アナログな世界の君⑳

「それはごめんなさい……
起きそうになかったから……少し後部車両でなにか食べ物が売っていないか見に行ってきたのです……
まさか目が覚めてしかも憲兵が来るなんて想定外でした
けど私が戻って来たからにはもう大丈夫です……
安心してください
そういえば後部車両でバナナが売っていましたので買ってきました
どうですか?元気が出ますよ?」

そう言って千代がバナナを差し出してきた。
すっかりお腹が空いている僕はそのバナナをありがたくいただいた。
急に頼りになり始める千代。

「そうか……何かと考えてくれて行動してくれていたのか……
すまない……
ありがとう……
というかあとどれくらいで東京に着くんだ?」

僕は千代にあとどれくらいで着くのかを尋ねた。

「そうですね……元気なったのなら良かったです……
後どれくらいで着くのかですか……うーん……後三時間くらいですかね
夜には着くと思いますよ?
大丈夫です……泊る所はありますから」

そんなに時間が掛かるものなのか……。
現代では三時間くらいで着くのに、もう10時間以上は経過しているのではないだろうか……。

「夜に着くんだな……なら着いたらもうすぐに宿探しで明日に行動するという事だな」

「そうですね……明日からの行動になります
すぐに宿を探さない辛いですからね
けどすぐに見つかると思いますよ
それよりよく眠れたみたいで良かったです」

二人でバナナをかじりながらこれからの事を話した。
流石にバナナだけじゃお腹が空くな。
向こうに着いたら何か食べたいものだな。

「これだけじゃお腹が空きますね……
もっと他に何か用意してから来たら良かったです……
途中の駅でお弁当でも買えたら良かったのですが……
聡が寝ていたので離れられなくて買いに行けませんでしたし……
別に聡が悪いという訳ではないのですよ!?」

それは僕が悪いと思うのだ。
そういう時は起こしてくれたら良かったのに……。

「それなら僕を置いて買いに行っても良かったんだぞ
そうそう起きることはなかったと思うしな
今まで起きなかったのも確かだしな」

結局半日を寝ていたことになるから、眠れる時はきっちりと眠ってしまうものだな。

「さて……これからどうしたものか
こう長い時間揺られていると退屈でしょうがないものだ
まぁさっきまで退屈なんてものではなかったんだが」

さっきまでの危機的状況が嘘のように自分の周りは静かになっていた。
そして動き始める列車。
憲兵の姿もいつの間にか車両の周りから消えていた。
特に何も問題がなく終わったみたいだ。

「そうですね……退屈ですねって
さっきは私が居なかったらほんとに危なかったですからね
感謝して欲しいものです
全く……なんだか一難さったら飄々としていますね聡は……
私もそれくらい気楽に生きてみたいものです」

僕には千代が今まで気楽に生きているようにしか見えなかったのだが
千代の中では気楽ではなかったらしい。
人の感性はそれぞれという事だな。

「それを言われたらなにも言い返せない自分がいるのだが……
あぁ感謝しているよ
もうそれは溢れんばかりの感謝で胸がいっぱいだ」

そんな余裕癪癪に語ってはいるが、あの時はもう手汗がすごくて冷や汗で背中がびっしょりだった。

「えぇそうみたいですね
しっかりと汗がにじんでいるのが分かりますよ
強がらなくても大丈夫なのですが……
よしよし……怖かったのですね……撫でてあげます」

そう言って僕の頭を撫で始める千代。
恥ずかしくなるが何も否定できない僕。
流石に耐えられなくなった僕は言った。

「ほら……もうやめてくれよ……
認めるからさ……全く
なんでそんなところで母性みたいのを出すのかな」

「あら……嫌だったのですか?
てっきりわかりやすい甘えたいのかと思っていました
分かりやすい嘘ばかり重ねて顔もこわばっていましたし」

まぁなんでも小見通りみたいな風に言ってくれる。
見透かされているような感じがして落ち着かない。


「もうなんでもいいよ……千代には勝てないよ……ははっ
全くだ……どうしてそんな人ともあまり交流がなかったというのにわかってしまうものかね」

「そんなの別に人と交流を持たなくても分かるくらいという雰囲気だったからですよ
分かりやすすぎです
もう少し隠せるように努力してみるといいと思います」

隠せるように努力って生半可なものではないと思うんだが……。
そんないつもポーカーフェイスでいろっていうのは無理だろ……。
一般人にそれを求めるものではないぞ千代よ。

「なんとか努力をして千代にばれないように頑張りますよだ
ほんと調子のいい事ばかり言いやがって……こうなったら物理的に勝つしかないな……
こそばしに刑だ」

千代の脇腹に手を伸ばしこそばしてた。
今の状況で勝てるとしたら物理的に千代に勝利することだ。
なぜそんな勝つ勝たないという思考に至ったのかは自分でもよく分からないが
このままやられっぱなしではなんだが癪だった。

「いきなり何を……うぅっぷっ……くぅ」

必死に笑いをこらえてはいるが少し漏れている千代を見て僕はニタッと笑った。

「ほらほらどうだ参ったか」

「あはは……あは……」

堪えられなくなった笑いが出てくる。
もうやめて欲しいと言わないばかりに僕の手を抑えてくる千代の手。
こんなに小さい手では払えるはずがない。
笑った事に満足した僕は手を引いた。

「ははっ……よく笑っていたな
良かったんじゃないか表情筋がほぐれて」

千代は少しやるせない顔をしてこっちを見てくる。

「卑怯です……こんな……ごほん……
全く節操がないですね
仮にも人がいる中であんな事をするなんて……
私も少し怒りました
お返しです」

そう言って油断しきっていた僕の脇腹をこそばしてきた。
その行動が完全に予想外だった。

「なっ……あははっ……くはっ」

笑えをこらえることができずにいた。
周りで見ている人はどう思っているのだろう。
若い二人の痴話喧嘩かなにかだと思っているのだろうか。
こちらを見て笑いをこらえているようだ。

そうだなこんなものを見せられていると誰だって笑いたくなる。
何をやっているんだあの二人はとかな?
普通はそうだ。

「何ですか
もう降参なんですか
だらしないですね……もう少し耐えられないのですか」

僕の油断しきったところに奇襲をかけて満足した千代が煽ってくる。
これをやり返し続けているといずれ決着がつくのだろうが、それまではただの不毛なこそばしあいとなるだろう。
全く周りからしても迷惑だろうし、お互いの体力も消耗するだろうから早めにやめるのが吉だな。

「千代こそ……ずるいじゃないか……急に仕掛けて来るなんて
誰も想像できないだろあんなの……もう引き分けでいいだろう……
ほら仲直りの握手と行こうじゃないか」

千代に手を差し伸べてそう言った。
千代はその手を取り握手した。
なんだこの熱血アニメなんかであるような展開は。
この後どんな展開が待っているのだ。

「はぁはぁ……お互いに疲れましたね……
表情筋が柔らかくなったのはいい事みたいですね」

千代が笑っているのを久しぶりに見た気がする。
このところ険しい顔なんかしか見てなかったからな。
眼福だ。

さっきまでの雰囲気は消え、朗らかな空気が周りに漂った。

「さて……悪ふざけはこれくらいにしましょうか
次の駅も近いみたいですし
そこで何か食べ物を探してみましょうか」

千代がお腹を抑えながら言った。
その手はこそばされた事がまだ余韻として残っているからなのか、お腹が空きすぎて抑えているのかは定かではない。

「そうだな……周りの目が痛い……
さっきまでなにも考えずにこんなことができていた自分がすごいと思ったよ
全く……何をやっているんだ僕たちは……」

僕は頭を抱えながら、腹も抱えていた。

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