アナログな世界の君㉖

「聡は別になにもしゃべらなくても構いません
もし何か聞かれたら、当たり障りのない事を言ってくれるだけで構いません。
変な事は言わないでくださいね。」

部屋に入る前に千代に釘を刺される。
そりゃ……変な事を言わないように努力はするさ。
いざ目の前にしたら何があるのか分からないから確証はないんだがな。

「あぁ……なんとか頑張るとするよ」

千代が部屋のドアに手を掛けて回す。
ノックもなしにそのままドア開けてしまうのだから驚きものだ。
中には荘厳な机と本棚が部屋を埋めていた。

机に向かって座っている強面の男がこちらを見ている。

「お父様失礼いたします
お久しぶりですね」

千代が父親に向かって挨拶をする。
千代の挨拶に父親は言葉を返す。

「おぉ来たか来たか
遠いのによく来たものだ
さぁそこのソファーにかけるといい
何か用意させよう」

父親はそう言って座っていた椅子から立ち上がり、千代をソファーに誘導した。
僕の事には目をくれずに、そのまま千代の対面に座った。

「はいお父様……
私はここに長居するつもりはないのですが……
こちらお母様から預かった便せんとなります。
中身は把握しておりません」

千代はソファーに座らずにその便せんを渡して、一歩身を引いた。

「おいおい……なんだ千代
そんなに邪見にしなくてもいいじゃないか
少しは付き合ってくれても構わんだろう。
さぁ座ってお茶でもしないか」

父親は千代と座ってゆっくりと話をしたいらしい。
だが、それが嫌なのか千代は座る気配はない。
外であれほど嫌がっていたんだ。
まぁ当然の結果という所か。

で、僕はいつまでこの重圧に耐えながらここに立っていたらいいんだ。
見向きもされないが、そこはかとなく重いものが体にのしかかってくる。
面接の前のあの押しつぶされそうな感覚と似ている物はあるが、こちらは命の危険すら感じる。
向こうからしたら部外者で、誰なのかも分からない奴だからな。
そんな奴が娘と一緒に来たのだから警戒はするが、過度に接触はせずに、様子を見ているという所だろう。
これからそれについて二人で話が始まるのか。
僕はずっと口を噤んでいた。

「お父様……
彼をそんな風に威嚇するのはやめてください
では少しお茶をいただきますので」

千代は僕の置かれている状況を把握したのか、声を掛けてくれて、少し重圧が和らいだ。
そのまま父親とソファーで対面した千代。
出てきたお茶を何の恐れもなく飲み干して机に戻す。

「千代
一つ確認したいのだが、このみすぼらしい男は何者だ」

父親はこちらを見てくる。
みすぼらしいという風貌をしているつもりはないのだが、もうそのような雰囲気が漂っているのだろう。
それを見抜いてみすぼらしいと言っているのかもしれない。

「こちらの方は、聡という物で
私との将来を考えている人です。
それ以外特にございません」

はっ!?急に何を言ってくれるんだ。
将来を考えているだって。
その話は僕に対しても話してくれてないじゃないか。
千代の顔には迷いがなく、ずっと前を見ているようだった。

「なんだと……千代
冗談はそれくらいにしておけ
どこの馬の骨かも分からない奴に千代はやれん。
見てみろ
覇気も無ければ、自分で訴えるという事もしない
軟弱ものではないか
そんな弱々しいものは日本男児としても認められん
そんなやからとの将来など断じて認める訳がないだろう」

父親は憤慨しているようで、持っていたお茶の入ったコップを机に叩きつけるように置いた。

「お父様
その感想はあなたの感想ですよね
私は将来を考えてもいいほど、優しさに溢れて、決断力などがあると思います。
自分の意見を人に押し付けるのはやめてもらえないでしょうか……」

千代も父親の意見に反論している。
その姿は静かにソファーに座っているように見えるが、明らかに怒っている。
二人の間にはバチバチとした雰囲気が取り巻いていた。
その間に入ろうものなら焼け焦げてしまうのではないだろうか。

出来れば僕は入りたくはない所だ。
これから僕はどうなってしまうのだろうか。
雰囲気に押しつぶされてこのまますりつぶされてしまうのではないだろうか。

「千代
私は別に自分の意見を押し付けている訳ではないのだよ
千代の将来を思って言っているのだ
なぜそれが分からないのだ
私の一人娘に道を外されては困るのだよ」

父親は少し不機嫌そうに腕を組み千代に言っている。

一理ある。
そうだよな……こんなどこの馬の骨か分からない奴に娘を預ける方がおかしい。
これでほいほいと娘の意見を聞き入れて……はっ!?
僕は何を考えているんだ。
千代と結婚だって……。
まだ付き合っているかすら怪しいのに。
それは早すぎるのではないのでしょうか。

「お父様の考えは分かります
私を大事にしてくれているのは痛いほどわかります。
けど私は……私の人生なのです
私が決めたいことは私が決めます
私の人生に介入しないでください
幾ら親だって生き方を決められるのは、もう嫌なのです
私だって……私だって……
いつまでも鳥かごの中の取りではないのです。」

千代が父親に対し、自分の意見をぶつけている。
その時の千代はいつも見せている穏やかな雰囲気ではなく、闘気に満ちた雰囲気をしていた。
自ら鳥かごから飛び出そうとしている鳥のように激しく。
だが落ち着いている。

そんな千代の雰囲気に臆さず父親は座っている。

「それだけか千代」

父親は千代に言った。

「それだけとは何ですか。
これ以上何か言って欲しいのですか?
そうだったらお父様には失望いたしました。
これ以上言わせないでください。」

父親に対してそのセリフは……。
これでもかと言わないばかりに千代が詰める。

「失望するのなら勝手にするがいい
だが、先の見え透いている事に対して、何も対処をしない私ではない
千代、お前には苦労する人生を歩んで欲しくはないのだ。

彼に対してはいつでも手を下すことができる
諦めなさい。」

父親は非情なカードを切ってきた。
千代はその言葉に怒りを露わにして、机をたたき。
机の上にあった書類を吹き飛ばした。

「お父様
そんなことをしたら、私が次にどのような行動を取るか
お分かりですね?
私は伊達や酔狂でこんなことを言っている訳ではございません。
本気で言っているのです

それともこんなか弱い娘一人に何ができると思っておられますか
これでも私はお父様とお母様の娘なのですよ
少しは心得があります
拳銃を撃つことだってできるのですよ。」

千代が完全に気が立って、自分を見失っている。
これ以上突き進んでしまったら、取り返しのつかない。
後悔しか残らない。

「おい千代……それ以上はだめだ」

僕は横から口を出す。
本当は口を出すのが怖かった。
何かを言ってしまうと、何かが壊れてしまうのではないかと思って。
だが、その何かより、千代が壊れていくのが怖かった。

「何ですか聡
あなたは何も言わないでと言っておいたじゃないですか
家族の話に口を出さないでください」

千代の方に見向きもせずに言葉を発した。

「そうか千代
それはすまなかった
だがそれ以上はだめだ
後悔しか残らなくなるぞ
何もかもうまくいくとは思わない方がいい
それが今なんだ……
千代の気持ちは痛いほど分かる
けど僕は千代にそこまでかけれる物がない
その確かな事実をお父さんはぶつけてきているんだよ
千代の方が、その事実を力で捻じ曲げようとしているんだよ」

千代はその僕の弱気な言葉に驚いていた。
僕の口からそんな言葉が出るなんて思わなかったのだろう。
父親の方はなにも言わずにただただ目を閉じて、座っている。

千代は僕の方を見て、訴えかけている。
なんでそんなことを言うのですか。と言わないばかりに泣きそうな顔をして。
自分が何を言って何をしようとしていたかは分かっていたようだ。
出なければそんな顔はできないはずだ。
分かっているのなら、最初から自制して欲しかった。
自制できないほどに、心が穏やかではなかったのだろう。

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