アナログな世界の君⑦
「そ、そんなに押さなくてもいいじゃないですかあ
先に入らせていただきますよ
色々ありがとうございます」
扉の向こうから千代の声が聞こえてくる。
その声の後、部屋は静まり返った。
部屋の片づけをしようと思って、お風呂場から少し離れていく。
片付けている最中、がたがたと服を脱ぐときの音がかすかに聞こえてくる。
そして浴室のドアを開けて入る音がする。
僕だって男だ。
少しはもどかしい気持ちになる。
その薄い扉の先で女の子が着替えているのを想像してしまう。
もやもやして作業に集中できない。
その集中できない作業に追い打ちをかけるように、
浴室から千代の声が響いてくる。
「聡さんこれはなんですか?
なんだかうにゅうにゅしていますが」
その声でなにを言っているかは分かるが、それが分からないとは思わなかった。
それをどう説明しようかと思いながらも、千代に返事をした。
「それはだな……
その……ホース……いや蛇口……
そう思ってくれて構わない
付け根の部分に捻れる物があるだろ?
それを回すと出るぞ」
何とか分かるように説明をしたが、分かってくれるだろうか。
それで分かってくれなければ、僕が中にはいって蛇口を開けなくてはいかなくなる。
それはさすがに避けたいから、分かってくれると嬉しい。
「わかりました
見つけたので、捻ってみますね」
千代から返事が返って来て、安心した。
「それならもう大丈夫だろう
ちゃんと調節するんだよ」
一応温度の調節の補足も入れておいた。
そしてその補足を入れて、すぐに叫び声が浴室から響いて来て、お風呂場のドアが開いて千代が飛び出してきた。
「ひゃああああああああ
な、な、なんですか
さ、さむいいいいい」
ドアから飛び出した千代に激突した僕は、そのまま滑って押し倒された。
その拍子に少し頭を打って、後頭部に痛みを感じた。
「痛いな……いったい…何が……」
痛みで閉じていた目を少しずつ開けてみると、僕の上に千代が覆いかぶさっていた。
その瞬間頭が真っ白になった。
「なんで水しかでてこないじゃないですか!
先に言ってくださいよ
酷いじゃないですか」
千代は今の格好になにも関心を抱かずに、馬乗りになったまま、僕の頬を叩いてくる。
自分の小さな脳で、考えると今何が起こっているのか分からなかった。
言葉も出せずにただ、千代に頬を叩かれていた。
「ちょ……ちょっと待てよ
僕はちゃんと言ったはずだ」
少し叩かれていて、意識がはっきりしてきたら、声を上げた。
声を上げると。千代が正気を取り戻したのか、今の状態を理解したのか。
はたまた自分の格好に羞恥心をやっと覚えたのか。
どれかは分からないが、すぐにお風呂場に戻っていった。
そして聞いたことのあるようなセリフが、お風呂場から飛んできた。
「な、なんなんですか!?
私の裸を見たのですか!?
酷いです」
そう理不尽一色である。
その理不尽なセリフに、僕は返す言葉がなかった。
「はいはい……すいませんでした
僕が悪かったですよ
次はちゃんと温度調整をしてねちゃんと」
平謝りをドア越しにして、念押しで温度調整をするように言った。
お風呂場から出てきた千代が色々水浸しにしていったので、それを片付ける作業も増えてしまった。
そこから先は特に悲鳴が聞こえてくることはなく、僕の服も床も水浸しにされて、寒い思いをしながら待っていた。
けど悪い事ばかりではなかった。
まぁ少しは千代の肌色の肌が見れたことが、救いだったのかもしれない。
大事なところは気が動転していたから、白い靄がなぜかかかっていた。
シャワーの音が止まって、また千代の声がお風呂場からの声が聞こえてきた。
「聡さん
そういえば服ってどうしたらいいんですか?
また同じ服を着たら意味がないと思うのですが」
それを完全に失念していた。
服をどうしようか考えた。
だが答えが出ない。
考えた挙句、僕のシャツを貸すことにした。
俗にいう彼シャツと呼ばれるものに近い事である。
「とりあえず浴室に戻って、ドアを閉めてくれたら着替えをそっと置いておくから
浴室に戻ってドアを閉めたら言ってくれ」
僕は扉に向かって言った。
そうしたらお風呂場のドアの向こうから声が返ってきた。
「もう大丈夫ですよ
では着替えをお願いします」
僕は恐る恐るドアを開けて着替えを洗濯機の上の分かりやすい所に置いた。
洗濯機のすぐ前に、それまで千代が着ていただろう袴がたたんでおかれていた。
その上に下着がきっちりと陳列されていた。
あまりにも無防備で心配にもなるが、ありがたみもある。
その無防備に陳列されている服から、不覚にも漂ってくるいい匂い。
汗の匂いと柔らかい女の子の匂いが混ざり合って、なんとも言えない感じになった。
そして浴室のガラスに映る肌色の人影に声を掛ける。
「ここに着替えおいておくからな
着替えたら出て来いよ」
そう言って僕はお風呂場から出た。
僕の出た後すぐに、がたがたとお風呂場から音が聞こえて来て、
静かになって、千代がシャツを着てお風呂場から出てきた。
「ここのお風呂は不思議な所ですね
風呂桶に水が溜まってないし
上から水が降ってくるなんだ
全くばかげているとしか言いようがない」
それが普通なんだよ…一人暮らしの男性。
ここまで生きていくのに切り詰めて生活している。
「こちらとしては早くお風呂に入りたいね…
でもういいかい?
じゃあ僕がお風呂に入らせてもらうよ。」
ドアを開けて着替えてシャワーを浴びようとした。
別になにも変わっていない、僕は普通にお風呂に入る、
そしてお風呂から出る、
なんも変わらない。
シャツにそでを通してお風呂場から出ていった。
そこまでくれば後は、後は寝る所と晩御飯の心配だけだ。
後は明日色々買いこんで、なんとかしのぐことにしよう。
その日の晩御飯をなにか作ろうと思って、冷蔵庫を開けてみる。
まぁなにも入っていないわけだが、一人暮らしだから当たり前の所があるがな。
僕はため息をつきながら、炊飯器の中も確認してみる。
案の定、ごはんも炊けていない。
とりあえずご飯を炊いて、冷蔵庫に残っていた卵とベーコンを使い、チャーハンを作ることにした。
チャーハンくらいならすぐに作れるし、嫌いなやつもいないだろう。
一応千代にも確認してみる。
「千代はチャーハンは食べれるか?」
千代は何を聞かれているか分からないかの様に、首をかしげていた。
「ちゃーはんとはなんなのでしょうか?
ちゃんと食べれるものなのでしょうか?」
なぜちゃんと食べれるものなのか確認するのか分からない。
さすがに食べれないものを提案する訳ないだろう。
そこまで信用がないのだろうか。
信用がないというか、さっきのあれで信用が地に落ちてしまったのか。
まぁ信用が地に落ちてしまったのなら、出て行かれても仕方ないくらいだからな。
「ちゃんと食べれるものだから聞いているんだが……
チャーハンが分からないか……
まぁご飯だよ」
フライパンを取り出して、炒める準備をして、ご飯を炊き始める。
晩御飯の準備をしている間、千代にはテレビを見ててもらう事にした。
テレビに関しても不思議そうにかつ、驚いた感じで見ていた。
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