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リンチ殺人メモリアルのこと。その1


アラバマ州のモンゴメリーに、今年4月26日、ものすごく画期的な記念館がオープンした。

その名は「The National Memorial for Peace and Justice(平和と正義のための全国メモリアル)」。

これは何かというと、南北戦争後、19世紀の半ばから20世紀のはじめにかけて南部で年中行事のように行われていた、白人による黒人へのリンチ殺人を記憶するためのメモリアルなのだ。

そう、リンチ殺人を記念するモニュメント。

発起人は人権活動家で弁護士のブライアン・スティーブンソンさん。

彼が代表を務めるNGO「EJI(イコール・ジャスティス・イニシアティヴ)」の弁護士たちが、リンチ事件をきちんとした記録にとどめようと、南部各地の地元図書館で文献を調べ、1877年から1950年までの間に起きた4000件以上のリンチ事件をデータ化、報告書にまとめた。

そしてこれまであまり表立って語られることのなかったこの歴史的事実を形にとどめ、さらにそれを乗り越えるために記念碑を構想したという。

このメモリアルは政府のお金でできたものではなく、「100人ほどの有志の寄付」によるもの。

国にしろ州にしろ町にしろ、アメリカ南部で公共の資金を使ってこれを作ろうと思ったら、おそらくは右と左に分かれて大紛糾したあげく、あと100年くらいはかかったに違いない。

ゆるやかな緑の丘の上にあるこのメモリアルは、一見してごく穏当なひらべったい建物に見える。(まだ私は実際に行ったことはなく、ニュースや雑誌、ウェブサイトで見ただけです)

真っ平らな低い屋根の下には、鉄さび色の一抱えくらいの柱のようなものがギリシャの神殿のように等間隔で並んでいる。

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(EJIのサイトより)

この柱のようなものが、それぞれリンチ殺人事件のあった800のカウンティ(郡=市町村より少し大きな規模の行政区域)を示すモニュメントなのだ。

近づいてみると、これは柱ではなくて、天井からアイスキャンディを逆さにしたような具合に吊るされていることがわかる。

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(建築雑誌『Architectual Digest』より)

それぞれの柱のようなモニュメントには、リンチの犠牲者の名前と、リンチがあった年月日が刻印されている。

メモリアルに入ると、モニュメントはちょうど僧院や神殿の大広間の柱のように目の高さに並んでいる。床はゆるやかな下り坂になっていて、入館者が先に進むにつれて、やがてモニュメントを頭上に見上げるようになる。ちょうど、リンチされた遺体が吊るされていたのを見上げるように。

これがどういう意味を持つのか、ふつうに日本で暮らしている人にはあんまりピンとこないに違いないと思う。

わたしもアメリカに来た当初は、この国の人種間の緊張の歴史をほとんど理解できていなかった。

なので、ちょっと偉そうかもしれないけど、背景を説明したい。

まず、アラバマ州モンゴメリーというのはどういう場所か。

ここは、いうまでもなくディープサウス(深南部)の州都で、公民権運動の時代に最も激しい応酬があった場所のひとつだ。

1955年、ローザ・パークスさんが勤め帰りのバスの中で白人に席を譲るのを拒否して逮捕されたあと、大々的なバスボイコットが組織されて、公民権運動が本格的に動き出すきっかけとなった場所でもある。

そのバスのボイコットを組織したリーダーの一人が、モンゴメリーの教会に赴任したばかりの若きマーティン・ルーサー・キング牧師だった。

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バスボイコットはバス車内の人種隔離を違憲とする連邦最高裁の判決を勝ち取って勝利に終わった けれど、奴隷解放後100年近く続いていた人種隔離と暴力はもちろん、そう簡単に終わるはずもなかった。

連邦政府の圧力を跳ね返して人種隔離政策を死守する、と公約して白人の圧倒的な指示を得て当選したジョージ・ウォレス知事は、1963年1月、このモンゴメリーで知事に就任するにあたって

人種隔離を今、人種隔離を明日も、人種隔離を永遠に!

という、アメリカの黒歴史に残る有名なスピーチを行った。

つまり言ってみれば、アラバマ州モンゴメリーというのは、そのとき、人種隔離政策の(イメージ上の)総元締めのような場所だった。

このメモリアルのある丘からは、そのスピーチの行われた州議事堂と、かつて奴隷貿易のせり市場があったアラバマ川の河畔が望めるという。

このメモリアルを設計したのはMASSというグループを率いる建築家のマイケル・マーフィーさん。

この人のTEDトークは、建築とはなにか、コミュニティにできることはなにか、という気づきの体験、アフリカでの「人の体をじっさいに癒やす建築」の実現、そこにある材料でみんなで作っていくという建築の方法、そして、EJIがこのメモリアルの建設を計画していることを聞いて即連絡をつけ、一緒につくりあげていったいきさつが語られている。

日本語字幕つきなのでぜひぜひ見てください。
あまりにもかっこよすぎて、とても現実だとは思えないほど。

メモリアルについてはその2につづきます。

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