アナログな世界の君㉗

「何で……聡は今……そんな事を言うのですか
そんな言葉を聞きたくて、ここまでした訳ではないのですよ
バカ……あなたは分からず屋です」

千代がその泣きそうな顔で言ってきた。

「バカで分からず屋なのは千代の方だよ
僕もこんな千代が見たくて黙って見ていた訳じゃない
笑ってお父さんと話して、その後愚痴をべちゃくちゃ言って
適当な話題をで笑って町を歩いている千代が見たかったんだよ」

千代に訴えかける。
父親の方は少し眉をぴくっと動かしたが、おおむね目をつぶったまま踏ん反りかえっている。

「っ……」

千代は何も言えずにソファーに深く腰を掛けた。
その頬に涙を走らせながら。

「お父さんなんかすごくお見苦しい所をお見せしてすみません
その……千代も悪気があってそんな事を言った訳ではないと思うです
ちょっと気が早まったというかなんというか……そのですね……」

言葉に詰まりながらも、僕は言った。
こんなことを言うのはお門違いなのかもしれないが。

「はははっ……全く気に入ったよ
物事をしっかりと見えているではないか
私だってそうだ
別に千代をこんな風に泣かせたかったわけではないよ
今の君の話を何一つしないままに物事を進めようとしたから止めたかっただけでな。
千代がここまで反抗して、しかも脅しをかけて来るとは驚いたよ
全くうちの娘は強く育ってくれたものだ。」

急に父親は笑い始めて、あっけにとられた。
今までの高圧的な態度はそこにはなく、ニコニコと笑って流している父親がそこにいた。

「あはは……それなら良かったです」

僕はその豹変ぶりに言葉を失ってしまった。
急に変わる雰囲気に安堵すらしてしまっていた。

千代もその変わりようには、涙すら止まってしまったようで。
顔を上げて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

「何ですか……これは
私ばっかりこんな苦しい思いをして
バカみたいじゃないですか
二人とも……バカ」

千代のそのバカと言った時の顔が、それは可愛いものだった。
涙を両手で拭いながら、しゃべっているのだ。
小動物みたいで可愛い。

「全く……バカってなんだよ……バカって……
それでいいんだよ」

僕は千代の後ろに立ち、頭を撫でる。

「はぁ……若いというのはいいものだな
それだけで財産と呼べる
私がいては話も出来なかろう
さっさとここから出て行くといい
千代を頼んだぞ
大事な娘だ
しっかりと見てやってくれ」

父親はそう言って席を立ち、部屋から出て行こうとした。

「ああ……別に認めたわけではないからな
君がここまで……まぁなんというか
任せても構わないだろうと思っただけだ
では……楽しんでくるといい」

扉が閉まる前にそう父親が言い残して、静かに扉が閉まった。

急に静まり帰る部屋。
べそをかいている千代と二人。

「ほらいつまで泣いているんだ
町を回る時間が無くなってしまうじゃないか
案内してくれるんじゃないのか」

僕は千代の頭を撫でながら言った。
自分勝手だな僕も。
千代を泣かせてしまって、それに対しての謝罪もなく。
いつまで泣いているんだなんて言葉が出てしまうなんて。

「そのまま撫でていてください
これは聡への罰です
なんで今になって……バカ……バカ……バカ」

駄々をこねている子供の出来上がりだ。
バカと言っている方がバカなんだと言いたくも成程、バカと言われた。

千代をそっと後ろから抱きしめる。

「ほら……そろそろ泣き止んでくれよ……
僕が悪いみたいじゃないか」

こんなことをしている自分に驚いた。
そうしたら千代が落ち着くのではないのかと思って、行動してしまった。
ここまでこんなこと、恥ずかしくてできなかったのに。
恥ずかしさなどどこに消えたのか。
今そうしている。

「もう……泣き止んでますよ
そこまで弱くはありません
けど……今の気持ちは心地いいのでそのまま続けてください
後10分くらい」

千代が僕の手を抑えながら言った。

「流石に10分このままは手が……釣る……っ」

僕は千代に言った。
さらにがっしりと千代の腕をつかまれて、動かせなくなってしまった。
まるで関節をロックされているような。
いや……されているようなではない。
実際にされている。
関節をロックされて動かせなくなっている。

「これで10分は持ちますね」

「ちょ……千代
これは腕が……っ」

そのまま結局10分たっただろうか。
腕の感覚がなくなってきた所だったか。
千代が満足をして腕を放してくれて終わった。
全く……わがままで強引なお嬢様だ事。

「気が済んだか……
全く……腕が痛いのなんの……
動かなくなったらどうしてくれるんだ」

「別にそれくらいでは動かなくなりませんから
大丈夫ですよ
私は満足しましたので、早く町に行きましょう
時間が無くなってしまいますよ」

千代は僕の腕の事なんて気に置かずに、着物などについた汚れを払って、身なりを整えていた。
僕の事をお構いなしに、何もなかったように振舞うものだから、なんだか気が抜けてくる。

千代の準備が終わったみたいで部屋から出る事にした。
部屋は何もなかったかのように静まり返って、入った時と同じようになっていた。

部屋から出てきた時と同じ廊下を歩いていく。
その廊下では誰ともすれ違うことなく、建物から出れた。
今すれ違ってたしまったら、なんだか何も悪いことをしていないのに廊下の端によって早歩きになってしまうかもしれなかった。
あれだな。
なにもしていないのに警察の車両を見たら少し避けて通るというか、なんだか悪い事をしてしまったと思ってしまうようなものだ。

「聡……中であった事はもう忘れてくださいね
あんなことがあったなんて……ずっと話されたりしたら
恥ずかしくて死にそうになってしまいます。
お母様にも絶対に言わないでくださいね
言ったら……どうなるか分かりますよね」

その時の千代の顔は恐ろしかった。
なんというか目だけで何かを殺せるのではないだろうか。

「分かってるよ……。
何をされるかわからねぇからな……
全く人は見かけによらないってよく言ったものだな……
あの時は肝を冷やしたぜ……あんなに千代が強気に出れるなんて知らなかった
強気というかなんというか殺気が出ていたぞ……
正直言って怖かったというかなんというか……ははっ」

頭をかきながら千代に言った。
正直怖かったというのは本心ではなかった。
本心としてはかっこよかったというのがある。

「ええ……怖かったですか……
それは……すみません……私としたことが……怖がらせてしまったのなら謝ります」

なんだかそこで素直になられるとやりにくいのだが……。
そういう時はなんというか怖い顔でもしてくれた方がやりやすかった。
千代の真面目な反応に少しどぎまぎしながらも、千代の隣を歩いていた。

千代もそんな僕の反応を見ながら隣を歩いていた。

「さてどこに行きますか?
あ……そうですか
分からないのでしたね。
そういえば案内すると言っていました。
忘れていました。」

そんなことを言いながら何事もなく門から出て行く。
町の方向に向かって歩いていった。

「さぁ楽しみだな
どんなところを案内してくれるんだ
それなりに面白い所や何か特別な場所に案内してくれるんだろうな
期待しかしているぞ」

そこからは千代が町を案内してくれた。
色々な場所に案内してくれていた。
服屋。雑貨屋。食事処。

まぁまぁ普通の街並みだった。

そう特別目を引くものはなかったが、まだ見た事ない街並みに発見は多いものだった。
この時代の人々はこういう風に生活しているのだとか。
この時代のご飯の味はこういう風な味なんだなだとか。
この時代の服屋はこういう服な物を置いているんだなだとか。


そうだな……一つ上げるとしたら活気があまりないという所か。
こう辛そうに生きている。
それを隠しているのが見えてしまっている。

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