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朗読劇「少女」

劇団新生第57回独立公演 2020年12月19日、20日

朗読劇「少女」

作 柚希泰夢

・登場人物
ユーゴ 財閥の御曹司
ロザリー スラム街に住む少女
ウーズールイ ロザリーと共に生活する少年
チョウセイラン ロザリーらの生活を支える青年。
シュウリンファ ユーゴの婚約者
執事 ユーゴに仕える


0「プロローグ:希望の街」 

ロザリー 「失ってから、その大切さを知ることがあるって。読んだことがある。読んだことはあったんだ。 でも、知らなかった。知りたくなんて、なかった」 
ユーゴ  「何にも持たない俺と、生きてくれる人が、いるってこと。 俺は、知らなかった。ずっと、知りたかった」 

1「小さな友人」

ロザリー達の住処

ロザリー 「ユーゴ、何読んでるの?」
ユーゴ  「読書中の俺に躊躇いなく話しかけてきた彼女は、俺の小さな友人だ」
ロザリー 「読書中に構わず話しかけた私に向けて、ユーゴはその題名を見せてくれた。
えっと…〝希望〟?」
ユーゴ  「うん。君が好きなものの話だけど」
ロザリー 「私?」
ユーゴ  「うん、ほら」
ロザリー 「ユーゴは真っ白な表紙を指さした。 見覚えのある靴が描かれてる…ような気がする。 
あ、ああ…あのお姫様ね」
ユーゴ  「お姫様っていうか…」
ロザリー 「ユーゴは言うのを辞めた。 何回言っても私が、このお姫様の名前を覚えないからだと思う」
ユーゴ  「名前なんて、関係ない。そう学んだのは、間違いなくこの友人からだった」

2「出会い」

ユーゴの住む屋敷

執事   「ユーゴ様、またあちらへ?」
ユーゴ  「ふふ、あちらってどちらですか」
執事   「それは、」
ユーゴ  「俺に長く仕えている執事は顔色を変えなかった。 でも珍しく、少し言葉を詰まらせた。
名前を言う気さえ無いのなら、訊かないで下さい。俺は大丈夫ですから」
執事   「失礼致しました」
ユーゴ  「この執事は口煩いけど、俺の立場を出さないだけ信頼してる。 その分、申し訳なくなることも多いんだけど。

〝跡継ぎなんだから、とか言ったって変わらないです。俺は俺だ。違いますか?〟

今となっては恥ずかしい台詞も、彼だけは、否定せずにいてくれた。
あ、今日の夜、人払いしていただけますか」
執事   「承知いたしました」
ユーゴ  「邪魔されたくないのは、遅くまで読みたい本があるから。 彼が名前さえ呼ばない街から持ってきた、沢山の物語」 

ユーゴ  「あの街に慣れてから、自分の周りには『無駄』が多いように思う。 使用人は無駄に多いし、食器も無駄に綺麗だ。 テーブルだって、俺と父親しか使わないのに、無駄に広い」
父    「今日は何をしてたんだ」
ユーゴ  「この前取り寄せて頂いた論文を読んでいたら少し気になる所がありまして。 文献を漁っていたら、いつの間にか夜でした」
父    「そうか。励めよ」
ユーゴ  「全く、白々しいにも程がある。 自分が向き合うべき学問に、興味がわいたことなんてなかった。 ...本当に勉強したいことがあるわけじゃあないんだけど。
俺は大財閥と呼ぶにふさわしい組織の息子で、自分に背負わされた重荷は、十分理解してるつもりだ。 勿論反発心はあった。行動に移してみたこともある。 でも行動するたび、諦めが大きくなっていった。 その結果なら、皮肉なものだ」

スラム街

ロザリー 「お兄さん、変なの。綺麗な身なりなのに、あたしらと目がおんなじ」
ユーゴ  「この都市の郊外には、周りの不要物が詰め込まれた小さな街がある。増設を重ねた歪な城に、溢れかえったゴミの中、余所者が入ったら出られないと言われるそこに、俺は数ヵ月通いつめている。
最初は単純な好奇心だった。有名な写真集に並べられた異世界。足を伸ばせば届くと知ってしまうと、もう一直線、気持ちは向かってて。勢いで飛び込んだら、案の定帰り道を見失った。慣れないことはするもんじゃない。 唯一話しかけてきた少女に、道を尋ねることになった」
ロザリー 「不思議な男だった。 余所者に冷たいこの街で、明らかに迷ってるのに焦ってない。 あたしが生意気な口調で話しかけても、表情は変わらなかった。その全てを諦めたような目は、これまで何度も何度もみてきたものと同じだと思った」 
ユーゴ  「迷ってしまいまして。良ければ出口を教えて頂けませんか」
ロザリー 「別に良いけど。お兄さんここの人じゃないよね?何で来たの?強奪されに来た?ドM?」
ユーゴ  「今お金になるものは持ってないですし、ドMではないはずです」
ロザリー 「へえ、じゃあ道教えても無駄じゃん」
ユーゴ  「…確かに。あ、これぐらいなら」
ロザリー 「男が手にしたのはかけていた眼鏡だった」
ユーゴ  「最近すぐずり落ちるし、新しく買えば良いかと思って差し出したんだけど、」
ロザリー  「お兄さん、それとって帰れるの?」
ユーゴ  「...帰れない、ですね」
ロザリー 「ドMじゃなくてただのバカ?」
ユーゴ  「俺もそんな気がしてきました」
ロザリー 「(笑う)お礼くれなんて冗談だよ。外まで連れてったげる。でも何にも持ってなくても服奪われたりするから、気を付けなよ?」
ユーゴ  「そうします。ありがとうございます」
ロザリー 「男はあたしのあとをもたつきながらついてきた」
ユーゴ  「どの道も細くて、暗くて、太陽の方向さえ分からない。 無謀、だったな」
ロザリー  「さっきも訊いたけどさ、何でこんなとこ来たの?」
ユーゴ  「興味、です。自分の目でこの街を見てみたかった」
ロザリー 「カメラマン...でもないんだね」
ユーゴ  「はい、仕事ではなくて」
ロザリー 「懸命だよ。カメラなんか持ってたら一発でやられるから。まあただの趣味で来るのも、十分危ないと思うけど?」
ユーゴ  「ですね。本当に感謝しています」
ロザリー 「…ねえお兄さん、あたしがお兄さんのこと騙してたらどうすんの?」
ユーゴ  「今度こそこれを差し出しますかね。逃げ足に自信は無いので」
ロザリー  「外の人なのに落ち着いてるねー」
ユーゴ  「ここの人なのに、優しいですね」
ロザリー 「出来るだけ人と出会わない道を選んでたことには気づいたみたいだ」
ユーゴ  「その分道が暗いし狭いのだ。時々コソコソと視線は感じたけど、彼女のおかげか敵意は感じなかった。 数歩先を進む少女はまだ幼くて、でも話し方は妙に大人びてて。 どうして彼女は、俺を助けてくれたんだろう」
ロザリー 「よし、着いたよ。あとはまっすぐ歩けば太陽の下」
ユーゴ  「あの、ひとつ訊いても?」
ロザリー 「何?金取るけど」
ユーゴ  「あー...」
ロザリー 「冗談だって。質問による」
ユーゴ  「生まれた時から、ここにいるんですか?」
ロザリー  「うん」
ユーゴ  「出ようと思ったことは?」
ロザリー  「ないかな。馴れれば外よりよっぽど安全。出たいと思ったことならなくはないけどね」
ユーゴ  「そうですか。助けて頂き、ありがとうございました」
ロザリー 「いーえ。ねえ、あたしもひとつ訊いていい?助けてやったお礼に」
ユーゴ  「勿論」
ロザリー 「これ、何て言うの?」
ユーゴ  「少女が指したのは廃墟に貼られた、ポスターのようなものだった」
ロザリー 「色あせた女の人のイラスト、誰かわかんなくて、ずっと気になってた」
ユーゴ  「シンデレラ、ですね」
ロザリー 「シンデレラ?あの、童話のお姫様?」
ユーゴ  「この街でも知られてるんですね、流石だな」
ロザリー 「あー…知らない人は知らないと思うよ」
ユーゴ  「話は知っていても、絵をみたことはなかったそうだ。 途端に、目の前の少女が年相応に見えた」
ロザリー 「教えてくれてありがと。気を付けて帰りなよ」
ユーゴ  「あの、」
ロザリー 「ん?」
ユーゴ  「また来ても良いですか」
ロザリー 「…え?」
ユーゴ  「最初は単純な好奇心だった。 でもいつの間にか、少女への興味に変わっていた。無邪気に知識を得ようとする少女を、もっと知りたいと思った」
ロザリー 「勝手にすれば?でも、何で?」
ユーゴ  「貴女に会いたいから」
ロザリー 「男の目は真っ直ぐだった。静かだった目が、急にきらきらしていた。意味わかんなくて、返事に困った」
ユーゴ  「適当に誤魔化したら、もう会えない気がした。名前も知らない、だけど、 俺の何かを変えてくれそうな、そんな気がしたんだ。
ロザリー 「…あたし?」
ユーゴ  「貴女です。俺は貴女のことが知りたい」
ロザリー 「えっと…」
ユーゴ  「駄目ですか」
ロザリー 「...駄目って、言ったら?」
ユーゴ  「(微笑む)来るよ。貴女に会えるまで」
ロザリー 「...お兄さんやっぱバカ」
ユーゴ  「俺もそう思います」
ロザリー 「…赤い屋根、見える?」
ユーゴ  「あれですか」
ロザリー 「それ。あたし毎日そこにいるから。そこに来るまでに何かあっても知らないけど」
ユーゴ  「そこまで世話をしてもらうつもりは無かった。俺は俺なりに、覚悟を決めた。
貴女に会えるなら、構いません」 

3「この街は」

ロザリー達の住処

ロザリー 「やっぱり、不思議な男だったと思う。 硬いソファに座ると、ここの住人、ウーズールイが寄ってきた」
ズールイ 「ロザリー、浮かない顔してるね」
ロザリー 「ウーズールイ、その呼び方辞めてって言ってるでしょ」
ズールイ 「ええ...だって僕ロザリーの本名知らないもん」
ロザリー  「知らないんじゃなくて、覚える気ないんでしょ」
ズールイ 「よく分かったねえ」
ロザリー 「はあ...まあ良いけど。名前なんてどうでもいいし。
どうでもいいけど、もし、もしあいつに名前訊かれたら、どっちで答えるべきなんだろう。本名は抵抗あるけど、この名前は好きじゃないし…
  はあ、やめよ。 また来るなんて、どうせ嘘だ」
ズールイ 「ねえ、ロザリーが外の街の人と一緒だったって話きいたんだけど、ほんと?」
ロザリー  「うん。金くれるかなと思って案内したけど、ろくなもん持ってなかった」
ズールイ 「そっか。心配になるからあんまり危ないことしないでね」
ロザリー 「はいはい。
はあ、こんなの、狂ってる。 普通の人にとって、危ないのは外じゃない。この街だ。 だけどこの街の大部分の人にとって、この街ほど安全な場所はない。 勿論、あたしにとっても。
生まれた時からここにいた。 読み書きをほとんど独学で覚えた。かき集めた本を何回も読んだ。あたし達がどれだけ世界から離れてるかぐらい、もうわかってる。 
それでもあたしは、親がくれたロザリーという呼び名も、本名も、捨てられない。
全部全部、もう分かってる」
セイラン 「ただいま!お、ロザリー帰ってきてんじゃん」
ロザリー 「ラン、久しぶりだね」
ズールイ 「ラン!!」
セイラン  「ルイ、元気だったか?」
ロザリー 「帰ってきたのは、この家を管理してる、チョウセイラン。あたしたちのリーダーだ」
セイラン  「そういやロザリー、お前、外の奴と歩いてたんだって?」
ロザリー 「噂広まんの速すぎでしょ」
セイラン 「深入りすんなよ?」
ロザリー 「分かってるってば」
セイラン 「ま、ロザリーなら分かってるよな。飯にするか」
ズールイ 「やったぁ!みんな呼んでくるね!!」
ロザリー 「この家の住人たちはみんな、ランに拾われた子どもだ。 ランのおかげで仲間が見つかった。この街のことを、ちょっとだけ好きになれた。ランが働いてくれてるから、生活できてる。すごく、すごく感謝してる」
ズールイ 「呼んできたよー!」
子供1  「ラン!!」
セイラン 「ナナ、相変わらず元気だな」
子供2  「久しぶりー!」
セイラン 「よ、レイ!沢山食えよ!!」
ロザリー 「なんでランがあたしたちを守ってくれるのかは、知らない。でも、予想はついてる」
セイラン 「あれ、メイは?」
ロザリー 「メイは出てったよ。男捕まえたんだと」
ズールイ 「ロザリー、」
セイラン 「…そうか。それは良かった、のかな」
ロザリー 「虐待されて育ったランは酷く、愛に飢えてる。 この街の人間である以上、別に珍しいことじゃないけど。 ランが愛を与えるのは多分、それを返して欲しいから、だ」
ズールイ 「ラン、あんま寂しそうな顔しないでよ」
子供2  「そうだよ、僕達がいるじゃん」
セイラン 「ああ、そうだな!...ロザリー、ちょっと話があるから上に行かないか。 皆は先に食べてろよ」
ロザリー 「ん、行く。
あたしはこの家で、ランの次に年上だった。 そして、ランに見捨てられれば居場所を失うことも分かってた。 自然と、ランを甘やかすのはあたしの役目になっていた。
はあ、ほんと、狂ってるよ。
ぼそぼそと何かを呟くランの腕に抱かれながら、なぜか今日会った外の男の笑顔が頭に浮かんだ。

分かってる。全部全部、もう分かってる」 

4「停滞望む俺たち」

ロザリー達の住処

ユーゴ  「初めてあの赤い屋根の家を訪れた時、少女はとても動揺していた。本当にまた来るとは、思っていなかったらしい」
ロザリー 「ユーゴはすぐに、自分の名前を明かした」
ユーゴ  「自分でつけたお気に入りの英名の方だ」
ロザリー 「あたしは名乗らなかったけど、ユーゴは尋ねてこなかった」
ユーゴ  「それが信頼に繋がったみたいで、少女は俺を歓迎してくれるようになった」
ロザリー 「いろんな話をした。いろんなことを教えてもらった」
ユーゴ  「何回か通ううちに、5階の狭い部屋で話したり、部屋に置かれてる古い本を読むのが 恒例になった。いろんな話をして、いろんなことを教えてもらった。 時々他の子どもに遭遇することもあったけど、みんな俺を睨むだけだった」
ロザリー 「みんな態度悪いよね」
ユーゴ  「当然じゃない?俺普通に怪しいでしょ」
ロザリー 「まあ、そっか」
ユーゴ  「見た感じ君が一番年上みたいだし」
ロザリー 「あ…いや、もう一人上にいるよ。忙しいから、家にはほとんどいないけど」
ユーゴ  「へえ、そうなんだ。
怪しいとわかっていても、通うのは辞めなかった。少女をもっと知りたかった。意外と愛嬌があって、だけど考えの深い発言は、少女の環境を思わせる。俺が持ってきた本から、いつも貪欲に知識を得る。これまでもこれからも、二度と出会えない人だと思った」
ロザリー 「ねえ、次いつ来るつもり?」
ユーゴ  「んー、ちょっと先になるかもしれない、忙しくて」
ロザリー 「丁度良いや、しばらく来ないで欲しいんだよね」
ユーゴ  「そう?じゃあ存分に忙しくしてるよ。
何か事情があるんだろう。 俺はすぐ頷いたけど、少女は決まり悪そうにズボンの裾を引っ張っていた」
ロザリー  「いつも思うんだけどさ」
ユーゴ  「うん、」
ロザリー 「ユーゴって、淡白って言われない?」
ユーゴ  「はは、君に言われたくはないなあ」
ロザリー 「いやそうだけど...何か普通もうちょっと、理由とかきかない?こういう時」
ユーゴ  「まあ、確かにね」
ロザリー 「…まあ良いや。ね、これ読み終わったから、また新しい本貸してよ」
ユーゴ  「おー速いじゃん。任せて」
ロザリー 「しばらく、なんてぼんやりした言葉で遠ざかる癖に、次も会う約束はしてしまう」
ユーゴ  「それが、俺たちの距離だった」 

数週間後、ユーゴの住む屋敷

ユーゴ  「父親から渡された沢山の資料に目を通していた、ある日の事だった。もう数週間少女には会えてなくて、将来のためだって言われた作業に向かっていたときだ。 馴染みの執事が使用人を連れてやってきた」
執事   「ユーゴ様の許婚の方がおいでです」
ユーゴ  「は?」
執事   「突然ご訪問されたのですが、旦那様から会ってみなさいとのことです」
ユーゴ  「え?いや...許嫁?」
執事   「はい」
ユーゴ  「俺の、許嫁?」
執事   「はい。ユーゴ様の、許嫁の方です」
ユーゴ  「そんなの、知らなかったんですが、」
執事   「シュウ家、という財閥のお嬢様です」
ユーゴ  「…今の今まできいたこともなかった結婚相手に、これから会えってことですか?」
執事   「はい」
ユーゴ  「いや、はいって言われても…
意味が、意味が分からない。 これじゃあまるでペットだ。俺は、人間のはずで、」
使用人  「お召し物をお持ちしました」
執事   「お召し替えください」
ユーゴ  「は、はは...ああ、そうか」

リンファ 「はじめまして、シュウリンファと申します。突然お邪魔してすみません」
ユーゴ  「はじめまして、ユーゴです」
リンファ 「...素敵なお名前ですね」
ユーゴ  「本名を名乗らなかったことに、彼女は少し不満そうだった。 綺麗な人だ。いかにもお嬢様という振る舞いで。 無駄に、美しい人だと思った。
リンファ 「仲良くしてくださいね」
ユーゴ  「ああ、ああ、本当に面倒臭い。 必死に微笑みながら、少女の笑顔が頭に浮かんだ」 

5「破壊」

翌日、ロザリー達の住処

ユーゴ  「次の日、俺は現実から逃げるように少女のもとへやってきていた」
ロザリー 「許嫁?何それ」
ユーゴ  「結婚を約束した人」
ロザリー 「へえ、ユーゴ結婚するんだ」
ユーゴ  「みたいだな」
ロザリー 「うわ、他人事」
ユーゴ  「知ったの昨日だから」
ロザリー 「嫌なの?」
ユーゴ  「何が?」
ロザリー 「結婚するの」
ユーゴ  「いや、それは別に。予想はしてたし」
ロザリー 「じゃあ何が?」
ユーゴ  「...駒みたいに扱われること、かな。俺は人間なのにって」
ロザリー 「ふうん、ユーゴが人間臭くないの、そっからきてんのかな」
ユーゴ  「え、俺人間っぽさないの?」
ロザリー 「うーん...人間っぽさっていうか...人間臭さ、だよ」
ユーゴ  「何それ」
ロザリー 「ユーゴの表情は基本薄い。 でも初めて会った時みたいに、目が熱量に溢れる瞬間があるんだ。 だから人間っぽくないとは、思わなかった。 この歪んだ社会しか知らない自分に、人間を語る資格があるかは分かんないけど。
咄嗟に傷だらけの手を後ろで組んだ。ユーゴは何も気にしてないみたいだった。それでいい。そのままで、いて欲しい」
ユーゴ  「人間臭さ、ねえ…」
ロザリー 「ここは鬱陶しいぐらい人間臭いやつ多いから、丁度良いよ。
"あたし"が"私"に変わっただけで、不安そうにするやつだっている。そんなこと、知らなくて良い」
ユーゴ  「俺が本名を名乗らないだけで、微妙な顔をする人だっている。でも多分、それがあの人たちの精一杯だ。
人間らしいっていうか、感情に素直なんだと思う」
ロザリー 「素直?私達が?」
ユーゴ  「うん。ここの人達さ、俺を見るとあからさまに嫌な顔するじゃん。そういうの、俺の周りにはないから。俺が何したって不満そうな顔するのがせいぜい」
ロザリー 「感情に正直なだけだって、言っちゃえばそれまで。それでも、 私たち以上に正直なユーゴの言葉だったから。すごく嬉しかったんだ」

一週間ほど後、ロザリーたちの住処

ユーゴ  「少女の痣は少しずつ増えていた。
初めて会った時から目立つ生傷はあった。 でも俺が通いはじめてから、明らかに意図を感じる傷が増えた。 少女は隠してるみたいだったし、俺も干渉したくなかった。 でも、流石に。
痴情の縺れ?」
ロザリー 「何が?」
ユーゴ  「それ、」
ロザリー 「ああ、肩?
包帯代わりの適当な布は、どう頑張ってもぶかぶかのシャツじゃ隠せなくて。これまで何も言われなかったら大丈夫だと思ってたけど、やっぱりきかれて」
ユーゴ  「手当てされてるって相当だ。これまで何も言ってこなかったけど、やっぱり心配で」
ロザリー 「家で転けたんだよ。棚にぶつかって色々落ちてきちゃってさ。ここの心配性な奴がやってくれたんだけど、全然痛くないよ」
ユーゴ  「気をつけろよ」
ロザリー 「うん」
ユーゴ  「分かりやすい嘘。俺、全く信頼されてないんだなあって思った。手当てしたのは、多分少女が"ウーズールイ"と呼ぶ少年のことだ。何回か遭遇したことがあるけど、話したことはなかった」
ロザリー 「珍しく気まずい空気になった時、建て付けの悪い扉がガタガタと鳴った」
ユーゴ  「え、誰か…」
ロザリー 「誰?」
ズールイ 「僕だよ!!」
ロザリー 「扉を開けたのはウーズールイだった」
ズールイ 「ランが帰ってきたんだ!」
ロザリー 「は!?」
ズールイ 「この、この人どうにかしないと!!!」
ロザリー 「え、ちょ、どうしよ、」
ズールイ 「ロザリーは下行って相手してて!僕がこの人連れてくから!」
ロザリー 「...ありがとう」
ズールイ 「お礼は後で!早く!」
ロザリー 「ユーゴ、こいつに任せれば大丈夫だから」
ユーゴ  「分かった」
ロザリー 「ごめん!行ってくる!!」
ユーゴ  「少女は階段を降りていった。状況は全く掴めなかったけど、俺がここにいちゃいけないみたいなのはなんとなく分かった」
ズールイ 「名前、ユーゴ?」
ユーゴ  「はい」
ズールイ 「着いてきて」
ユーゴ  「案内されたのは、多分あまり使われてない暗い小部屋で、ウーズールイは座り込んで俺の顔を見つめた」
ズールイ 「綺麗な顔してるね」
ユーゴ  「そうですかね」
ズールイ 「はは、ロザリーが言ってた通りだ」
ユーゴ  「どういう意味か気になったけど、それより、
...ロザリーって、彼女のことですか?」
ズールイ 「そうだよ、知らなかった?珍しいねえ、ロザリーが本名教えるなんて」
ユーゴ  「あ、いや...名前、知りませんでした」
ズールイ 「え、え!?知らなかったの!?名前を!?」
ユーゴ  「はい」
ズールイ 「へえ...」
ユーゴ  「別に恥ずかしくなかった。"少女”で十分だった。彼女を知るには、十分だったから」
ズールイ 「確かに、名前なんかどうでもいいやーってよく言ってるよ」
ユーゴ  「そうですか。彼女らしいですね」
ズールイ 「あ、僕のことはルイって呼べば良いよ。ロザリーは呼んでくれないけどね」
ユーゴ  「分かりました。それで...ここには、いつまでいれば良いんですか?」
ズールイ 「あ、もしかして予定とかあった?」
ユーゴ  「えっ、と…そうではなくて、どうして、俺はここに連れてこられたんですか?」
ズールイ 「ああ...それはねえ...」
ユーゴ  「ウーズールイは時々つまずきながら、丁寧に説明してくれた。この家に住む子供達はある男に守られていて、彼は子供達への執着が強いこと。特に少女を気に入っていて、外と関わらせたがらないこと」
ズールイ 「勿論ロザリーはうまく誤魔化してたよ。でも限界があったみたい」
ユーゴ  「少女の変化に気付いた男は束縛を強めていること。そして、その束縛は彼女への暴力に及んでいること」
ズールイ  「僕達がユーゴを避けるのは、ユーゴが外の人だからじゃないよ。いや、それもあったけど...ユーゴが良い人なのは、もう皆分かってる。でも、ユーゴと会ってるとロザリーが危ないからさ」
ユーゴ  「初めて、知りました。そんなこと、」
ズールイ 「…僕、ランと話してくるから。僕かロザリーが来るまで、この部屋から出ないでね」
ユーゴ  「…分かり、ました」

6「彼がくれたもの」

階下にて

ロザリー 「名前を呼ぶと、ランは私の本名を呟いた。 これ多分、相当ヤバイやつだ。
ラン、どうしたの?何かあった?あたし、何かした?」
セイラン 「お前、誰だよ」
ロザリー 「ロザリーだけど」
セイラン 「違う!お前はロザリーじゃない、お前は...」
ロザリー 「ラン、何言ってんの?」
セイラン  「(急に声色が変わる)全部、お前のためだったよ。お前が食ってけるように働いて、お前が寂しくないように仲間連れてきて、お前が暇しないように本を集めて、お前が...
お前が、俺から離れないように。次は何をすればいい?」
ロザリー 「男が迫ってくる。また何回か殴れば済むと思ってたけど、今回は流石に危ないかも。目が座ってる」
セイラン 「なあ、教えろよ」
ロザリー 「あたしはランから離れないよ」
セイラン 「嘘吐くな!お前が外の男連れ込んでんの分かってんだよ。どうしたらお前は奴と会うの辞めるんだよ。どうしたら...」
ロザリー 「もう会わないから、」
セイラン 「俺に言われて辞めるんじゃあ意味ないって、お前が一番分かってるんじゃねえの?」
ロザリー 「手首を掴まれた。これまで彼が、手加減していたことを知った」
セイラン 「痛いか?」
ロザリー 「...痛くない。全然、痛くないよ?」 

五階、物置

ユーゴ  「暗い部屋で、ウーズールイからきいたことを考えていた。なんで少女は危険を冒してまで、俺と会ってくれてたんだろう。俺は本を貸すぐらいしかしてないし、それ以上は少女も求めなかった。俺の、何が…」
ズールイ 「辞めて!ロザリーが死んじゃう!!」
ユーゴ  「俺の何が、少女を動かしたんだ?」 

一時間後、階下

ロザリー 「地獄絵図、だったんだと思う。 硬いソファの上で目覚めると、泣いてるウーズールイと、強張った顔のユーゴがいた」
ズールイ 「大丈夫?」
ロザリー 「うん…ユーゴ、ごめん」
ユーゴ  「何に謝ってるんだよ。何も悪いことしてないだろ」
ロザリー 「ユーゴには汚い世界を見せたくなかった。 ユーゴが興味をなくしてしまえば、もう会えなくなると分かってた。ランのことを言わなかったのも、そのせいだ。この街への熱が冷めたら…考えるだけで、怖かった。
私が悪かったんだよ。それで…ラン、は?」
ユーゴ  「...そこで気絶してる。一回だけ殴った、ごめん」
ロザリー 「いや、止めてくれたんでしょ?ありがとう」
ユーゴ  「少女が名前を呼ぶと、男はゆっくりと目を開けた」
ロザリー 「どうせ、気絶なんてしてないんでしょ。いくらユーゴが強かったって、ランはそこまで柔じゃない。
チョウセイラン、皆知ってるよ」
ユーゴ  「少女はふらつきながら彼に歩み寄った」
ロザリー 「いつだって、名前を呼ぶと笑顔を向けてくれた。愛することを惜しまないランが大好きだった。でも、もう解放しなくちゃ。
私達を守るために、沢山汚い仕事したんでしょ?とっくに気づいてたよ。でもそんなことで、私達がランのこと嫌いになると思った?なるわけないじゃん。皆ランが大好きだよ。そんな簡単に変わらない。お願い、もう辞めて、辞めてよ」
ズールイ 「ロザリー…」
ロザリー 「お願いだから、もう、私達のために生きないで。私は皆で、生きていきたい!ラン、私ランに殴られて痛かった。嘘吐いててごめんね。すっごく、痛かったよ。
ずっと言えなかった。口にすればランが、壊れてしまうと思った。もう、彼に辛い記憶を思い出させたくなかった。でもそれは、私のエゴでしかなかったんだよね」
セイラン  「…ロザリー、俺は、」
ロザリー 「私達は、守ってもらわなくても大丈夫。だからもう、辞めよう?」
ユーゴ  「少女はチョウセイランを抱きしめた」
ロザリー 「ランの暖かさを感じたのは、久しぶりだった」

数週間後、ロザリー宅

子供達  「あ、ユーゴ!!!」
ユーゴ  「数週間後に少女を訪ねると、この前のことはなかったかのように出迎えてくれた。ただこれまでとは違って、少女の隣には沢山の仲間が並んでいて。チョウセイランの姿もあった」
ユーゴ  「仕事は順調ですか?」
セイラン 「はい、おかげさまで」
ユーゴ  「俺は彼に職を紹介した。他の子達は幼いから紹介出来なかったけど、街で仕事を見つけて頑張っているそうだ。少女と共に子ども達の相手をしてから、いつもの部屋に向かった。この椅子にも、だいぶ愛着が湧いてきた」
ロザリー  「ユーゴ、ありがとう。ランを救ってくれて」
ユーゴ  「俺は何もしてない」
ロザリー 「ううん、ユーゴのおかげだよ」
ユーゴ  「そう?」
ロザリー 「私は、甘やかしてばかりだった。
虐待のトラウマを刺激しないように声を潜めて、ランがランの親に近付いていくのを、黙って見てるだけだった。それは、優しさでも何でもなかった」
ユーゴ  「もう、怪我は大丈夫なの?」
ロザリー 「んー、たまに痛むけど、大体は治ったかな。それより、新しい本持ってきてくれた?」
ユーゴ  「持ってきたよ。君、これ読んだことある?」
ロザリー 「ん?これって、前ユーゴが読んでたやつ?」
ユーゴ  「うん」
ロザリー 「読んでないと思う」
ユーゴ  「じゃあ読むと良いよ。とても優しい話だったから」
ロザリー 「分かった…面白そう、だね」
ユーゴ  「少女は、本のタイトルをそうっと撫でた」

一週間後、ユーゴの住む屋敷

執事   「失礼します。ユーゴ様、シュウリンファ様がお出でです」
ユーゴ  「また?今月何回目ですか」
執事   「五回目ですね」
ユーゴ  「居留守で」
執事   「なりません。一緒にお食事をされたいそうです」
ユーゴ  「もう昼は食べましたと伝えて下さい」
執事   「承知しました」
ユーゴ  「え…!?」
執事   「失礼します」
ユーゴ  「長年の付き合いだけど、この執事の基準はいまだに読めない。居留守はダメなのに嘘は良いのか…」
執事   「失礼します、お食事がお済みならお庭で散歩でも、とのことです」
ユーゴ  「散歩...分かりました。行きます」
執事   「かしこまりました」
ユーゴ  「無駄に広いこの家は好きじゃない。でも、沢山の花が広がる庭だけは気に入っていた」

リンファ 「いきなり伺ってすみません」
ユーゴ  「シュウリンファは鮮やかな色のドレスを着ていた。 
…傷とか、ないんですね」
リンファ 「え?」
ユーゴ  「あ、いえ。なんでもないです」
リンファ 「ふふ、面白いことおっしゃりますね」
ユーゴ  「面白い…面白い、ですか?」
リンファ 「ええ。勿論」
ユーゴ  「彼女は白い腕を惜しげもなくさらしていた。面白いって…なんだっけ」
リンファ 「あ、そうだ!お庭が綺麗だなあと思ったので、良ければ案内して頂きたいのですが」
ユーゴ  「良いですよ。行きましょうか」

リンファ 「わあ!綺麗ですね!」
ユーゴ  「俺もそう思います」
リンファ 「...あれ、執事の方は?」
ユーゴ  「ああ、彼は花粉アレルギーなので。入り口で待っています」
リンファ 「なるほど!大変ですね」
ユーゴ  「…俺も、二人きりは大変だよ」
リンファ 「すみません、なんておっしゃいました?」
ユーゴ  「いえ、なんでもないです」
リンファ 「ふふふ、あ、そういえば!
ユーゴ様は、郊外にあるスラム街をご存じですか?」
ユーゴ  「(顔を上げる)」

数週間後、ロザリー達の住処

ズールイ 「ユーゴ、最近来ないねえ」
ロザリー 「忙しいんでしょ」
ズールイ 「忙しくてもちょっと顔出しに来てくれてたじゃん。最近それもないし」
ロザリー 「顔出しにも来れないくらい忙しいんじゃないの」
ズールイ 「え、ロザリー何で機嫌悪いの?僕何か言った?」
ロザリー 「何もない。あとその名前で呼ばないで。
ユーゴにはユーゴの生活があるって、それぐらい分かってる。 でもまたすぐ来るって言ってたのに、嘘つきめ。せっかく急いで読んだのに…」
セイラン 「あ、ロザリー。ユーゴが結婚するって知ってるか?」
ロザリー 「ああ…相手がいるのは知ってた。ついにするんだね」
セイラン 「ああ。それで、これは噂なんだけどな。ユーゴ、ここに来てたのがバレたらしいんだ」
ロザリー 「…は?」
セイラン 「外の仕事仲間に探偵やってる奴がいてさ。そいつが言ってた」
ズールイ 「それって、結構駄目なことなんじゃ...」
セイラン 「ルイ、結構って言うか絶対駄目だよ。外に出て分かったけど、ユーゴの家柄は相当凄い」
ロザリー 「...もう、ユーゴには会えないの?」
セイラン 「ロザリー、それはまだ」
ロザリー 「嫌、ユーゴに会いたいよ。私まだ何にも返せてない、お礼さえ言えてないのに。 ユーゴから沢山教えてもらったのに、でも、私は何も...
…最初から、一方的な交流だった。ユーゴがここに来ない限り、私はユーゴに会えなくて。それを分かってて、ユーゴは通ってきてくれていた。その、甘えが。出てしまった。
失ってから、その大切さを知ることがあるって。読んだことがある。読んだことはあったんだ。でも、知らなかった。知りたくなんて、なかった」

7「私達の番」

同時期、ユーゴの住む屋敷

リンファ 「今日もお花が綺麗ですね!」
ユーゴ  「そうですね。
毎日のように来て飽きないんですか、とは言えなかった。少なくとも俺は飽きてるんだけど。でもこの時間がなかったら、とっくに狂ってたかもしれない」
リンファ 「このバラの色、本当に素敵」
ユーゴ  「シュウリンファは俺があの街に通っていることを知って、俺の父親にリークした。気付いた時にはもう遅くて、馴染みの執事はクビ。シュウリンファに誘われた時以外、外に出ることは禁止された。
初めて許嫁を知った時なんて可愛いものだ。今はペットどころか、ただのお人形。これからのことを考えると耐えられなかった。逃げ出そうって、何度も思った」
リンファ 「"あのスラム街のせいで治安が良くならないそうですね。取り壊しの話も出ているとかいないとか"」
ユーゴ  「だけど、シュウリンファの言葉が、あいつが無邪気に笑って言ったことが、頭から離れなかった。金がある奴らは何をするか分かったもんじゃない。少女達の居場所を、奪いたくなかった。守りたかったんだ」
リンファ 「そうだ!このお花を婚約パーティで使いませんか?きっと素敵になると思うんです」
ユーゴ  「良いと思いますよ」
リンファ 「パーティが楽しみですね!」
ユーゴ  「来週のパーティが終われば、正式に後継ぎに認められる。正真正銘、操り人形の完成だ。どうしたら楽しみにできる?教えてくれよ、お願いだから」

一週間後、ユーゴの住む屋敷

招待客1 「こんばんは、婚約おめでとうございます」
リンファ 「ありがとうございます!」
ユーゴ  「ありがとうございます。
婚約パーティは無駄にきらきらしく開かれた。俺の体に合わせて作られたスーツは不気味なほどぴったりで、逆に落ち着かない」
招待客2 「こんばんは、婚約おめでとうございます」
リンファ 「ありがとうございます!!」
ユーゴ  「…ありがとうございます」
リンファ 「やっぱり、私達の見立ては正解でしたね」
ユーゴ  「何がですか?」
リンファ 「ほら、あのお花見て下さい。ここの庭のものですよ。思った通り、ぴったり!」
ユーゴ  「そう、ですかね」
リンファ 「ええ、良い引き立て役だわ」
ユーゴ  「無駄に派手な花瓶に生けられた花を見ても、素直には肯けなかった」
招待客3 「(被せて)こんばんは、婚約おめでとうございます」
リンファ 「ありがとうございます!!」
ユーゴ  「……ありがとうございます。
一通り挨拶を終えると、俺と許嫁は会場の中心に並ばされた。父親が何やら上機嫌に喋っている。大きな拍手が鳴った。
綺麗だ綺麗だと褒めながら、躊躇なく花を摘んだ許嫁と、人形扱いに慣れきって、抗おうともしない自分」
招待客達 「(口々に)おめでとうございます!!!!」
ユーゴ  「はは、ははは。なんだ、随分とお似合いだ」


ロザリー 「ちょっと待ったぁ!!!!!!!!」


マイクのハウリング音。

リンファ 「な、なに!?!?」
ユーゴ  「いきなり、会場が真っ暗になった。耳鳴りがする。シュウリンファが俺の腕にしがみついた。視界はすぐに明るくなって、目に入ったのは」
ロザリー 「ユーゴの世界、広げに来たよ」
ユーゴ  「ずっと会いたかった、少女の姿だった」
リンファ 「だ、あ、貴女誰よ!?」
ロザリー 「ごめんなさい!次は、私達の番なんです」
セイラン 「ロザリー急げ!ルイが間に合わない!!」
ロザリー 「ユーゴ!!ここから出たい!?!?」
ユーゴ  「出たい!!!

本音が滑り落ちて、そこからは一瞬だった。少女に手を引かれながら人混みを走る。 護衛と取っ組み合うチョウセイランの背中と、ウーズールイの高い声。そして、かたく握られた小さな手。それだけが妙に、はっきりとしていた」
ロザリー 「ここに来るまでに、何回も考えた。
私がユーゴにもらったものって何?私がユーゴにあげられるものって何?夢中で、夢中で走った。走りながら笑っていた。本を読むだけじゃ、分からないこと。街にいるだけじゃ、分からないこと。
ねえ、ユーゴ!!!」
ユーゴ  「何!!」
ロザリー 「ここにいるだけじゃ分かんないこと、絶対あるよ!!」
ユーゴ  「少女は笑いながら走っていた。何が何だかさっぱりだけど、俺も夢中で、夢中で走った」

ロザリー 「みんな、お待たせ!」
ユーゴ  「お気に入りだったはずの庭に出ていた。見覚えのある顔が、並んでいて、なぜかみんな、笑っていて」
子供1  「ユーゴ、久しぶり!」
ユーゴ  「ナナ!!」
子供2  「レイもいるよ!!」
子供1  「アンもいるし、ベッツも!みんないるよ!」
子供達  「(口々に)ユーゴ!!!」
ユーゴ  「うわ、勢揃いだな!」
ロザリー 「ユーゴは戸惑ってたみたいだけど、みんなに囲まれて笑っていた。
あとは別行動の二人が帰ってくれば…」
子供1  「あ、ランだ!!」
ユーゴ以外「(歓声)」
ロザリー 「ランだ!ランが戻ってきた!!」
セイラン  「(息を切らしながら)ロザリー!ルイ来てるか!?」
ロザリー 「あ、後ろ!!」
ズールイ 「待って〜!!!」
ユーゴ以外「(歓声)」
ロザリー 「ウーズールイ!誰も追って来てないよね?」
ズールイ 「(息絶え絶え)大丈夫、だと、思う!」
ロザリー 「よし、全員揃ったね!追手が来る前に行くよ!!」
ユーゴ以外「(口々に返事)」
ユーゴ  「待て!行くって、どこに行くんだよ」
セイラン 「おいロザリー、何も説明してないのか?」
ロザリー 「だってそんな暇なかったもん」
セイラン 「はあ、あのなあ...まあ良いや、ユーゴ。次は、俺らがお前を救う番だと思って。一緒に行かないか?」
ズールイ 「婚約パーティから花婿をさらうなんて、割とロマンティックじゃない?」
ユーゴ以外「(笑う)」
ユーゴ  「...辞めろ!今すぐ逃げてくれ」
ロザリー 「なんで?ユーゴ出たいって言ったじゃん!!」
ユーゴ  「関係ない!!!ここで俺が逃げたら、多分君達の家が、あの街が、壊されるんだ。ここの奴らはそれぐらい平然とやるんだよ、俺が上手く誤魔化すから、」
子供2  「家なんて別に、なくたって良いよ」
子供1  「何でそんな寂しいこと言うの?」
子供2  「またお話きかせてよ!」
セイラン 「俺たちはユーゴと生きたいんだ」
ズールイ 「皆、ユーゴのこと大好きだよ」
ユーゴ  「でも、」
ロザリー 「こんな時だけ大人ぶらないでよ!」
ズールイ 「僕たちと生きようよ。僕たちのこと、嫌いなの?」
ユーゴ  「違う、そんなことない。でも、あの街が…」
セイラン 「ユーゴ。一人で、生きようとしないで欲しい」
ユーゴ  「俺だって、できるなら逃げ出したい。大変なのは分かってる、それでも、少女達といたい。だけど、知ってるんだ。あの街は、少女達の唯一の場所。少女達が人間らしく、みんなで生きられる場所だ」
ロザリー 「(遮る)どこ行ったって良い!場所なんて関係ないじゃん。私達、ユーゴに沢山教えてもらったよ。そのおかげで今、あの街から外に出れてる。今度は私なの。 私達が、ユーゴの世界を広げてみせるから!」
ユーゴ  「少女は、一冊の本を俺に差し出した。それは俺が、最後に勧めた本だった」
ロザリー 「行こうよ、私達を信じて」 

8「エピローグ:それは俺たちの希望」

ユーゴ  「数年後、少女達の唯一だった世界が、取り壊された」
ロザリー 「でももう、その名前をきいても誰も立ち止まらない」

ロザリー 「失ってから、その大切さを知ることがあるって、読んだことがある」
ユーゴ  「読んだことはあって。でも、知らなかった」
ロザリー 「知らなかった。知れてよかった」
ユーゴ  「君に会って知ったんだ」
ロザリー 「希望を捨てなければ、取り戻せるってこと」


2021年7月20日改稿

最近は呪術廻戦にはまっています