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2024年の「慕情」

最近のユニクロのCMは困る。夕飯を食べていようと、ソファでぼけーっとしていようと、こちらの意志と関係ないタイミングで差し込まれるサザンの懐メロに、ほわーんわんわんわーんと昔のドラえもんのタイトルコールの脳内イメージとともに、心は一気に「あの頃」に持って行かれる。

私がサザンを良く聞いていたのは、松山で高校生をしていた1990年代。
野球部やラグビー部が立てる砂埃と吹奏楽部の管楽器の音が聞こえる放課後。受かりさえすれば、もう来年はここにいないのだという受験生ならではの決意と寂しさが交じり合った、松山の優しい夕暮れ。

これが歳を取ったということだ。

「ひとうたの茶席」の華道家、平間磨理夫さんが最近車を変えた。出会った4年前の時点でとっくに耐用年数は過ぎていると思っていたが、ついに限界を超え、重い腰を上げたらしい。先日の夜、撮影の事前打ち合わせにうちに来た後、夫と一緒に新しい車に乗せてもらった。

「では夜のドライブをしましょう」と磨理夫さんはサザンのCDをかけた。今、CDなんだ・・。

助手席に乗り込んだ夫は、「ドアが閉まる音がかっこいい」と嬉しそう。
私は後ろの席で、うろ覚えの歌詞を歌いながら、人気のない町の風景が通り過ぎるのを眺めた。たくさん花を乗せるためのワゴンはがっしりとして重心が低く、安全性が心配だった前の車とは大違いだ。

「逢いたくなった時に君はここにいない」「忘れられたBIGWAVE」「せつない胸に風が吹いてた」「素敵なバーディ(NO,NO BIRDY)」と懐かしい曲が続き、好きなだけドラえもん的雲に浸っていたら、磨理夫さんが「そろそろ帰りましょうか」と言って、曲は「慕情」に変わった。

「この曲好きだったーーー」と言った私が最後まで聴けるよう、磨理夫さんはスピードを緩めて夜の道を走る。

この曲を聴いていたあの頃、2024年の今を全然想像できなかった。予想もできなかったようにも思うし、だいたい予想通りだったとも言える。キャリアや年収を考えると、たったこのくらいしか達成できなかった、とがっかりすることもある。でも夫や夜に訪ねて来て車に乗せてくれる仲間がいて、上出来じゃないか、とも思う。

マンションに着いた頃ちょうど曲が終わって、磨理夫さんは「またね」と手を振って帰っていった。デート慣れした人だ。

またすっかり今夜のことを忘れて、ふと何年か後に「慕情」を聴いたら、このドライブのことをまた、思い出すのかも知れない、と思った。