アナログな世界の君⑰

「それなら大丈夫ですよ……
お尻を少しぶたれるだけですから……ぺちぺちと……ふふふ」

千代は冗談みたいな事を笑いながら言っている。

「ははは……なにをそんな冗談を
実際にそんなことになるのなら見てみたいものだ
ぺちぺちとお尻を叩かれてる千代……あはは」

その冗談みたいな光景を、この後目の当たりするなんてことを知らずに笑って家の門をくぐった。
玄関先にはニコニコと“おかえりなさい”と一言言って不気味に笑っている母親の姿があった。
その不気味に引きつった笑い方に寒気を覚えた。
まさか……そんなことはないよな……。

「聡君先にお風呂に入ってしまいなさい?
千代?少しお話がありますこっちに来なさい」

その背中を刺されているような感覚に陥る言葉に従い、お風呂に入った。
お風呂から出て、静かに居間に戻ろうとしたら、何やら音が聞こえてくる。

それはぺちぺちという少し鈍い音だった。
恐る恐る見てみると……襖の向こうで小言を言われながらお尻を叩かれている千代がいた。

“ははは……冗談だよな……これは悪い夢か何かだろう”
さっき話していた冗談が目の前で現実となっている様を見せられた。
怖くて言葉も出なかった。

だがよく見てみるとなんだか芝居臭い動きだ。
確かに痛そうに見えるが……これは……。

「聡君……そこにいるのは分かっているのですよ?
早くこちらに来てください
あなたにも罰が必要です」

母親はその氷付くような笑顔でこっちを見てきた。
蛇に睨前れカエルのように僕は只々従うしかなった。

そして怯え切った顔で母親と少し涙目の千代の前に座った。

座った瞬間に何やらくすくすと小さな笑い声が聞こえてくる。

「ほんと面白い人ですね……
本当にお尻を叩かれていると思ったのですか?
ダメ……面白くて……お腹が……」

お腹を抱えながら千代が笑っている。
母親もその隣で堪えられない笑いを漏らしていた。

「本当に素直な子ね……
後面白い……これは捨てがたいわね……」

僕はその状況を信じ切っていた訳ではないが、怯えてこうなっていたのは事実だ。
そんな芝居も見抜けなかった自分が悔しいと赤面してうつむいて何も言わなかった。
全くひどい人たちだ……客人をはめるためにお膳立てをして、なおかつ連携して騙してくるなんて。

「あら……少しいじめすぎたかしら……
ほら元気出して、今日はご飯を少し豪勢にしておいてあげたから」

なぜ今日は豪勢なのか分からないが、美味しいご飯があるというのなら元気を出そう。
そんな食い意地を張った少年のような考えをするのが、今一番気を楽にする方法だった。

「聡……ほらしゃきっとしなさい
私がお尻をぶたれてて助けてくれようともしなかったのに!
くよくよとしているものではありません……ふふふ」

千代はまだ少し笑いが抜けてないようで、僕の事を煽ってくる。

「はいはい……勇気を出してお母さんを突き飛ばして
千代を抱きかかえてどこかに逃避行でもすればよかったのでしょうか?
まぁそんなことはさて置いて、早くご飯にしようぜ……
お腹が空いて仕方ないんだ
千代もおなかが空いているんだろう」

僕が千代に聞いた瞬間に千代のお腹が重低音を奏で始める。

「これは……違うのです……」

お腹の音を聞かれたぐらいで恥ずかしがっていたら、一体幾らなんでももう遅いぞ。

お互いもうなにも言わずに居間に座り、ご飯を黙々と食べていた。
それはもう美味しいご飯だった。
お腹が空きすぎていることもあり、さらに美味しく感じられる。
全く……お腹が張れば、次が何が来ると思う?
睡魔が来るのさ。
そんな睡魔に朦朧としながら床につく。
気持ちのいい……このふかふかな布団と生暖かい感じ。
布団でごそごそしていると、誰かが入ってくる。
あの時の謎が解けるのかもしれない。


端っこの方で身構えていると、誰かが布団に入ってきた一体
誰が入って来たんだ。
少しつついてみよう。
「ひゃ……なんですかいきなり……」
僕の手に当たったものは何だったにのか。

暗くて良く見えないまま追い出されるよう

「またこんな寒い所で寝る事になってしまうの……
まぁいいか……」

布団から出され床で寝ることになった僕に、慈悲の布団が投げられかぶせられた。
なんと雑な施しだろうか。

こんな雑な事をするのは千代しかいないだろう。
千代の事しかよく知らないというのもあるんだがな。
あの母親がそんな雑な事はしないと思う。

「全く……節操がないですね……
もうしないというのなら布団に入れてあげます
そこは寒いでしょう」

千代は布団に包まりながら言った。
別にそんないかがわしい事をしようとしたわけではないのだがな。
というか同じ布団に寝ている時点でいかがわしいのではないだろうか。
千代の感覚が狂っているのではないだろうか。

「はいはい……
何もしないよ……僕はもう眠いのだよ……
暖かくして寝れるのだったらそこで眠らしてもらうよ……」

そろそろと千代の入っている広めの布団に入る。
お互いに背中を向けて眠る。

千代が話しかけてくる。

「結局どこに行くか決めてないですね
明日はどうするのですか?」

明日の事は明日決めればいいだろうと思い、そっけなく答える。

「そうだな……別にいいんじゃないか
なんとかなるだろう……ほら寝ろ」

千代はなんだかそわそわして眠れないみたいだ。
目をつぶって羊でも数えていたら眠れるのではないだろうか。

「眠れないのですよ……
寝ちゃうのですか……ならちょっかいでもかけて眠れないようにします」

千代はこっちに向き直り、僕の背中をつついてきた。
正直にいうと、今だけはほっといて欲しいと思ったが、
こんなに甘えてくる千代も見たことがないなという気持ちが攻めぎっていた。

この後どういう行動をするかで、ルートが変わる。
一種のギャルゲーのような展開だ。

だがこれは現実だ。
ほっておくという選択肢は色々と悪化させかねないので、千代の構った。

「なんだ千代……僕に勝てると思っているのか?
こんな狭い空間だぞすぐにこの布団は僕のものだ」

布団を引っ張って千代の布団をはがそうとする。
やけに力が強い……だが押しきれないわけではない。
何とか押し切って千代から布団を奪って丸裸にさせる。

するとそこには薄手のシャツを聞いて、座っている千代がいた。
おいおい……そんなに脱がなくてもいいだろう。
パジャマという概念はないのだろうか
そのまま布団に入れさせないように千代から布団を当座けた

「むううう……もう……はっきり言いますよ
一緒に寝ましょう……
なんだがドキドキがとまらないのです。」

そのまま向き合って眠る構図になった、
僕はそっけなく注のないような振舞う。
千代は何振り構わずにしかけてくる。

「てぇりゃ……」

千代のつつきと足蹴りが飛んでくる。
寝ている僕の背中にクリーンヒットしてしまい、完全に目が覚める。

「あぁぁもううう……分かったよ
話し相手になればいいんだろ」

けり上げられた背中をいたわりながら座る。
静かに寝かせてくれというのが今の願いだ。

「ほらこうして布団に包まってあったかくしてお話ししよう」

布団でくるくる巻きにされてキャベツ巻きのような状態。
そんな風に暖かくしている。
しっかりと打撃を食らって目が覚めてしまっているから、千代の質問にも答えられるだろう。

「聡さんは女性はどんな子がすきなのですか?」

いきなりぶち込んできたその質問。
さてどう答えたものか。

「どんな女性か……おてんばで、できているのかできていないのか分からない優しい人だよ」

軽く答えてあげた

「そうですか……難しいのですね……
どういう人なのかわかりませんね……」

目の前にその人がいるなんて言えるはずがないじゃないか。
自分の好きな人が隣で寝ている状況でそんな直球な質問をされるとなんだが体が熱くなってくる。

「やっぱり布団に入ったら寝るものだ
ほら、早く寝るぞ……」

僕はそのまま横になり、布団を深くかぶって顔を出さないようにした。
部屋は電気が消えていて、顔が完全に見える訳ではないのに。
顔を見られたくないという理由で顔を隠したのだ。


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