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書と音楽

大人になって始めた茶道をきっかけに書を習いたいと考え、大人の遊びをたくさん知ってそうな女性に教えてもらった神楽坂のお稽古場を訪ねたのが3年前。私にとって書道といえば、小学生がやる、漢字交じりの大きな字を書くものだった。まず、「一」や「大」をたくさん書いて、止めや払いを習う。そのうち、「春」とか「新しい朝」とかを太い筆でのびのびと書く。それがやりたい。そのずーっと先に草書だの篆書だのがあるのだと思っていた。


当日、「はじめまして」と顔を上げたとたん、芸能人を間近で見た感じの光の人が現れ、講談師のような勢いで教室について紹介された。輝きに目がくらみ内容が入ってこないものの、平安時代のかな書の魅力について熱く語っていることだけは分かった。そしてどうも「お正月」や「美しい心」を経ずに、はじめからかな文字をやるようだった。話がひと段落し、「山平さんはどうしてこちらに来られたのですか?」と聞かれ、私は答えた。「はい、かな文字の流麗さに惹かれ、自分でも書いてみたい、勉強したいと感じて参りました」。以来、いまだ先生の眩しさに毎度驚きながら、続いている。


自分で書いている文字が読めないというのがかな書の特徴だが、習うようになってから、これまで全スルーしていた美術館の書の展示にも興味が持てるようになった。これまでに一番心に残っているのは、西行さんの字だ。西行さんと言えば、900年経ったいまなお世の中の妙齢の女性を腰くだけにしている天下の美僧である。大河ドラマ「平清盛」で取り上げられて以降、藤木直人変換されるのでなおさらだ。西行さんの字は、なんかの裏紙に書かれている上に紙が劣化しすごく見づらいのだが、とにかく3Dだった。紙の奥にもその先の空間があり、紙の手前にも、書かれていない部分の文字があるように見える。


かな書というのはかなり音楽的で、これは楽譜に近いのだと感じた。楽譜はこれから奏でる音とリズムを指定し、伝えるためのものだが、書は、もう発した音を2Dに移し留めたものに近いかもしれない。でもそれを解凍するように、後の人もその心の響きを想像することができる。


自分を取り巻く空間に、楽器なり、声なりで音を発したとする。そうすると、その音が生まれた場所から、人間には認知できない速さで音は全方向に拡散し、何かにぶつかったりしながら混ざり合い、消えてゆく。音の大きさや種類でその太さや広がり方が変わる。音の波形のグラデーションの空間に紙を差し入れ、紙の放物線の接地面に当たった音だけを墨流しみたいに写し取ることができれば、こんな風になるだろうと思った。


クラシック音楽をやる人は、モーツァルトは軽く天衣無縫に、ブラームスは太くどっしりと、リストは派手になど、作曲家ごとに音と語法を持つことを習う。同じように書も、みんなが一通り勉強する代表的な古典があり、それらを内容に合わせてどの古典風に書くかを選択しているそうだ。


ひとつの仮名に、元となる漢字が複数あるから、同じ音の字でもその時々で書く字が異なる。限られた文字の組み合わせと文字選び、配置で表現するかな書は、音を組み合わせて曲を作り、和音やフレーズで意味で表現する音楽と共通しているのだろう。和歌というくらいだから、音楽と同じだったのだろうか。昔は節があったと言うが、その時々で違う節だったのかもしれない。なんとなくモノトーンの静かなイメージのある和歌も、私たちが今想像する以上にカラフルな存在だったのだろう。昔の仏像を復元したら怖いくらいカラフルでびっくりするみたいに。

書家の根本知さんに、「ひとうたの茶席」でどのような書風選びをしたのかを伺いました。昨日は仮名文字の基本について伺い、今日は紙という空間にどう字を配置していくかについてです。明日からは、書と人の話、書家がどう自分のスタイルを作っていくかのお話へと続きます。ぜひご覧ください。