アナログな世界の君㉑

次の駅に着いた。
僕が買いに行って迷うより、千代が買いに行ってくれた方が早いし確実だと思って、僕はまた留守番をしていた。
扉が開いた瞬間駆け出していく千代を窓越しに見ながら座って待った。
暫くしてお弁当を持って千代が帰ってくる。
弁当の中身はすべて千代に任せていた。

何を買ってきたかというと……それなりに高そうな幕ノ内弁当を買ってきた。
そんな幕ノ内弁当を三つも買って来ていたのだ。
なぜ三つも買ってきたのか分からなかった。

「聡買ってきましたよ
聡には二つ買って来て上げました
別にお金は構いませんよ……私の好意だと思って受け取ってください
どうせお腹が空きすぎて一つでは足りないと思いましてね」

お腹が空きすぎて弁当を二つも食べる人の方が少ないと思うのだが、僕はそんなに食いしん坊だと思われているのか。
けど……いつも割とお代わりとかしていたなと思い返していた。

「ありがとう……けど二つはさすがに食べないかな……
おかずとかを二人で分けて食べないか
その方がおいしく食べれると思うからな
お金が出せない僕は別の事で千代に喜んでもらわないといけないからな
さぁ何をして欲しい
何が望みなんだ」

僕は弁当の蓋を開けて中を見ながら言った。
お金がないならサービスを提供しないと釣り合わないからな。
まぁ僕が千代に出せるサービスなんてそうそうあるものではない。
自分でも思いつかないのに、千代に思いつくとは思えない。
「そうだね……二人で食べることにしますか……
じゃあ……エビフライもらい」
ぼくの 無防備に開いた弁当箱からエビフライが抜き取られている。
そのエビフライは千代の口に運ばれていく。
結局食べたかったのは千代だったのではないのだろうか。

「お、おい……それ俺のエビフライ……一番美味しい所なのに……」

千代の弁当も開いていて、見えているのはミニハンバーグ……。
これは仕返しをするしかない。
さっきと同じ場面になったのは、数奇な偶然かそれとも必然か。
僕は千代の弁当のミニハンバーグに手を伸ばしてそれを挟む。
そうしたらがつっという音と一緒に弁当箱を閉じていた。
「ミニハンバーグはあげません……
絶対にあげません
これだけは死守します」

千代の弁当箱はがっちりと閉じられ、侵入を許さなかった。
損害は僕のエビフライが向こうの口に入ってしまっている。
ミニハンバーグに執念を掛けているな……。
好きなんだろうな。

二つ目の弁当にもミニハンバーグはあったはずだ。
それをとらえる事が出来たら……二つ目の弁当を開けて中身を見てみる。
同じ弁当だった。
千代はこちらに気が付いていないみたいだ。
その間に、この弁当箱のミニハンバーグとエビフライを確保しておこう。

おっと気が付かれてしまった。
あっけにとられた顔でこちらを見ている千代。

「聡そこのミニハンバーグとエビフライを置いていきなさい
それがあなたから私のサービスです
それで許してあげましょう」

それは少し横暴が過ぎるのではないだろうか。
勝手来てくれてしかも好意で勝ってきてくれたものをよこせといっている。
ここはもう逃げるしかない。エビフライを加えて別の車両の方に逃げていく。
なんと汚い走法をしているのだろう。
このまま別の所で食べて戻るというのでいいだろう。
だがそれは……なんというか逃げているようにしか思えない。
そんな事は別に経験はしたくないんだよ……。
背に腹は代えられない。

エビフライとミニハンバーグで追いかけて来る特殊な女の子というのも悪くはないが、そんな事二次元でも期待してなかったのにな。
現実で起きちまってるから……これは……あれだ……事実は小説より奇なりというものかもしれないな。

全く怖いものだぜ。

というかエビフライを加えて走っている時点でもうなにかおかしいと思うんだがな。
なぜ食の事となると人間は後先を考えずに行動してしまうのだろうな。
まるで僕がおかしいみたいじゃないか……。

弁当を持った二人の男女が列車を走り回っている。
連結部分にあるドアを開けて次の車両に入る。
加えているのはエビフライ。持っているのはミニハンバーグを挟んだお箸に弁当箱。
外面だけ見ると笑ってしまうような光景だ。
僕は少しずつエビフライをかみながら呑み込んでいく。
弁当箱も落とさないように抱えて。

後ろから千代がそれはそれは怖い顔で迫ってくる。
あれが食の恨みを持った人間の顔なのだろうか。
その目には執念さえ感じられた。
席と席の間にある通路を掛け、また連結部分を超え、次の車両に入る。
息をつく暇もない。いや息が詰まってしょうがない。主に物理的に。

そして三つくらい車両を跨いだだろうか。
前を確認せずに後ろばかり気にしていると、何かにぶつかった。
その衝撃で僕はしりもちをつき、手に持っていた弁当箱が手から離れて床に落ちていく。
後ろから追ってきた千代がそれをたぐいまれな運動神経で床すれすれでキャッチする。
それは見ほれるほど綺麗なダイビングキャッチだった。
綺麗な着物姿からでもは想像もつかないようなその行動に僕は目を奪われていた。

千代の安堵の息が聞こえてくる。

「ふぅ……大事がなくて良かったです」

目の前に大事が起きてしりもちをついている僕がいるだろうに。
そんな千代の声がかき消されるように聞こえてきたのは、僕の前にいた車掌の声だった。
そうぶつかったのは車掌さんだったのだ。

「君……いい加減にしないか
もういい年だろ
こんな所で走り回るものじゃない」

車掌さんのそれは声だけで威圧されて顔を見なくてもどんな顔をしているのかわかるくらいだった。
そんな僕を横目に千代はそろりそろりと立ち上がり、その場を去ろうとしていた。
その時、車掌さんがさらに声を上げる。

「そこの君もだ
分かっているのかね
とんだ食わせ物たちだよ君たちは……大人しくしている二人かと思えばこんな大立ち回りをして……全く
とにかく席に座って仲良く残ったものを食べなさい
次にそんなことを見かけたら、降ろすことも考えないといけなくなるからね」

車掌さんはなんだかんだ言って、優しかった。
言葉の最後らへんになって行くにつれて声が落ち着いてくる。
子供に諭すような言い方で。

千代もさすがに顔に反省の色が見えていた。
僕も一体何をしているんだろうと思い返しながら近くの開いている席に大人しく座った。
千代の僕の前に座り、キャッチした弁当箱を横に置き、着物に着いた汚れなどを手で払っていた。

「全く……聡は何をしているんですか……あんなに走って……恥ずかしくないのですか」

それを言うなら、追いかけて来る千代も大概だとは思うのだが。

「恥ずかしいに決まっているだろう……今思い返してみればというのを付け足すがな
まぁ……ふっ…はは
こういうのも楽しいんじゃないのか」

窓の外を見ながら冷静になった僕は千代にそう言った。

「まぁたまにならこういうのはいいのかもしれませんね。
聡といると面白い事がつきませんね……。
それにしてもこのお弁当は美味しいですね。」

僕が話している間にも千代は戦利品である弁当を静かに食べていた。
全く食い意地の張ったお嬢様だ。
そんな所も可愛いと思いながらも、その弁当の事には何も追及せずに静かに見守っていた。
まぁ食べたいものは食べれたし、お腹の方はそれなりに張っているので構わない。

「そうだな……いっぱい走ったから疲れたしお腹が空いただろう
よく噛んでゆっくり食べるんだぞ
あんまり駆け込むとのどに詰まるからな」

弁当を三つ買ってきたのは、千代が食べたいのであって僕の為に買って来てくれたものではないという事がはっきりとした。
食い意地を周りに知られたくなかったのかもしれないな。

千代は頷きながら、ゆっくりと食べ物を口に運んでいた。
それを対面に座ってずっと食べる姿を見ていた。
見せられていたというのが正しいのかもしれない。
千代は僕が見ていると、たまに見られていると食べにくいのですがという顔でお箸を加えてこちらを見てくる。
と思ったら食べているものを見せつけるように見せてくる。
どっちかにしれくれないかと思いながらも見ていた。

暫くすると千代は弁当を食べ終わったみたいで、僕に話しかけてきた。

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