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高野山への旅⑤

夜遅く旅から戻り、駅から家までの道を歩くと、これまでと景色が違って見えた。修行僧が山から降りてくると下界の穢れ具合に驚くそうだが、そんな感じかもしれない。見えない存在にザワつかれている気配がする。途中で何か連れて帰ってしまったのだろうか。部屋もなんだかよそよそしい。そういう時に限って夫は出かけている。

やばい、と思ってお香を炊き、お風呂に入った。不安定な感じはひと晩寝るとおさまった。

次の日は開炉の茶会だった。この季節に合わせて選び抜いたお食事、お道具、お菓子、お茶。待合の晴れやかな鉄斎のお軸から鶴、紅葉の中の定家へ。部屋を移ると季節が進み、光悦と空中の共演。そして床を華やかに変えてまた紅葉へ。亭主のこの祝いの一日に込めた想いに圧倒された。

その一方で、一日前の奥の院を思い出した途端、お茶の世界だけに通用するルールの中の遊びが急に小さく遠くも思えた。

今回行って良かったのは、奥の院にいらっしゃるという空海が、本当にいらっしゃるのね、と知ったことだった。行くまではここに空海様がいらっしゃるという体、だと思っていた。そしてあの毎日のお食事を運んだりすることがなぜ重要かということも、理解出来た気がした。

器に目を落とすと、鯛の蕪蒸しの上にほそーく切られた大根と人参で作ったあいおい結びが乗せられていた。それを見て、高野山を支えているものと、この膨大な料理を作り、お菓子を選び、特別なお茶を調達し、とっておきの道具を揃えてこの一日を設えたものが繋がっていると分かった。

よい秋の休日だったと思う。明日からは通常運行に戻ります。

家にいた夫によると、旅立つ前の隣人へのお手紙は少しは効果があったそうだ。しかし反対側との抗争は続いているらしい。どうぞ心安らかに。