アナログな世界の君㉕

「言ってくれないと分からないんだよ……
僕の経験と知識なんかでは何を求めているのか分からないんだよ」

何も言ってくれない千代の思いをぶつける。
言ってくれないというのは少し語弊があるな。
言ってくれているが、何を求めていて、何を言いたいのか分からないという事だ。

「もういいです……もう行きましょう……
こんな事していても時間の無駄だと思います
けど……分かってくれるって
そう思って私は待っています
今はそれでいいでしょう聡
これ以上なにか言って来ても答えませんから」

顔を上げた千代は目頭を赤くしていた。
袖でその目を隠しながら、僕の手を引いて歩き始める。

よくそんな状態で手を引いてくれるものだ。
僕に対して怒っているのに手を引いてくれるなんて、ほんとに何を考えているのか分からない。
普通だったら、先に歩いて行ってしまうだろう。
不機嫌そうな顔をして、僕の事を置いていき、何も聞いてくれないだろう。
それが普通の反応だ。

そんな反応をしない千代に僕は困惑している。

「また急な心変わりだな
そんなに怒っているようなら無理に手を引いてくれる必要はないんだぞ
少しの間見失わないように歩いたりするから」

手を引いて歩いている千代に言った。

「………そんな事言うなんて最低です
これ以上なにも言わないでください
必要な事だけしゃべってください」

千代の目が僕の事を睨みつける。
その目は何か悲しさに溢れているように見えた。
見えただけで何に悲しさを感じているのか分からない。

ホテルの廊下……装飾された派手ではないが、綺麗に整えられている。
そんな整えられている廊下を重い足取りで歩いていく二人。
少し歩くとエレベータホールに着く。
鉄の骨組みで作られたエレベータが来るまで、重い空気を感じながら待つ。
別の客が乗ったエレベータが、降りてきてそれに乗った。
そのエレベータの中ではさすがに手をつないでいるという事はなかったが、明らかに感じが違う。
さっきとは違う朗らかな、明るい雰囲気を千代は醸し出していた。
その切り替え速度は尊敬に値する。

エレベータはフロントのある階で止まり、中にいた別の客は次々と降りていく。
僕たちはそれを見送りながら最後に降りる。
降りた後、千代とフロントに向かう。
エレベータから降りるときにまた手を取ってくる。

フロントに着くと、千代はチェックアウトの手続きをしている。
僕はその後ろでその作業が終わるまで待っていた。

そんなに時間が掛かっている訳ではないのだが、僕の思考の中では長い時間が経過しているような気がする。
これから先、どう千代と接したらいいのか。
何を話せばいいのか。考えていた。

結局、答えは出なかった。
これ以上千代を怒らせるような事はしたくないという、保守的思考だけが頭の中をくるくるとしている。
答えが出ないのが、この時の答えだった。

手続きも終わり、それなりに装飾されたホールからホテルの入り口に向かう。
その間ずっと手を引かれている。

外に出ると日差しがまぶしい。
聞こえてくるのはセミの声ではなく、人の声。車の音。
宮城の千代の家の周りとは大違いだ。

自然という雰囲気は、全くなく建設的な街並みが広がっていた。
近代的な雰囲気ではない。どちらかというと西洋の雰囲気がそれなりに濃い。
夜の雰囲気とは大違いだ。
これがお昼の町の顔だ。

ホテルのいる愚痴から出るも、歩きなれた場所を歩くかのように千代は歩いていく。
僕はどこに向かっているのかも分からないまま、手を引かれている。
父親の所に行くのは分かっている。

「それにしても日差しが暑いな……
なぁ千代
こんな中でその恰好ってなかなか暑くないか」

何をしゃべっていいか分からないので、当たり障りのない気候の事について話しかける。

千代は僕の話に反応した。
てっきり無視をされるかと思っていた。

「暑いですね
この格好は確かに暑いですが、慣れてしまえばなんという事ないですよ」

見た目からして暑そうに見えて仕方がない。
その暑さを慣れてしまえばと言えてしまうのは、何か違うような気がする。
もっとこう……暑いのなら生地を薄くするなり、半そでにするなり。
やり方は色々あると思う。

舗装された地面に反射して暑さが増していく。

「慣れてしまえばって……我慢しなくてもいいとは思うんだがな。
例えばこの袖は捲ってみるとかどうよ」

千代の着物の袖を少し捲り上げてみる。
捲り上げた所からは千代の白い肌が露出していく。

「な、なにをしているんですか
私は大丈夫だって言っているじゃないですか」

千代は急に僕の手を振り払って、袖を元に戻した。
ただ袖を捲っただけじゃないか。
そんなに騒ぐことではない。

「袖を捲っただけじゃないか……
何がいけないんだ……」

僕は千代に言った。

「あなたはなんでもかんでも急すぎるんですよ
それがいいの……ですが……」

隣を車が通って行き、その音と千代が小声で言っていることで何も聞こえない。

「なんだ千代
良く聞こえなかったんだが
もう一度言ってくれないだろうか」

「なんでもありません
早く行きますよ……もう」

千代はまた僕が四の五の言う前に無理やり手を引いて歩き始めた。

「全く……なんなんだよ千代……」

「………」

千代は何も言わずに歩き続ける。
暫く歩き続けるとレンガのしっかりとした建造物の前に着いた。
門の所には兵士が二人立っている。
明らかに軍の関係の施設だという事が分かる。

千代の父親はここで働いているのか……。
なかなかお堅い職業という事か。
しかもかなり上の人というのも分かる。
あの時の憲兵なんかにも顔が利くという事か。

家に帰ってこないのもうなづける。
こんな国の状況だ。そりゃお偉いさん方は動けないよな。

千代は堂々とその門に向かって歩いていく。
門の脇にいた兵士たちは、なにも言わずに門を開ける。
千代もそれなりにここには来ているみたいだ。
出なければ顔パスだなんでできる訳ないだろう。

難なく僕と千代はその門を抜けて中に入る。
僕が入る時には、さすがに確認されたが千代の一言によって何もなかったかのように入る事が出来た。
門の中は綺麗に整えられてた道。綺麗な西洋風のレンガの建物が立っていた。
兵士が隊列をなして歩いている。
何かをすればすぐに銃撃をされそうな所だ。気が落ち着かないな……。

「さぁ着きましたよ聡
後はこの面倒くさい所でまた面倒くさい話をして、さっさと出て行くだけです。」

明らかに父親の事を嫌っているのが分かる。
そんなに嫌われるって、一体何をしたんだか……。

「そんなに面倒くさいのか
というかなんでそんなに父親の事を嫌っているんだ……」

疑問に思った僕は今更ながら聞いてみる。

「それは……考えが硬すぎるのですよ……
あれをしろ……これをしろ
あれはするな……それはするな
いつでも気品を持って行動しろだとか。
もう聞いているだけ退屈で窮屈で……仕方ないとは思うのですが
それなりに大変なのですよ。」

こんな所で聞いた自分も悪いのだが、ここで普通に答える千代もあれだとは思う……。
そう怖いもの知らずというか何というか。
お家柄仕方ない事なのかもしれないな。いつの時代もそういう所は苦労するものなのか。
今の時代も政治家や医者の子なんかはこんな感じなのかもしれないな。

「あはは……そうか
その続きは後で聞くとするよ……」

その後も続きそうな千代の話をぶった切った。
これ以上その話をしていると周りの目が怖い。
周りは一般人ではないんだぞ。

「また後でたっぷりと聞かせてあげますよ」

レンガの建物に入って行く。
中は別にこれと言って変わりのない木製で、殺風景な物だった。
一階には用がなかったのみたいで、ありきたりな木の階段を上っていく。
廊下には部屋のドアがあるだけで、ほかに特出していう事はない。

その廊下の一番奥の部屋の前で千代は止まった。
ここがその父親の部屋らしい。


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