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ショパンと「侘び」

2年前の今頃は、パスポートの期限切れに直前で気付いた夫を置いて、一人でウィーンやポーランドなどクラシック音楽発祥の地を気ままに旅していた。

ショパンの故郷であり、彼が最期まで望郷の念を懐き続けたポーランドは、美しくも貧しい国だった。ドイツとロシアに挟まれた立地の宿命から、その歴史は暗く重たい。そんな小国が今でも残っていることが不思議ですらある。ポーランド人の魂であるショパン生誕200年の節目に、大統領機が墜落したのも衝撃的だった。ワルシャワ中央駅の目の前にそびえる文化科学宮殿はスターリンの遺物である。

どこも綺麗だったウィーンと異なり、ショパンの生家を除いてはコンサートのピアノもだいたい中古で小さく、コンサートグランドなど一度もお目にかからなかった。言葉が通じなくても、人々は田舎のおばあちゃんのように素朴で親切だった。

最近読んだ本に「侘び」とは詫びること、負けることと書いていてなるほどと思ったが、これほど侘びた国というのもなかなかないのではないか。

だからショパンの音楽の勇壮さや流麗さ、ロマンチックな響きを知っているだけでは、ショパンの半分しか知らないことになる。ショパンコンクールで評価されるショパンは、家元の茶会とか婦人画報に出てくる侘びた茶碗くらい、「あれはあれ」なのである。

私にとってのショパンは、ワルシャワ王宮の裏で聴いた、KAWAIの古いグランドピアノで、「この人ほとんど国内でしか演奏してないだろうな。。」というレベルのピアニストの弾くショパンである。

ショパンの音楽を語る時に外せない概念としてzal、と呼ばれる感情がある。望郷、とか故郷への渇望とか言う意味だが、日本語にぴったりの訳はない。言葉としては知っていたが、評判を聞いて福島まで聴きに行ったオレイニチャクさんというポーランド人の演奏で、やっとその本質的なところに触れた気がした。物悲しく、逃れられない宿命の中から生まれる、民族や故郷に対する強い愛、というのだろうか。ラブラドライトという石の中になんとも言えない色の虹が出るのだが、私にとってはその色だ。帰り道の、酔っぱらいしかいない真っ暗な福島の駅の風景と一緒に、心に残っている。

今日はハクジュホールで、木米真理恵さんの10周年記念リサイタル。マズルカとポロネーズだけのオールショパンプログラム。確かな技術と表現で、安心して聴ける演奏だった。また音楽と向き合う誠実な姿勢から、観客と音楽を親密に分かち合えた感覚があった。演奏の土台となる知識と経験に加え、思い切りの良さみたいなところから来る演出・構成力といった、「ここが自分の長所」とご自身が認識している部分が変化する、ちょうど過渡期にあるように感じた。そしてその新しい方の要素の中に、ラブラドライトに似た光がチラチラと光った。

しっかりした音やバランスのいい脳の使い方から考えると、ベートーヴェン等のドイツ物も似合うピアニストだと思う。でもポーランドに行ったことにこの方の能力の潜在的な方向性があったのだろう。表現を追求するプロセスは、本来のその人を見出す道すじだ。10年後にまた聴いてみたい。