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ピーチティーの香りの中で

「行ってくるよ」とキスをした時以外、彼はいつも、静かにそっと出勤していた。
午前3時は、生活音に気を使う時間帯だし、私を起こさないようにしてくれていた。

「おはよう」
「どうした? 僕、これから会社行くよ」
「玄関でちゃんと見送りしたくて、起きたの。手伝うこと、ある?」

出勤準備をしている彼と、それ以外にどんな会話をしたのかは、もう覚えていない。
マイボトルにお茶を入れる手伝いは、したような気がする。

少し照れくさそうに、嬉しそうに、いつもよりもゆっくりと出勤準備をして、一緒に居られる時間を作ってくれた。

玄関先で「ハグしたい」と言うと、靴を履いてから、こちらを振り返って応じてくれた。

ハグをしながら「行ってらっしゃい」と声をかけたあと、目と目が合ったら、「チュウも……したい……」と、せがんでしまった。

チュッ! と、一瞬だけのキスをすると、「じゃあ、行ってくるよ。鍵、すぐに閉めてね」と、玄関を出ていった。

こんなふうに夫の出勤を見送るのが現実になるなんて、ブログに「理想」を書いていた頃には、思いもしなかったな……。
少なくとも、日本人が相手では無理だろうと思っていたことを、日系人の彼が叶えてくれた。
そういう部分は日本人的でない人で、良かった。

彼が少し残していったピーチティーの甘い香りが漂う中で、そんなことを考えていた。

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