりました。手術開始が13時だったのですが、手術が必要と言われたのが12時だったので、まじで緊急です。正直に胆嚢は昔から必要性を問われていたことを知っていたので、二つ返事でOKを出し、契約書にサイン。当初1 - 2時間かかる手術が4時間まで長引き、目を覚ましたのが21時でした。起きたら腹が痛かったですが、胆嚢炎より痛くなかったので耐えられました。取れた胆嚢石は真っ黒だったので、原因は不明でした(ストレスと思ってます)。あとで聞いた話だったのですが、1日遅れていたらかなり危険な状態だったようです。

知らない天井だ…ができました。
絶飲食はまじできつかったです。


入院中は絶食で本当にやることがなくて、スマホでずっと積んでいた電子書籍を読んで寝ていました。エッセイ2冊・小説1冊・漫画60冊超と中々消化できたのではないでしょうか。1週間の入院でしたが、病気の苦しみや他の患者さんにも気を遣う必要があったので、快適とはほど遠くもう二度と入院したくないです。

薬の副作用などで発疹などがありましたが、今は元気になってよかったです。

シャバにでたときの開放感はハンパではなかったです。

休職中もずっと上司に叱責される夢を見ては起きるということを繰り返していたのですが、入院中はそれが特に強く出たので、転職を決意しました。
上司の言葉で半導体の興味も薄れていましたので、元々好きだったIT業界への転職を決めたのもこのときです。


休職中の財政事情

とっても厳しいです。
積み立てNISAをやっていてよかったと思いました(全部なくなりました)。

というのも、適応障害は傷病手当金というのが健康保険組合から支給され、大体それまでの給料の2/3ぐらいがもらえます。
ただ支給が遅い!最初の審査がとても時間がかかるということは聞いていました。ただ3月分の手当金は4月に申請して、5月の末にもらえました。実質3ヶ月間収入が0どころか、その間も厚生年金やら健康保険やら住民税やらは引かれるので、収入がマイナスになりました。死にます。
もちろん月の家賃や奨学金の返済はゴリゴリやってくるので、死にます。

途中からはクレジットカードをフル活用して、未来の自分に借金して生きていました(今はもう返済の目処は立っています)。

非常に精神衛生に悪いです。休まなければいけないのに、会社に戻るか転職するなど社会復帰しないと死ぬぞという気持ちでいっぱいになります。
ただ、この気持ちで働いても同じことの繰り返しになるので、無の境地に至るまで精神を高め、働きたいなあ!あはは!という状態で社会復帰することを決意しました。
普通の人の貯金額だと生きれるのかも知れませんが、引越した直後ということもあり貯金?なにそれ美味しいの?状態だったので、しんどかったです。
みなさんはしっかり貯金しておきましょう。

回復

前述したとおり、無の境地まで至り、働きたいなあ!あはは!と感じた結果、会社に戻るか、転職するかを悩みました。

結果として、入院中に見た夢のせいで半導体業界がトラウマになり、好きだったIT業界への転職を決意・確定できたので、完全に回復しました。

もちろん、ここに至るまでに多くの人の支えや助けがあったことは先ほど書いたとおりです。本当にありがとうございました。

元いた半導体会社が決して悪い会社ではなく、上司もプライベートでは温厚で、他の社員の方も温かったのですが、やはりトラウマはトラウマでした。無理でした。そういう事情で仕方ないかなと今は割り切っています。

なので、今はかなり元気です。もちろん、まだ働き始めていないので、どうなるかはまだわかりませんが、気をつけてほどほどに頑張っていきたいと思います。


■人生で初転職

前提

休職という会社の制度を使っているから、元いた会社に戻るのが当たり前でしょ?重々分かっていますし、私も最初はそうしようと考えていました。

ただ先述の通り、もうトラウマになっていたのもあり、どうしても転職せざるを得ない状況でした。会社に退職願を出したときもそれらを全て理解して受け入れてくれました。とても感謝です。

一番辛かったのは、転職を決意したときです。会社の人が全員嫌いだったら、「ははっ!やめてやるぜ!」と何も考えずに転職できたのですが、みんな本当にいい人で、これからの活躍も期待されていたし、半導体の仕事自体は新鮮なことばかりで嫌いではなかったので、とても悩みました。
今まで高校・大学・大学院とかなりブラック環境に身を置いていたので、土日祝日休暇もありがたかったし、かなり自分の中で変わるきっかけをくれたところだとは思います。これらの恩は返したかったし、先輩とまた働きたいと考えたときに、先ほどのトラウマとかなり揺らされました。

ただトラウマを抱えて、同じ職場で泣きながら働くよりかは新天地で好きなことをして働いた方が遥かに精神衛生もよく今後の人生も明るくなったので、転職の決意に至りました。

転職ツール

ビズリーチを使用しました。ちょうどポストにビズリーチの広告が入っていたからです。まずは職務経歴書というものを仕上げてから、ビズリーチに入力していきました。
以下、所感です。

  • いっぱいメッセージが来る(多くは人材会社のエージェント)

    • よくわからないけど、マイ○ビとか有名企業で同じ会社なのに食い合うように異なるエージェントがスカウトが来た(弱肉強食、、、?)

  • プラチナスカウトという勧誘したいエージェント・会社の方がお金を払ってスカウトする仕組みも結構な量が来る

  • 会社の人事の方や代表取締役の方からいっぱいメッセージが来た

    • 中にはよくわからないなという業務をしている会社もあったけど、大体はググったら分かった

  • あんまり多くの会社の話を聞くモチベはなくて、中でもメッセージが一斉メールで送られた感がなく、きちんと職務経歴書を見てくれている企業・エージェントを選抜させていただいて、その中で自分とマッチしそうな会社に絞って話を聞いた

    • それ以外の会社の話を1度聞いて、職務経歴書の意図が伝わっていなくて、誤解を生じさせてしまったので、反省した結果

  • 今の会社がブラックということが面談していく中で判明していった

    • 隣の芝生は青いのではなく、確固たる事実としてわかってしまった

結局、色々お話を聞いた中で一社すごく熱心に話を聞いてくださって、こちらの事情も受け入れてくださったので、選考に進みました。
1次英語面接を頑張って、2次面接スキップの最終面接を受けた結果、見事にオファーをいただけました。業務内容的にかなりやりたいことだったので、当初の転職活動の目的を果たし、この会社に決めました。

今は納期がない!何かに追われることがない!身につけたいと思ってた知識が身につけられる!と非常にわくわくしています。

このことがあって、ビズリーチはいいものだなぁと感じました。ビズリーチの回し者みたいですが。

Greenにも登録してみましたが、あまり職務経歴書を見てくれていないようで、一社だけ受けましたが最後までかみ合いませんでした。残念。

転職先について

具体的には書けないのですが、、、
当初の狙い通り、今まで働いてきた半導体業界をやめてIT業界にシフトしました。これは個人的な性格も踏まえて、そちらの方が幸せになれるのではとう狙いです。今後はIT業界でキャリアを広げていきたいと考えています。
そして、外資系は外資系に招かれるという言葉を聞いたことがあるのですが、例に漏れずまた外資系です。外資ですけど、問題なく日本で働けるので、変わらず日本生活を送りたいと思います。

職種的には情シスですね。今までの経験から一番やりたいことで、自分の性格にも合っているなあと考えての応募でした。多種多様なことをやるので、今からでもわくわくしています。
業務量については、人事担当だけではなく上司のアメリカ人からもメンテナンスの時以外は残業はさせないと言われているので安心しています。今度は体調と健康を第一に、働きたいと思っています。

給料について

上がりました。残業時間が減って、給料が上がってしまって良いんですか!?って3回ぐらい人事の人にオファー面談のときに聞いてしまいました。良いそうです。
ちょっと怖くはなりましたが、次の会社のために頑張ろうと思いました。
転職成功で終わりでは当たり前ですがないので、今後も勉強しながら精進していきたいと思いました。

1社目はやばい会社だったの?

かなりきわどいところを攻めていましたが、答えはNoだと思います。適応障害になった原因も自分の管理の甘さと言ったところも起因していると思うからです。それに加えて、色々な不運が重なったと考えています。

今まで中途採用しか取っていなかった会社で、新卒採用を始めたような会社なので、若手に対する経験値が少なかったこと、会社の制度として色々足りていない部分は就活をしている時点で察していました。その中でも必死に会社として作り上げようと頑張っていたことが目に見えて分かりましたし、私たち新卒組にもかなり気を遣っていたことがわかりました。

問題はタスクの量の多さであって、上司もかなり追い込まれていたので、言動には目を瞑りたいと思います。
ただ納期もあって、かなりハードな職場でした。本当にしんどかった。

そして、世界的に見ても最先端の技術に本当に間近で触れることが出来ていたので、かなりエキサイティングな職場だったと思います。その技術にもう触れることが出来ないと思うと本当に残念で仕方がありません。

本当に何も知らずに入った私が他の会社との議論に堂々と立ち会えるまで育ててくれる環境もあり、非常に良い職場・温かい職場だったと今でも言えます。成長する機会は十分にあって、本当に感謝ばかりです。

お給料も悪くはなく、昇給額は不満でしたが、今思うと結構貰ってたんだなあと感じています。

総じて、かなり良い会社でした。新卒で選んで正解でした。
本当にお世話になりました。


■最後に

今まで会社の愚痴を言い続けて、顔色が凄く悪かったですが、休職・転職を経てかなり体調が良くなりました。

沈んでいた時期に声をかけてくださった皆様、本当にありがとうございました。

そして、今の会社の皆様、本当にありがとうございました。期待を裏切ってしまい、ごめんなさい。

次の会社に導いてくれたビズリーチの方、次の会社の人事の方には本当に感謝しています。無理をしない程度に次の職場では貢献したいと思います。適度にがんばります。

最後に、入院も踏まえて家族や友達には多大な迷惑やご心配をおかけしました。感謝と共に、反省しています。このような人達に恵まれたことに関しては非常に運が良かったなあと思っています。ありがとうございます。

集中して書き上げたので、誤字脱字あると思います。またそのうち多分直します。

とにかく、本当に色々とありがとうございました!
色々な話をしたいので、また声を書けて一緒にご飯にいけると嬉しいですv(。・・。)
ぜひ、誘ってください!

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