石鹸箱のふた
元夫のバスルームでは、ふたのない石鹸箱が、針金で固定されていた。
シャワーの直撃を受ける場所に。
それが気になり、古い石鹸箱のふたを持っていった。
一緒にシャワーを浴びて、石鹸も使い終わったあと、ふたを被せてこう言った。
「ほら、こうすれば、シャワーで石鹸が溶けないよ♪」
ふたがシャワーのお湯から石鹸を守っているのを見て、彼も満足気な顔をしていた。
細かいことかもしれない。
でも、たったそれだけで、石鹸が長もちすることを、実感としてわかってもらえた。
彼は、ふたの位置がズレていると、直すようにもなった。
あのふたは、思い出の品だけど「投げた(※)」よ。
私のバスルームでは、ふただけの使い道がないの。
それに、思い出はいつまでも残る。
身体を洗いっこして、石鹸を置いた時に「はい、ふたして」と言われる時、二人の大事な物を守っているというニュアンスを感じたよ。
その日々があればこそ、今使っている石鹸箱すら愛しい。
※「投げる」を標準語の「捨てる」という意味で使うのは、福井県などの地域だそうです。
彼はブラジルで生まれ育った日系人です。
来日して、東京で暮らしている間に、日本の色んな地方の言葉を覚えたのでしょう。
「日本語」として。
たまに、どこの言葉かわからない言葉が混ざっていました。
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