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2月19日「雨水」にちなんだ超短編小説

2月19日 雨水 
降る雪が雨に変わって、雪解けが始まる。
雨水にひな人形を飾り始めると良縁に恵まれる。

 ああ、そうだったのかあ。いまさらそんなこと知ったところで何が変わるわけでもないけれど。

 確かに近所の友達の家はひな人形を飾り始めるのが早くて、いつも不思議に思っていた。それを見て、わたしも早く飾って欲しくて親にせがむのだけれど、親は仕事に家事に忙しく、我が家のひな人形はいつもあわただしく飾られてはあわただしく(しまうのが遅くなると行き遅れるという迷信により)しまわれる。

 しかしそれらはただの迷信と侮ってはいけないような気がする。

 ひな人形を計画的に飾れる人は、きっと他の事に関しても計画的に行える。面倒くさいだの忙しいだのと言って先送りにはしない。
 そしてその人の子どももそう育つ。小さいころから計画的に。自分で計画を立てるということは自主性も育つだろう。自分で判断し、やるべきことを行い、身に着けていく。
 
 しっかりと自分の将来を見据えて、今必要なことを選択する。簡単な方へ、楽な方へ逃げたりしない。勉強し、いいところに進学し、いいところに就職すれば、類は友を呼ぶで、同じような人と出会い、まさしく「良縁」に恵まれるだろう。程よい年齢で結婚し、子どもができ、一軒家を持ち、計画的に貯金して老後の蓄えも完璧。模範的な人生を歩む。
 良縁に恵まれる人は、相手にとっても良縁。本人が魅力的なのだろう。

 ま、いまさらどうしようもない。
 こんなこと何の慰めにもならないけれど、どんな道を辿ったって行きつくところはどうせ同じ。満足して死のうが、後悔して死のうが、何を思おうとも死んでしまえば消えてなくなる。

 それに人生は死ぬまで分からない。これで年収何億だ、とかなんとかの成功本を書いた人だって、一年後には自己破産しているかもしれない。素敵な人と巡りあう方法、とかなんとかの本を書いた人だって、老後はひとり寂しく過ごす羽目になるかもしれない。

 どんな人生でも、わたしがわたしを裏切らなければ、そこそこ満足できるような気がする。

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