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「ありがとうの子」 超短編小説

3月9日 ありがとうの日
さん(3)きゅー(9)の語呂合わせから

有賀燈子(ありがとうこ)はそのふざけた名前が嫌いだった。
小さいころはただ自分の名前と認識していただけで何とも思わなかったが、成長するにつれ、からかわれることが増えて、自分の名前がだんだんと嫌になってしまった。

中学校の入学式でもさっそく嫌な目にあった。
「有賀燈子です」
緊張しつつも張り切ってそう自己紹介したのに、聞こえてくる声は、
「ありがとうこ、だって」
そしてくすくすと小さな笑い声。
聞こえた瞬間に自分の顔がカッと熱くなるのを燈子は感じた。

友達がたくさんできるといいな、そのためには明るくて親しみやすそうな感じで自己紹介しよう、あれこれ考えて頑張った自分が哀れに思えてくる。
真新しいセーラー服のスカーフを指でくるくるまわし、燈子は悲しい気持ちをなんとかやり過ごした。

なじんでしまえば、いちいち名前をからかってくる友達はいない。
しかし自分の名前を名乗った時の相手の笑いをかみしめた顔に、燈子はいつまでもなれることができず、毎回毎回、小さく傷ついてしまう。

しかし燈子の父母はなにも面白半分でこの名前を付けたわけではない。
燈子の父親の母親、つまり燈子の祖母は、戦後の貧しい時代を人と助け合ってきたから、人とのつながりをとても大切にしている。そしてありがとうの言葉が人とのつながりにおいて一番大切だと思っていた。

祖母は20歳で結婚して有賀という姓になった。祖父はもう亡くなったが穏やかな人で、平和な結婚生活が続いた。そのことで祖母はますますありがとうを大切にする思いを強めた。だから何かしてもらったらありがとうと感謝の言葉を忘れないことを息子たちによく言って聞かせた。

そうやって育てられた息子も当たり前のように同じ思考を持ち、大人になり結婚し、子どもが産まれたときもその思考を忘れなかった。

我が子を腕に抱き、涙を浮かべながら燈子の父親は言った。
「ありがとうこにしよう。名前にありがとうが入っているなんて素敵じゃないか」
母親もその名前が気に入った。
産まれてきてくれてありがとう、そういう気持ちも込められている。
そんな素敵な由来があるから、燈子は親に何も文句は言えないし、からかわれていることを知ったら二人が傷つきそうなので、絶対にばれたくない。

それに燈子だってありがとうの言葉の大切さを理解していた。
幼いころから祖母にその大切さを奇妙な作り話に置き換えて教えられてきたおかげでもある。

祖母は小さな燈子を自分の膝に座らせ優しくその作り話を語る。

「ある世界では、ありがとうと言われることをエネルギーにしている人々がいる。
ありがとう、と言われると体内である物質が分泌されて胸あたりが温かく感じる。その物質がエネルギーに変換され、利用される。
食べ物も食べる。ありがとうから発生したエネルギーも利用する。
どちらも効率よく体内で利用し、生命を維持している。

この世界の人は産まれたらまず、産まれてきてくれてありがとうと言われる。
お母さん、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん、兄弟姉妹、親戚、近所の人。
お腹が減ったことを泣くことで知らせてくれてありがとう、お乳を飲んでくれてありがとう、にっこりしてくれてありがとう、たくさんありがとうと言われてすくすくと健全に育つ。

親がいない子どもはどうするのかって?
大丈夫。まわりの大人がたくさんありがとうと言ってあげる。

ありがとうと言われて育った子はそれを言われる気持ちよさを知っているから、率先してありがとうと言ってもらえることをする。
しかしありがとうと言われずに育った子は、それができない。
体も不健康に育ち、心もゆがんでしまう。
心がゆがんでは、何かしら罪を犯す可能性が出てくる。
そういう子を出さないことが平和を保ち、ひとりひとりの安全につながる。
自分の身を守るためにも、ゆがんだ心を持つ人をつくらない。
みんな、喜んでありがとうと言ってあげる。
人のためは結局、自分のためでもある」

祖母はこの奇妙なつくり話の締めに必ずこう付け加えた。

「ありがとうと言われたときは、自分が何かの役に立てたとき。役に立てた自分を誇らしく思える。
ありがとうと言うときは、何かしてもらった時。それをしてもらう価値が自分にはあると誇らしく思える。
ありがとうは言った方も言われた方も自分ってすごいなと思えるの。自己評価を高める魔法の言葉なのよ。
自己評価が高まれば、自分に自信がつく。自分に自信があると、いろいろなことに積極的に挑戦できるようになる。人生を自分で切り開く力になるのよ」

幼い燈子はそれを聞かされても、ありがとうってすごいとは思えず難しい言葉が多かったせいもあり、話の半分も理解できていなかった。

おばあちゃんってありがとうを食べているの? と見当違いのことを考えていた。

中学生になった今ではその話を理解できるようになった。
しかし理解できたからこそ、自分の名前をからかう人の心理が分からなくなった。
こんなにいい言葉が入った素敵な名前なのに、なぜからかうのだろう。

燈子は新しい出会いが苦手だ。新学期で自己紹介をするとき、委員会が決まって自己紹介するとき、初めての先生の授業で名簿を見ながら名前を呼ばれるとき。その名前を呼ぶ人や聞く人の反応にいちいち傷ついてしまう。

部活の初めての顔合わせもユウウツだった。燈子はバスケが好きでバスケ部に入部することにした。バスケができるのは楽しみだが自己紹介が嫌だった。

燈子が名前を言うのを聞いて、皆が予想通りの反応をする中、
「へえ、いい名前だね」
一人の先輩がそう言ってくれた。

初めて名前を褒められたので燈子はどう反応していいのか分からず、しばらく固まってしまった。そして頬がぽっと熱くなるのを感じた。恥ずかしいけど嬉しい。

なんだ、そうか。
燈子は気づいた。
わたしの名前が変なのではなく、こんないい名前をからかってくる人の方が変だ。
嫌うべきなのは自分の名前ではなくて、からかってくる人の方だ。

人はたくさんいるし、これからだってたくさんの人と出会う。だったらからかってくる人に分かってもらい仲良くなる努力をするより、いい名前だと言ってくれる人を見つけて大切にしたい。それにいい名前だと言ってくれる人の方が自分と気が合いそう。

燈子はその発見に心が浮き立ち、顔がにやけてしまった。
いい名だと言ってくれる先輩との部活も楽しみになってきた。


有賀燈子(ありがとうこ)はそのふざけた名前が本当は大好きだった。


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