アナログな世界の君⑲

「なっ……いきなり何を言っているのですか!?
眠たすぎて頭がおかしくなったのですか!?
そんな恥ずかしくなるような事を言わないでください!
いや……別に嫌ではないのですが……
その……あの……私は……どうしたら……」

千代が僕の一言に戸惑っている。
その戸惑っている姿を見て面白がっている僕。

「別に千代は普通にしていればいいと思うよ……
外でも見ているといい……僕は千代をずっと見ているから」

そう言って頬杖をついて千代を見ていた。
それを返すかのように千代も僕の目をじっと見てきた。
お互いにどちらが早く目をそらすかという勝負でもしているかのようにも見えた。
僕も千代も勝利を譲らない。

「お二人さん?すみません……」

隣から声が聞こえてくる。
誰かと思ったら駅員さんだった。
切符を切りに来たらしい。
そんなところで僕たちがまるで痴話げんかのような事をしているので
話しかけにくかったのだろう。

僕でもこんなのには話しかけたくない。
切符を駅員さんに渡して、切ってもらった。

「いい旅を……」

駅員さんは少し引きつった笑顔で去って行った。

「ほらどうするんですか……駅員さんが引いていたではありませんか……」

千代が言ってきたが、僕が悪いわけではない。
お互いに悪いという事を認めないと。

「僕だけが悪いわけではないよ……
ほら……ちゃんと周りを見て静かにしておこうよ……」

僕は言った。
まぁそんな事を言って静かになるような千代ではない事は分かっている。

「えええ……せっかく二人なのに何もしないなんて嫌です……
昨日の夜も……そんな感じで構ってくれなかったじゃないですか……」

上目遣いでこちらを見てきた。
そんな目で見ないでくれ……こっちが悪いみたいじゃないか……。

「あーもう……分かったよ……
ほらなんでも話をしてやるよ」

めんどくさそうに言うが、内心嬉しくてドキドキしていた。

「本当に何を話しましょうか……
聡の事を詳しく知りたいというのはダメでしょうか?
そういえば私は、聡の事をあまり知りません
出会って30秒で拉致されましたからね」

確かに千代に僕の事を詳しく話した覚えがない。
お父さんの話よりまぁ自分の話をするべきだろうという観点で。
僕が話をすることになった。

「僕はしがないただの大学生さ
少しばかり勉強ができるが友人付き合いが悪い
人間観察が趣味な人ってくらいだ」

僕はつらつらと言葉を並べていった

「へ……へんな人ですね……
人間観察が趣味だなんて……変態ですね……っ……」

千代がクスっと笑いをこぼした。
今更のような気がするが、プロフィールで笑ってくれたなら本望だ。

「変態……ではない
それなりにいい趣味だと思うぞ人間観察は……」

変態ではないことを主張する僕。
まぁそれも今更なような気がする。
十分その変態な行動を見せてきた、そんなような気がして仕方がない。

「じゃあ……私の事は最初どんな風に見えていましたか?」

どんな印象かと言われたら色々あった。
時代錯誤な格好をした子。
どこか抜けていてほっとけないような雰囲気の子。
ただのおバカな子。田舎から来た世間知らずな子。

色々あった。
見た目はすごく印象が良かったが、行動がそれに伴っていなかったから残念だとも感じていた。
けど僕が、あの時あの場所で人間観察をしていなければ出会う事なんてなかったんだなと思うと感慨深いものがある。
こんな未知の体験をしているのも千代のおかげなのかもしれない。
感謝はしていないが、そのことについて後悔や畏敬の念は少しもない。
最初はペースをつかんでいたように思えたが、それはただの思い違いで終始千代のペースだったな。

話していると色々と思い出すことがある。
そんな風に窓の外を見て、空を仰いでいると。
千代が話しかけてくる。

「ねぇ?聡?聞いてます?
起きてますか?さーとーしー?
やっぱり眠たいですか?
仕方ないですね……眠らさせてあげます
特別ですよ……」

どうやら体調を案じて眠らしてくれるそうだ。
まだ宮城を出たばかりだ。
東京までの道のりは長い……どれくらいの時間が掛かるのか今の僕では到底分からない。

「そうか……眠っている間に考えをまとめておくとするよ……
とりあえず好きなタイミングで起こしてくれるといい」

僕は千代の好意に甘えて眠ることにした。
好意に甘えてというかわがままに付き合わされていたが、解放されたというのが正しいのだろうか。
背もたれに腰をしっかりつけて落ちるように眠った。
最後に見えたのは笑っている千代の顔だった。

それから何時間眠っていたのだろう。
列車の揺れで目が覚めた。
眠たい目をこすりながら辺りを見る。
窓の外はもう夕焼け模様だった。
もうそんなに時間が経ったのか……それにしてもまだつかないものなのだな。

そして異変に気付いた。
目の前にいるはずの千代がいない。
席から顔を出して辺りを見回しても千代の姿がない。
隣の席の人に聞いてみても特になにも知らないという返答しかかえって来なかった。

「全く……僕を一人にしてどこに行ったんだ千代は……
寝ている間にどこかに行かれたら僕はどうしたらいいんだ」

そんな時だった。
急に列車がブレーキをかける。
その衝撃で椅子の角に頭をぶつけかける。
何とか立て直す。

前の方からどたどたという足音が聞こえてくる。
バンとその車両のドアが開く。
入ってきたのは明らかに車掌の姿をしたひとではない。
軍服をきた強面の兵士だった。
この人たちが車両を止めたのか……。

外を見てみると何人かの兵士が車両を囲んで歩いている。
その手には銃が握られていた。
おいおい……物騒だな。

その兵士たちは腕に帯を巻いていた。
そこには憲兵と書いていた。
これは非常にまずいのではないか。

憲兵が声を上げる。

「切符と自己を証明できるものを提示せよ
一人一人聞いて回る
席から動くな」

そう言って憲兵が席に座っている人たちに聞いて回っている。

よく考えたら自分で自分を証明できる書類などは一切持っていない。
あるのは現代の学生証と取り立ての運転免許くらいだ。
これでは証明にはならないだろう。
憲兵という事はこのあたりで何かあったのだろう。
スパイの捜索という奴だろうか。
このままでは自分がそのスパイか何かではないかと思われて連行される可能性がある。

僕は必死に考えた。
こんな時千代がいてくれたら……何とかしてくれるのかもしれない……。
いや千代がいてもどうにもならないか……。

一歩また一歩と憲兵の足音が近づいてくる。
なにも思いつかないまま僕の所に来た。
そして証明できるものの提示を求められた。

「ちょっと待ってください」

そう言ってカバンの中を探しているふりをして限界まで何かないかと考えた。
憲兵の顔がだんだんと曇っていく。
明らかに怪しまれている雰囲気だ。

「早くしろ……提示できないなら連行する」

段々と強引になってきた。
もうどうしようもない所まで来てしまった。
もう終わったかと思ったその時だ。
千代が後部車両から戻ってきた。
今まで何をしていたのか問い詰めたくなるが、それを言っている場合ではない。
自分の身が危ない。
千代の身も危ないのかもしれない。

千代が口を開いた。

「憲兵さんお疲れ様です……
今日もお仕事お疲れ様です
なんの御用ですか?」

何も知らないように憲兵に話しかける。
その口調は今までにも何回か同じような事があったかのように匂わせている。
千代の顔を見た憲兵が証明書の提示を求めてきた。
千代は証明書を提示していた。
それを見た憲兵たちは背筋が凍ったように立ちすくんでいた。

「ありがとうございます!
失礼いたしました!」

千代はニコニコしながら憲兵に声を掛けた。

「この人は私の連れですので特に問題はございません
次の人に行ってください
お疲れ様でした」

憲兵たちは千代に敬礼をして次の人を検査しに行った。

「全くどこに行ってたんだよ……
こっちは大変だったんだぞ……起きたら千代がいないし……
憲兵はくるし……証明書は提示を求められて何もできないから時間を稼いだり……
とにかく大変だったんだぞ……」

何から話していいか分からない僕はとにかく口が回る。
色々言ったがそれをうんうんと頷きながら千代は聞いてくれていた。


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