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「靴と母の心」 超短編小説

3月15日 靴の日
1932年に日本靴連盟によって制定。
1870年のこの日、日本初の西洋靴の工場ができたことから。

ああ、またこんなに脱ぎ散らかして。
スーパーのレジ打ちのパートから疲れて帰ってきて、玄関を開けたサチコはうんざりした。

狭い玄関のたたきに小さな靴が散らばっている。それを見ていると疲れた体がさらに重くなったようにサチコは感じた。

どれだけ言っても、3人の息子たちは靴を脱いだら脱ぎっぱなしでそろえない。

3人とももう小学生なのだから靴くらい自分でそろえて欲しい。他にもここを使う人がいるのだから、その人の邪魔にならないようにとの気遣いをそろそろ覚えて欲しい。

アニメでも見ているのだろう、リビングから息子たちののんきな笑い声が聞こえて、サチコは小さなため息をついた。




あの子たち、いつの間にこんなに大きくなったのかしら。
いつものように脱ぎっぱなしにされた息子たちの靴をそろえていたら、夫の靴より息子たちの靴の方が大きくなっていることに気が付いてサチコは少し驚いた。

中学生や高校生になった息子たちは体も足もずいぶん大きくなった。
サチコは息子たちが健康に大きくなってくれたことに喜びつつも、体は成長しても中身は全然成長していないことを思って少しうんざりした。

何度言っても靴は脱ぎっぱなしでそろえない。あの子たちは聞いているようで聞いていない。耳でわたしの言うことを拾ってはいるのに脳まで到達していないのよ。あれこれ言ってもこっちが疲れるだけだわ。サチコは小さなため息をついた。



あの子たち、いつの間にこんなに靴を買ったのかしら。
靴箱に入りきらない靴が玄関のたたきにあふれているのを見てサチコはうんざりした。

高校生や大学生になった3人の息子たちはファッションに目覚めたのか、バイトして得たお金で靴やら服やら買い込んでくる。狭い玄関のたたきが息子たちの大きな靴で埋めつくされている。

似たような靴ばかりじゃない。こんなに同じような靴ばかりそろえて何の意味があるのかしら。無駄使いせずに貯金して欲しいわ。サチコは小さなため息をついた。



玄関がなんだか急に広くなったみたい。
玄関のたたきには夫の靴とサチコの靴のみ。ふたりとも靴のサイズは小さく場所をとらない。こぢんまりと行儀よく隅に置かれた靴はなんだか寂しそう。

大人になった3人の息子はそれぞれ巣立っていき、今ではこの家にサチコと夫の2人しか住んでいない。息子たちの靴がなくなって玄関のたたきはがらんとしている。

サチコは玄関が寂しく感じた。
すきまだらけの玄関のたたきのように、自分の心の中もすきまだらけになってしまったようで、サチコは小さなため息をついた。



まさに足の踏み場もないとはこのことね。
さまざまな色と形とサイズの靴で、玄関のたたきがぎゅうぎゅうになっているのを見てサチコは満足そうな笑みを浮かべた。

3人の息子たちが正月に里帰りした。それぞれの妻と子どもたちの靴で狭い玄関はもう一足たりとも靴が入るすきまがない。サチコはすきまのない玄関を見たら、自分の心のすきまもなくなったような気がした。

かあさんやらおばあちゃんやら自分を呼ぶ声がリビングから聞こえる。

まあ、今日はしょうがないわね。
散らかりすぎてそろえる気にもならない靴をそのままにしてサチコはリビングへ向かった。

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