アナログな世界の君㉘

一つ一つが素朴なものだが、新鮮味を感じるものがあった。
素朴な街並みを見るのは、僕が見ていたあんなビルが乱立しているギスギスした雰囲気の町よりかは綺麗に見えた。
こうした背の高いビルがない街並みは遠くの空も山も見れて、それが一番新鮮なのかもしれない。

「綺麗な町でしょう?
景観だけは自慢できると思います。
けど戦争が始まってからは壁に色々なポスターが張られたり
街灯に何かぶら下がっていたりと少し残念な所があるのです」

確かに少しその辺りが景観を少し乱しているような気がしてならないな。
戦争なんてものが起きなければ、この景観もよくなっていたのだろう。
町の人たちも少しは前向きに生きていたのかもしれない。

「確かに綺麗な町だな
歩いていて飽きなさそうだ
戦時中でなければもっといい所だったんだろうな
次に来るときは平和な時がいいな。」

遠くを見ながら千代にそういった。
千代は僕の言葉にうなづきながら、手を握ってきた。
僕はその華奢な手を優しく握り返した。

気が付けば宮城に帰る時間になっていた。
色々周ることはできたが、一つの場所で長くは留まったりはできなかった。
また来たいものだ。
またこれたらの話なんだがな。
いつまでこの時代に入れるのかも分からない。
何がこれから起こるのかも分からない。

「もうすっかりお昼も過ぎてしまったな……
もうそろそろ宮城に向かう列車に乗らないと帰れなくなるな。」

「そうですね……私がお父様とあんな口論をしなければ、もう少し回れたのですが
すみません……。
また今度来れたら来たいものですね」

駅に向かって歩いていく。
歩きなれていない道でも一度通れば覚えるものなのだな。
二人手をつないで歩いていた。
特に会話という会話はなかった。
この時間を惜しむように静かに歩いていた。
駅まで道のりは覚えてしまっていたので、すぐに駅に着いた。

駅に着いて、切符はまた千代が用意してくれた。
その切符を持って、宮城行きの列車を待った。

「はぁ……このままもう帰れなくてもいいかな
このまま千代と田舎で暮らすのもいいかもしれないな
あんな狭い部屋よりかは、広い家でぬくぬくする方がいいからな
けどそうなると千代と二人でっていうのはできなくなるかもな
父親の方がああいう方だからな……」

僕は千代と二人で暮らしたりしたいと思っていた。
なんというか……そのそういう感情が沸き上がってきた。
そりゃ好きな女の子と二人で暮らしてみたいと思うのは、誰もが思う事だろう。
それがただ僕のも沸いてきたというだけの事だ。
なんだかんだあの狭い一部屋での生活が楽しかったのだ。
あんな生活を、あんななんでもない事で笑えてしまうような生活をもう一度してみたい。

ここで千代の事を説得して二人でどこかに行って暮らしてみないかと言ってみたいものだ。
そんな夢物語……できるわけがない。
第一こちらでの身元を証明するものも、お金もないのにそんな事言えるわけがない。
その辺りをすべて千代に頼り切りになる。
しかも二人となると千代も家からの援助などもなくなるだろう。
それはどうしたものか。
千代が働けるとは思わないし、働かせたくないからな。

夢物語を妄想しながら、駅のホームに立っていた。
千代もその隣で立って遠くを見ている
千代も何かを考えているのだろうか。

千代は今何を考えているのだろうか。
そればかり気になってしまう。
いつの間にか、今まで自分が考えていた事を忘れて、千代が何を考えているか考えていた。

急に千代が口を開く。

「これからどうしましょうか
お父様には反対されたので……公認とはいきませんが……
このままどこかに二人で逃避行でも致しましょうか
けど……そのような事夢物語ですよね……
そんな事が出来たらなんて楽しいのでしょうね」

千代が僕に問いかけてくる。

「…………」

僕はその千代の問いかけに対して何も言えなかった。
さっき考えていた事が掘り返されて、千代も同じことを考えていた事に驚いてしまったのだ。
それはそうだ自分の考えていた夢物語を千代が語っているのだ。
そんな言葉が千代から出て来るとは思わないじゃないか。
全く困ったものだ。


「聡?
どうしたのですか?」

千代がこちらを見て首を傾げた。

「はぁ……すごい大変だぞ
その考えは……別に嫌ではないのだが
どうするんだ先の事は何か考えているのか」

僕は千代の問いかけに言葉を返した。
何を期待しているんだ僕は。
そんな夢物語幸せになるはずがない。
幸せになれるはずがないのに……その夢物語を夢で終わらせたくない。
そんな思いが頭の中をぐるぐるしている。

「先の事なんていいではないですか
そんなことを考えるといつまでも一歩を踏み出せませんよ
分かりました……そんなんだから……
はい……なんでもありませんよ」

何か含みのあるような言葉を僕に行ってきた。

「その一歩が大きすぎるんだよな……
まぁ確かにそうだ
だがまずは小さな一歩という事にしないか
いきなりどこかに逃避行はまずいから
家出程度で済ませるとか
そういうのはどうなんだ。」

僕は千代に言った。

「はぁ……夢がありませんね
そんなことでよろしいのですか
聡ならもっときっぱり言ってくれると思っていたのですが
何かの間違いだったようです。」

千代はこちらをチラチラと見ながら言ってきた。
言った後も前を向いたり、僕の方を見たり忙しい。

「はぁ……そうか
千代はこう言って欲しいんだな

千代……僕と一緒にどこか旅に出てしまおう」

僕は千代の手を取って、抱き寄せてそう言った。
千代はその抱き寄せた僕を受け入れて、僕の腰に腕を回した。

「はぁ……やっとですか……
遅いですよ
バカ……」

千代は僕の手の中で安心したのか。
そのまま僕の胸に顔をうずめてきた。

「はぁ……全く調子のいい奴だ」

僕の胸の中にうまっている千代の顔を両手であげ、僕の顔に近づけてキスをする。

駅のホームでそんなことをしているのは、僕達くらいだろう。
周りの視線がこちらに集まってくる。
そんな周りの視線など気にせずに、抱き合いキスをし終えた。

「どうだ……これで千代の理想になれたのか僕は……」

顔を話して千代に問いかける。

「それで良かったのですよ
聡はそれでこそ聡です
あの時の暑苦しい聡です。」

あの時ってこの時代に来る前の僕の事か。
そんなに暑苦しかったか。
そんな覚えはないのだが。

そんな事をしていると宮城行きの列車が来た。
その列車に乗り込んで、また対面の座席に座った。
どこで降りようかというわくわく感で心は溢れていた。

「なんだか急に……眠たくなって来たので……
先に少しお昼寝させていただきます。」

列車に乗る屋否や、千代は落ちるように眠ってしまった。
僕もその眠った顔に釣られて、眠たくなってくる。
少しずつ目が閉じていく。
完全に目が閉じ切ってしまい、暗闇が瞼に写された。

次に起きたときやけにまぶしくて目が覚めた。
目をこすって辺りを見てみると、そこは僕が見慣れた景色だった。
そう僕のいた時代の東京に戻ってきていたのだ。
車両のアナウンスが鳴り響く。
「渋谷……渋谷……」

アナウンスで渋谷と言っている。
車両に乗っている人も見た目も、今さっき見ていた光景はどこかに消えていた。

「千代……千代は……」

戻ってこれた事より千代がどこにいるかが気になって仕方がない。
辺りを見渡してみると、隣の席で油断しきっている顔で眠っていた。
千代はそう、僕の隣眠っていたのだ。
何が起きているのか……まぁ分からないが。
そんな事考えてもなにも分からないだろう。
大事なのは千代がそこにいる事だ。
千代を駅に着いたら叩き起こして、車両から降りた。

「な、なんですか……聡……
もう着いたのですか……」

眠そうな目をこすりながら起きて歩いていた。
僕も眠い目をこすりながら、状況の確認をする。
二回目となるともう驚くことはない。

「さぁじゃあ……僕たちの家出先に帰るとするか……」

僕は千代の手を引いて、あの狭い部屋に帰る事にした。

「ここは……聡……私は一体……」

「ほら……これは夢物語の序盤だぞ
これから始まる夢物語を楽しもうじゃないか。
あの狭い部屋で。」

僕は千代にそういって、手を引いて歩いていく。
千代も今の状況をつかめたみたいで、別にそこまで深刻な事だと思っていなかったみたいだ。
なにも言わずに僕の手に引かれてついてきた。

「これから夢物語の始まりですね……
楽しみですね聡。」

「そうだな……これからどうなるか分からないが
きっと楽しい人生が待っているだろう。」

そのまま家へと帰る道を二人で帰って言った。
着物を来たアナログな少女とデジタルの世界に生きていた普通の青年の恋物語は始まったばかりだった。

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