アナログな世界の君㉒

「ふぅ……美味しかったです
次もこのお弁当頼んでみようと思います。」

「それは良かったな……
僕の分まで食べてお腹がいっぱいなんじゃないのか。」

僕は言った。

「お腹がいっぱいですね……
お腹が張ってくると眠たくなりますよね……
こんな風に……こくっ…」

首を席の背もたれにかけて目をつぶっている。
無防備にも眠ってしまっていた。
僕は目の前で無防備に眠っている千代をどうしたらいいんだろうな。

別に何をするわけではなく見つめているというのもいいのではないだろうか。
備え付けの毛布を課kてやるくらいはしてやろうじゃないか。


千代が眠っている間に、僕は少し車両を見回って、見たことがない風景を見ていた。
特急ではなく普通電車という所の違いもあるしな。外を眺めているだけでも十分に時間つぶしになる。
窓の外から見える風景に関しては、山か海その二つしかない。

特急が使えたらもう少し早くついていたのだろう。
今の時期は普通車しか通っていないからな……。
その代わりこんなきれいな夜景をじっくりとやんのうしながら見ることができる。
ゆっくりと進む列車の窓から見える星空。
地面の黒は塗りつぶされ、空の星がより輝いている。
その景色からは静寂という一文字が感じられたが
静寂という文字には似合わない騒がしさもあった。

懐かしいものだ。
学生時代、堤防をよく自転車でかえっていた時に見た夜の青空に感じられる。
そのそれは吸いこまれそうな黒を見ながら帰っていたな。
その暗い中を駆け抜けるように自転車を漕ぎ、その孤独感を歌を歌って紛らわせたものだ。
と今学生時代の事を思い出しているようじゃ、年を取ったおじさんみたいじゃないか。
まだ僕は10代なんだぞ一応。

千代も眠ってしまったいるんだから、僕も寝てしまっても構わないだろうというのは問屋が卸さないだろう。
荷物をしっかりとまとめてみておかないといけない。窓の外の静かな空を見ながら着くのを待つことにした。
目をつぶる前に見えてくるのは満点の星空とそれを隠してしまいそうな煙の大軍だった。
いいシュチュエーションだと思うんだがな。
何か起こることがあってもいいんじゃないのだろうか。

あるのは列車がガタンという音を立てているだけで何も起こらない。静まり返った時に聞こえるこの些細な音もいいと思えるくらいには、精神が安定している。
千代が眠っている間、ずっと千代を見ている。
その手をばれないように握りしめている。
なぜもっと堂々とできない。
今まで堂々とできていたところだってあるだろう
眠っている千代を見ているとこちらまで眠たくなってくる。

君と同じ時間に生きていられたら僕は……。
眠たさがピークに来た時に口走ってしまった言葉が千代の耳に入る。

「どうしたんですか聡。
急に何を言っているのですか……。
同じ時間には生きているじゃないですか」

僕の放った言葉に冷静に言葉を返してくる。

「あぁ気にしないでくれ。」

僕は自分の言った言葉、黒歴史を扱うように綺麗に流した。

「では気にしません
ずっと私の寝顔を見ていたでしょう
そんなに見て何か面白い事でもあったのですか」

面白い事か。
別に面白い事はない。
僕がただ臆病で意気地なしな男だという事を自覚できるだけだ。


「面白い事は別になかったかな
よく無防備に寝ているなと思って見ていただけだよ。
そんな無防備に寝ていると色々危ないぞ
変なおじさんとかに何かされるかもしれないぞ」

僕は言った。

「そんな時は聡が守ってくれるのでしょう。
信頼していますよ
意気地なしの兵隊さん」

何も言っていないのに真意をつかれているような気がする。
千代が言った言葉に僕は動揺の色を隠せないでいた。

「信頼してくれるのはありがたいと思っているよ
けど意気地なしってなんだよいきなり」

その動揺はすぐに伝わってしまうものだ。

「あら何を動揺しているのですか
ただ夕方の光景を見て憲兵に何も言い返せないで汗がすごかった聡を見て言っただけですよ
別に私が寝ている時に顔を見ているだけで何もしてこなかった事を意気地なしと言った訳ではありませんよ
全く……何を勘違いしているのですか」

それはつまり後者の事をしっかりと強調しているのではないだろうか。
千代にそこまではっきりと言われてしまうと立つ瀬がない。
どう返したらいいのか分からない。

「はははっ……何を言っているんだ千代
そんな勘違いしているわけないだろう
なんでそんなに詳しく状況を説明するような言い方をしているんだ
もしかして自意識過剰という奴なのか
そうだったら仕方ないな
今回は何もなかったという事で僕の方が聞き流してあげる事にするよ」

苦笑いしながら千代の次の手をうかがうように言った。
もう苦しいごまかしにか思えないのは自分でも分かっている。

「自意識過剰だなんてひどいですね
本当の事でしょうに……聡の顔に書いてありますよ
全くそういう所だけは素直ではないのですね
素直になった方がいいですよ
そんなんじゃいつまで経ってもなにも変わらないよ」

なぜ千代にそこまで言われないといけないのか分からないが、千代の言葉が的を射ていて何も言えない。
なら僕はどうしたら良かったというんだ。

「顔に書いているって……
よく聞くことだが、顔に書いてあったら流してしまえばいいじゃないか
こすればどうにかなるだろう
後十分素直だと思うぞ僕は、それ以上素直になったらそれはただめんどくさい奴じゃないか
いつまでも変わらないことはない。変わらない事はないそのうち変わるだろう。」

顔をこすりながら千代に言った。
顔をこすったのは書いている文字を消すかのように。顔を見られたくないからというのもあるかもしれない。

「顔をこすって可愛いですね
そんなにこすっても何も起こりませんよ
聡はもう少し素直になって大胆になればいいと思いますよ」

窓の枠のスペースに頬杖をつきながら外を見て千代が言った。
その顔は少し悲しそうな顔をしていた。

「大胆ねぇ……まぁそのうちなるだろう」

僕はまた適当に流した。
素直になれという言葉がよく刺さる。

千代が少し不機嫌なのをよそにアナウンスが鳴った。
東京が近いと言う事を伝えるアナウンスだった。

「やっとついたな……ここまでだいぶ長かった
列車の中だというのになかなか濃い内容のものがあったな
なかなかこういう事は経験はできないと思うぞ」

荷物を持ってレンガの敷かれた駅に降り立った。
周りに人はそれなりにいたがみんな険しい顔をしている。
生きているのが必死な顔だった。

「やっと着きましたね
そうですね……もう着いてしまったのですね
もう少し長くても良かったと思うのですが、一層朝まででも良かったのですが。」

荷物を持った千代が僕の後に列車から降りてきた。
段差があったので僕は千代に手を差し伸べてみたが、そのではいらなかったみたいだ。
何もなかったかのように、するりと一人でその段差をかわして降りてきた。
不機嫌なのは駅に着く前から分かっていたんだが、まだその機嫌を直してはくれなかったみたいだ。

「ほら聡
早く行かないと泊る所が見つからなくなります
早く行きますよ。置いていきますよ」

すたすたと先に歩いて行ってしまった。
なんというか分かりやすく何かに怒っている。
僕が何かをしたらしい、心当たりのない怒りがこちらに向いている。

それなりに広いホーム……千代が足早に歩いて行ってしまった。
千代の姿がホームにある柱に隠れて見え隠れしていた。

そんな千代を追いかけるのが必死だった。
ほんとに僕を置いていくように歩いていくから、ついて行くのが大変だった。

必死について行っているつもりだったが、千代の姿が見えなくなってしまった。
まだ駅から出ることができていない僕。
周りを見渡しても人混みとは言えないがある程度いる人に視界を遮られすべては見えない。
駅の出口も分からないまま、出方も分からない。
千代が見つからないとこのままここで朽ち果てるのか。

とそんな事を言っていると後ろから手を引かれた。

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