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「財布と中学生男子の悪だくみ」超短編小説

3月12日 財布の日
財布やバッグの企画・販売を手掛ける会社により制定。
サ(3)イ(1)フ(2)の語呂合わせから。

ああ、お金が欲しい。
中学生男子が授業も上の空で欲しいものをあれこれ頭に描いている。
ゲームも欲しいし、かっこいい服も欲しいし、漫画を思う存分読みたいし、やりたいこといっぱいだし、お金がいくらあっても足りない。
それに友達があれ買ったこれ買ったなんて自慢してくると、たいして欲しくない物でもうらやましくなって欲しくなる。

「小遣い足りない」
授業が終わり部活に向かいながら中学生男子が友達にそう言うと、友達が悪いことを教えてくる。
「オレ、母ちゃんの財布からこっそりとるよ」
え、そんなことするなんてと中学生男子はちょっと引くものの興味も沸いて聞いてしまう。
「どうやって? ばれない?」
「一回に小銭を少しもらう程度だよ。それならばれないし、何日かに分けてとれば、結構たまる」
そんな悪いことしてはダメだと思う反面、いいことを聞いたと思う気持ちもあった。

部活を終え家に帰り、中学生男子はリビングでおやつを食べている。
リビングのソファの端に置かれた母親のかばんと、キッチンでこちらに背を向けて夕食の準備をしている母親を交互に眺めた。

試しにやってみようかな。
悪いことをする、というより新しいゲームを試すような感覚だ。

母親の背中を見ながらかばんに手をつっこみ、手さぐりで財布をつかむ。
財布のファスナーについている鈴が鳴らないように指で押さえながら財布をあける。
財布の中にさっと目をやり狙いを定める。とりあえず少額から。50円玉を素早く取り出し、ポケットに入れ、すべてを元通りに。

母親は気づいた様子もなく夕食の準備を続けている。
あっけなく成功して拍子抜けしてしたが、それで中学生男子は味をしめてしまった。

数日後には50円玉を、また数日後に100円玉を、と何日かおきに母親の財布からお金をとっていた。お金をとった後に、母親がかばんをがさごそやりだして、ばれやしないか冷や冷やする時もあったが何も言われなかった。
もう300円くらいたまった。ばれないもんだな、と中学生男子はいい気になっていた。

ある日、母親がリビングで写真の整理をしていた。リビングにふらりとやってきた中学生男子に「これ見て」と楽しそうに話しかける。
中学生男子が赤ん坊だったのころの写真だ。まだ若い母親に抱かれてご満悦な表情。写真を見せられても反抗期真っただ中の彼はちらりとそれを見ただけで、ほとんど母親を無視してキッチンの冷蔵庫へ飲み物を取りに行く。

「本当にかわいい、いつもにこにこしていて、でも病弱だったから心配がつきなくて、ああ、この写真ほんとよく撮れている。わたしのお気に入りだわ」
彼の耳にも届くような大きな声で、母親はひとりごとを続けている。

コップにジュースをついで自室に戻った中学生男子は、自分の心が罪悪で満たされていくのを感じた。母親の愛を垣間見て、良心が痛んだ。
もうやめようと強く決心しジュースを飲みほすが、罪悪感のせいかジュースの味がほとんどしなかった。

しかし喉元過ぎればなんとやらで、またお金が欲しくなってしまう。

それから数日後、いつもと同じように財布を手に取り開くと、そこに写真が入っているのが目に入った。
リビングで母親が見せてきた、中学生男子が赤ん坊だったころの写真だ。

それを見て中学生男子は胸がじいいんと熱くなるのを感じた。
感動するとともに自分のしていることを恥じる。
写真を持ち歩いてくれている、こんなに愛されているのに、母親を裏切るようなことをしてはダメだ。

お金はとらず財布を元に戻す。
もう、本当に、絶対にお金を勝手にとらない。
堅く決心した。



息子よ。
ばかな息子よ、母がお前の愚行に気づかないとでも思ったか。
母は、毎日きっちりと家計簿をつけています。
財布から1円減っただけでも気が付きます。

ついでに言うと、母は財布のファスナーについている鈴が右にいくように財布をかばんにしまいます。そうすると左腕にかけているかばんから財布を右手で取り出し、左手に財布を持ち替えて、右手でファスナーを開ける動作がスムーズにいくのです。
だから向きが違うとすぐに違和感に気づきます。

お金が無くなっていることにすぐに気付きました。
だからと言ってお前が犯人かは分からない、あほな父さんかもしれない。
それとも母さんの思い違いか、おつりのもらい忘れか、落としたか。
だからわたしはしばらく様子を見ることにしました。

そしてお前が犯人だと確証が取れました。
最初は「ばれていないとでも思ったか」と書いたメモ用紙を財布に入れました。
これを読んで顔を真っ青にしているお前を想像したら、母さん笑いが止まらなかった。

しかし、スーパーのレジでお金を出すときに、この紙を落としてしまい、拾ってくれた店員さんに見られて恥ずかしい思いをしたので紙は捨てました。

そこで一計を案じ、ついにあの方法を思いついたのです。
これなら人に見られても恥ずかしくない。
そう、お前の赤ちゃんのころの写真を財布の中に入れたのです。

もちろん、いきなり写真を持ち歩くようになったらお前が怪しむかもしれないと、先に手は打ちました。
これでお金をとることをやめて、おまけにお前の反抗期も少しはおさまれば、まさに一石二鳥。ついでに雑学。海外で行われた実験ですが、財布を落とした時、赤ちゃんの写真が入った財布の方が持ち主のもとに返ってくる確率が高いそうです。赤ちゃんの写真が拾った人の良心をくすぐるのでしょうか。

結果はお前もよく知っている通り。もしもそれでもお金をとるようなら、ぶん殴るところでした。お前だって母にばれていると分かったら気まずいでしょう。ちゃんと自分でいけないことだと気づいてくれてよかった。

ちなみに、お前がとったお金のマイナス分は、お前の食べ物を節約することでまかないました。お前の食べる分だけ、安い食材で作ったり、お前しか飲まないジュースを水で薄めたりしました。それだけでまかなえなかったらお前の私物をこっそり売るところでした。食材を分けて作るのは面倒だったからやめてくれて本当によかった。

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