アナログな世界の君⑱

「ええええ……今さっき話し始めたばかりじゃないですか……
どうしてですか……さっきは話し相手になってくれるって言ってくれたじゃないですか……
むぅ……いけず」

千代も横になり、寝る体制に入った。
そこから別に、千代からしゃべりかけてくる事はなかった。
だが、たまに構って欲しいのか背中をつついてくるので、眠れなかった。
単純につついてくるので眠れなかったのではなく、心臓がバクバクして眠れなかったというのもあった。

結局はほとんど眠れずに朝が来てしまった。
隣で横になっていた千代は途中からしっかり眠っていたようで、いつも通りの時間に起きていた。
そして僕の事を、叩き起こすのだった。

「聡……ほら起きてください
朝ですよ」

もうすでに目が覚めている僕に対して言って体を揺すってくる。

「おう……朝ほんと早いんだな……昨日はあんなに夜元気だったのにな
寝るのも早けりゃ起きるもの早いんだな」

寝不足で辛い朝を何とか耐えて、朝ご飯を食べると少し元気が戻ってきた。

そして意気揚々に千代が出かける準備をしていた。
ちゃんとおめかしをして、髪にはかんざしをしていた。

「ほら今日は出かけるのですよ
聡も準備をしましたか?」

僕はまだ準備という準備はできていない。
まぁ特に準備するものはないのだがな。
持ち運ぶものなんて特にないだろう。
せいぜいお金くらいだ。
軽い準備を済ませて千代に声を掛けた。

「準備できたぞ……行くんだろ
で……どこに行くのか決まったのか
結局なにも決まっていないじゃないか」

結局、昨日の夜決めようかと思っていたが、あんなことになってしまった性で決めれていなかった。
なにも決めないまま出て行っても何も楽しくないだろう。

「あ……忘れていました
どこに行くか決めていませんでしたね……
一旦、落ち着いていく場所を決めましょうか」

今から行く場所を決めるとなると、時間が掛かって結局明日という事にもなりそうだな。
まぁそれもまた一興。
おめかしした千代が今日一日見られるという事だけで、それはそれで眼福だ。

すると横から母親が現れて言ってきた。

「なら主人にでも会いに行って来たら?
千代も少しは仲良くしておきなさい
これも渡して置いて欲しいからお願いね」

千代に一封の封筒が渡された。
ここで初めてお父さんの話が出てきた。
どこかでちゃんと生活しているんだな。
けど、会うってそんな簡単にできるものなのか……。

「ええ……せっかくのお出かけなのにお父様に会いに行くのですか……
私はあまり気乗りがしないのですが……
それにちゃんと仲良くしていますよ……
私はあまり好きではないのですが……」

千代はお父さんの事があまり好きではないみたいだ。
僕は特に家族の事なので口出しはできない。

「その封筒を渡す次いでに、東京を少し見て回ってきたらいいじゃない?
別に顔を見せるだけでいいんだから……その後は二人で色々回ってみてきたらいいのよ」

母親はとりあえずたまにはお父さんに顔を見せろという事を言っているのだろう。

「じゃあ封筒を渡してくるだけですよ?
その後はもう二人で色々見てきますからね
全く仕方ないのですから……」

妙に上機嫌になる千代。
思いもよらぬアドバイスを真に受けて、それを実行しようとしているのだろうか。
二人で東京を見て回るのか。
出会った時は立場が逆になったな。

次は千代が案内してくれるのか。

「じゃあ千代色々と今日は案内頼んだぞ……
ちゃんと手を引いてくれないと迷子になってしまうからな」

笑いながら僕は千代に言った。
すると母親があっけにとられた表情になった。

「まぁ……千代……ちゃんと手を引いてあげるのよ?
しっかりね?離したりしたらダメよ?」

母親はなにか勘違いしているのかもしれない。

「聡は迷ってしまう仕方ない人なのですから……
私がしっかりと手を引いてあげますよ」

自慢げに千代はしているが、それは分かるからであってそんなに言われると自分も言いたくなってくる。
それを言ってしまったら色々やばい事になるから言えないのが悔しい。

行く場所も決まって、まぁ案内してくれるという事で何とか予定がたった訳だ。
行きあったりばったりになってしまうのは、僕がこの時代の人間ではないから仕方ない所もあるのだが、
そこは千代がなんとかしてくれるだろう。

「じゃあ千代……しっかりと案内してくれよ?
迷うなんて事が無いようにしてくれ」

苦笑いしながら千代に言う。

「じゃあちゃんと準備ができたのなら、早く行った方がいいわよ
鉄道は待ってくれないからね
今から行けばちょうどよく駅に着いていると思うから、ほら急いだ急いだ」

母親はしっかりと時間を把握して、見送ってくれた。
千代と僕は家の門をくぐり、駅の方に歩いていく。
そこまで長い道のりではないが、普段ここまで来ないので新鮮だった。

駅までもしっかりと千代が手を取ってくれて、先導してくれていた。
それもそれで新鮮だった。
千代も逞しくなったものだ。
駅が近づいてくると鉄道の汽笛が聞こえてくる。
母親の言った通り、僕達が着いた時にちょうど着いたようだ。

千代はしっかりと切符を買い、改札を通って行った。
僕はというと、雰囲気に圧倒されて色々駅構内を見ていた。
それに切符の買い方がよく分からないし、改札の通り方も分からない。
乗り方も分からない始末だ。

千代は僕の事を見ながら首をかしげていた。

「聡?早く切符を買ってこっちに来てください
どうしたんですか?」

当然のように言ってくるが、分からないのだからしょうがないだろう。

「買い方が分からないから買えないだよ……
教えてくれないか……」

僕は千代のように頑固ではないからし、物分かりもいいと思うからすぐに理解できると思う。
千代は少し呆れたようにこっちに戻って来てくれて、買い方をしっかりと教えてくれた。
切符は硬券だった。
今ではもうあまり見ないものだなと珍しがりながら見ていた。

「もうわかりましたか?
じゃあ着いてきてください」

そのまま千代に手を引かれてホームに入って、列車に乗った。
席は空いていたみたいで、向かい合わせの席に座り発車を待った。

「これ切符はどうするんだ?
切ったりしていないぞ?」

切符を改札に通したりしていないので、不安になってきた。

「何を言っているんですか……
車掌さんが切りに来てくれますので待っていればいいのですよ」

また当然のように千代が知識を披露してくる。
だから僕はその知識がないんだって……。

「ほう……分かった
待っていたらいいんだな……」

しばらくして列車が発車した。
窓から見える景色が変わっていく。

「東京まで長い道のりですが、何か話しましょうか
疲れたら眠ってもらっても構いませんよ?
眠れていないのでしょ……?」

ちゃんと僕の体調の事をわかっているみたいだった。
眠れていない事が分かるようなそぶりはしていないはずだが……。

「ばれてたか……少しわくわくしてて眠れなかったんだ
まだ少しは大丈夫だからなにか話そうか……」

こんな時どんな話をすればいいのか分からない。
お父さんの事も聞いてみたりしていいのだろうか。

「何を話しましょうか……景色についてとかですかね?
外を見てみてください
綺麗な……そう綺麗な風景ではないですね……
少し焼け焦げているようなそんな景色が広がっていますね……
けど……ほら向こうの方には綺麗な緑の山が広がっていますよ!」

必死に話をしようとしている千代。
話していることがちぐはぐしているが、必死さがよく伝わってくる。

「そうだな……向こうの方には綺麗な山が見えるな
手前の方には目をつぶっておこう
それか千代でもずっと見ていようか?」

僕は言った。

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