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【今日読んだ本】私が語りはじめた彼は(三浦しをん著)



ストーリー

私は、彼の何を知っているというのか? 彼は私に何を求めていたのだろう? 大学教授・村川融をめぐる、女、男、妻、息子、娘――それぞれに闇をかかえた「私」は、何かを強く求め続けていた。だが、それは愛というようなものだったのか……。「私」は、彼の中に何を見ていたのか。迷える男女の人恋しい孤独をみつめて、恋愛関係、家族関係の危うさをあぶりだす、著者会心の連作長編。

書き出し

二千年以上前の話だ。
寵姫が臣下と密通ていることを知った若き皇帝は、まず彼女のまぶたを切り取った。これから自分がどんな目に遭うのかを、彼女がしっかりと瞳に映せるように。

感想

書き出しが結構えぐくて、一瞬読むのをやめようかと思ってしまった。
でも三浦しをんさんだし。
そう思って読み続けて。
途中からグイグイ引き寄せられていった。

書き出しのエピソードは、最初の短編の主人公が思い出していた古い歴史の逸話。
裏切られた皇帝は、酷い方法で寵姫を数日で殺したが、裏切った男には何もしなかった。
男は能力があり、着実に出世し、妻も子も孫もできた。二十年後、些細なことで皇帝の怒りをかい(おそらくはいいがかかり)、男は処刑される。妻も子も孫もそれぞれの家族も、また男の一族と男の妻の一族も全員処刑されてしまう。

「生まれながらに権力の座を約束されていた少年が、たぶん初めて心から愛した美しい女。その女と密かに通じた、野心と能力に溢れた男。女が死んだ後も、宮廷で顔合わせる2人の男。彼らの奇妙な連帯と緊迫感。
(中略)
二十年と言う歳月は、女への愛の深さの証だろうか。男への怒りの激しさの証だろうか。それとも、屈辱を許さぬ皇帝の執念を証しているのだろうか?」

「愛なのか、怒りなのか」
それがこの物語のテーマなのかな。

この物語は「村川教授」と、その妻、たくさんの愛人、それぞれの家族、巻き込まれた弟子である最初の短編の主人公など、それぞれの視点から描かれた短編からなる。
村川教授の身勝手な振る舞いに苦しめられながら、周囲の人たちはどこかで教授に愛されたいと渇望している。
それぞれが語る村川教授像は、それぞれの人を映す鏡のように多面的で。

たぶん彼は誰のことも愛していなかったし、愛されたいとも思っていなかった。そしてそれぞれがそれぞれの描く村川教授を愛していた。
大きな何かが欠落している彼を見て、周りの人たちは、その欠落している部分に自分の理想を嵌め込んで見ていたのだろうか。

浮気とか夫婦間の問題とか、ひどくリアリティーがあるにもかかわらず、どこかファンタジーの世界のように思えてきて。
登場人物たちはお互いの心の内をさらけ出す事を避け、一定の距離を保ちながら、自分の中で折り合いをつけていた。
短編のそれぞれの語り部は、愛する人の本心を聞き出そうとはしない。
なじってやりたいことがあってもとことん堪えてやり過ごす。
たまに感情を爆発させても、日常のルーティンへと戻っていく。
本当はかつての日常に戻れないと知りながら、破滅する日が来ないことを祈るように、平静を装う。

奇妙でだけどありそうなことだと思った。

一つ一つの短編はとても精巧に描かれていて面白い。全く別の物語かと思うほどそれぞれの世界観があって。
その中で、教授の再婚相手の娘のことが一番心に残ったかな。
愛されたくてそれが叶わなくて絶望した少女。
できれば幸せになってほしかった。
あとは蜥蜴のタトゥーをもつ女性。

誰かに振り回されながらも、どこかで自分を強く持ち,自分の生き方を貫こうとする人が好きだから。

重くなるし何度も読みたいとは思わないけれど,読んでよかったと思う一冊だった。

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