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Creepy Nuts新アルバム「Case」全曲レビュー

Creepy Nutsの新アルバムが良すぎた。

だから、この「良すぎる」を言語化したい。今回はそれだけの話。

HIPHOPにも、そもそもCreepy Nutsにも大して詳しくはない(知ったきっかけはまさかのヒプノシスマイクである)ので、ただラップが好きな奴の感想だと思って見てもらえたら助かります。


0.まずこのアルバムって

最初に新アルバムが出ると聞いた時は、「早いな」と思った。前アルバム「かつて天才だった俺たちへ」から約一年。

まあでも、最近死ぬほどタイアップしてたもんな。Bad Orangezとかほぼ前アルバム発売の直後だったし。なるほど、今回は溜まりに溜まったタイアップ曲の集まりでミニアルバム作ったんかな。流石に他の曲作ってる暇なかったやろ…

…などと思っていた過去の俺をぶん殴りたい。

いつも「ミニアルバムだけどミニって言いたくないから!」とか言ってラジオを挟んでいた彼らが、あの多忙なスケジュールの中、11曲(新曲は6曲)の立派なフルアルバムを作っているではないか。

もちろん、今までの曲も丹精込めたものなのだろうが、なぜ今までフルアルバム作れなかったのか。

そう思ってしまうほど、今回の新曲は素晴らしいものばかりだった。

全曲つぶさに語っていくと文字数がえげつないことになるので(前回のレビューで学んだ)、今回は特に語りたい曲以外はさらっと好きな所を述べるにとどめる。とどめたい(願望)

それでは、さっそく1曲目から見ていこう。

1.Lazy Boy

いつものおふざけMVでこれも素晴らしいが、オシャレなトラックに、彼らの成り上がりが彼ららしく描かれているのがとても良い。

売れて華々しいはずなのに、「いやほんまは怠け者やねん」って言う人あんまいないよな。こういう共感のしやすさは、「たりないふたり」から脈々と築いた彼らの個性だろう。

歌詞はどの部分もいいけれど、特筆して一つ挙げるとすれば、

働き盛り 終わらない繁忙期 いつもの夜沁みる缶コーヒー

ここですかね。

なまいき盛り 終わらない反抗期  二十五の夜握る缶コーヒー Yo

というHIPHOPにあまり詳しくない自分でも知っているような、NITROの有名なパンチラインを踏襲している部分ですね。こういう本歌取りみたいな、HIPHOPの文化は本当に大好きです。

2.バレる!

こちらもタイアップ曲、そしてMV相変わらずふざけてる(いい意味)

この曲聴いた時は、本当に彼らはタイアップ先と自分たちの共通項を見つけるのが上手いなと思いました。

HIPHOPは自分のリアルを歌うのが普通(例外も沢山あるのでしょうが)で、Creepy Nutsもこれに則っていると思います。その中で、どのタイアップ曲もしっかり自分たちの歌になっているのは面白いですよね。

自分はライムに注目するタイプで、Rもそれを得意とする人ではありますが、この曲でRのボキャブラリーはどうなってんねやと思いました。

「また増える灰色の珊瑚礁」「アイデアの百鬼夜行」「革命前夜換気扇下のラボ」等々、1verseだけでもかなりのワーディング。ユニークかつ極端に分かりにくくないのが素晴らしい。

この曲のhookの構成も面白くて、ただ「俺の才能がバレてまう!やべーなこれ」って曲で終わってないのがすごくいい。「売れて、売れちまったせいで悩んで、でもまた新しい引き出しで売れる」っていう綺麗な三幕構成。

そしてこの「売れちまったせいで悩んで」の部分、Caseの新曲でも多く描かれる全体的なメッセージになってます。

売れた自分たちを肯定しながらも、自省的に批判する。

このアルバムを一言でまとめるなら、そんな感じだと自分は思います。その態度が、彼らの人間性、音楽性、物語性をとても体現していて、このアルバムを好きになった大きな要因になってるのかなと。

3.顔役

さて、タイアップ3曲目。歪んだギターを醸し出す荒くれた雰囲気が、本当にヤンキーっぽい(?)色んなジャンルに対応するトラックメーカーとしての松永の凄さ、もっと注目されてもいいと思う。

一方ラップの好きな所は、なんといってもフロー。客演の「Over all」など、最近Rが魅せる低音で刻んでいくフローが個人的にとても好みなんだ。

「比較にならんな」のところから「被害者の会」までのところとか、めっちゃかっこいいよな!半端ない。

あの日から10年経っての今 かつてのsound boy killa 人よりも己に向け研ぐ牙

話は戻りますが、こうした歌詞にも、先ほど言ったアルバムの態度が現れてますよね。

この「10年」とか、他にも「15年」とか、そういったワードはこのアルバムで頻繁に出てきます。30になったRは、恐らく多くの時間15才や20才の頃の自分と対峙したことでしょう。

彼らの目から今の自分を省みて、また今の自分から彼らを顧みて、そうして生まれたこのアルバム、「Case」なのだと強く思わせる。

4.俺より偉い奴

やっと来た新曲。しかし、この曲の雰囲気はどちらかというと前アルバムっぽい。完全に個人的な感覚だけど、「ヘルレイザー」も「耳なし芳一Style」もこの曲も、トラックがモノクロ色なんだよね。勿論いい意味。かっこいい。

内容的にも「耳なし芳一Style」と似ていて、「俺はラッパーとして周りとはこう違う」っていう異端について歌ってるところ。

しかし、なんだろう。これも好みでしかないが、前アルバムよりもバースの聞き心地がいい。そんな気がするだけかもしれない。

文字数がヤバそうということに気付き始めたので、そろそろ次へ行こう。

5.風来

またまた新曲。アルバムの中では一番J-Popに寄ってるなと思った。内容的にもフロー、メロディとかも。俺は好きなんだけどね。

本人が何を想って、こんな普遍的な曲を作ろうとしたのか気になるところ。タイアップよりタイアップ曲かもしれない(?)ライブ用なのかな。

「関ジャム」でも解説されてたけど、これも後に見る「Who am I」と同じで1verseと2verseが基本的に同じ構成になってる。韻も似てる。

普通にメロディが心地いいよね。歌が上手くないと難しい曲。

6.のびしろ

ちょっと疲れてきた。まだ半分?長いわこのレビュー。

そう思ったら、目次で気になるところだけつまみ食いしてください。最後のだけでも見てほしい。

と、そんな小休止は置いといて、アルバムの表題曲。これもオシャレエモトラックだよね。brigdeっていうのかな、「隅田川に掛かる」のところが落ちサビみたいな役割してて、よくできてる。コード気になるな。

鏡の中でわろてるお前 括れやしなかったわ。たったの三文字で

「鏡」という言葉も、まさに自己批判的な眼差しのキーワードの一つですけれども。「バレる!」のMVにも出てましたね。

ここでいう「たったの三文字」というのは「オトナ」でしょうか。

今まで「悪者扱いしてきたオトナ」に、今度は自分がなっていく。その過程を、その変化を、この曲では「清々しい気持ち」と物凄く肯定的に語ってますね(仮タイトルは「ポジティブ30」だったらしい笑)。それもまたいい。ただこのアルバムは、それだけじゃないのがもっといい。

あと、これはどうでもいいけど、

やっと分かって来たかも このポンコツの操縦の仕方を

っていうフレーズは、RADWIMPSの「'I' Novel」の歌詞をサンプリング(?)踏襲しているのかなって思った。

RADの歌詞はこんな感じ。

僕を乗りこなせんのは こいつの勝手がそう分かんのは 他にゃいないんだ このおいらにゃこのポンコツくらいが丁度いいんだ 

まあでもよくある比喩ってだけかもしれん。心身二元論的な。でも、RさんがどこまでPopにアンテナ張ってるかは気になるところ。

7.デジタルタトゥー

新曲。これもモノクロ色だし、風刺っぽい。というか、五輪直前のあの「関係者の黒歴史発掘大会」を見たから、よりそう思うというか。実際にRさんがあれの後に曲を作った訳ではないと思うけど。

Rさんがバトルをしていた頃、ラスボスとしてTVに出ていた頃、どこのどいつとも知らない新人に、ベテランは言うことなどないし、逆に新人はいくらでもベテランの揚げ足取りが出来るみたいなことを零していた気がします。

そういったことにも通ずる曲なのかな、と思ったが。Rさんが今のタイミングでこれを書いた意味は、やっぱり先述した社会に対する風刺なのかな。

それはそうと、hookの頭韻が気持ちいい。「デジタルタトゥー」「飯が上手く」「消し去りたく」「手品みたく」って。

8.15才

5連続の新曲。この曲かなり好き。

「のびしろ」が大人になったことに対する肯定的な曲なら、これは否定的な曲。まるで15才のR-指定が、今の彼に向かって「はっ、変わっちまったな。お前も」みたいに鼻で笑うみたいな。

あの日のトレンチコートマフィア 無差別にぶっ放した銃弾 時を経て俺の眉目がけ見事にUターン ブーメラン

ここでは、「デジタルタトゥー」の「次はその刃 俺に向く番か」や、「バレる!」の「あの日の俺とよく目をした奴でした」などでも見られる、ある種過去の自分(のような誰か)に今の自分が刺されるといった構図。

ある日お前の痛みに俺はメロディと値札を付けた だから似たような痛みを求められんのさ コレがお前の欲したキャラクターって奴だ

更にここも重要なポイントで。

過去の自分の苦しみを曲にしたことで、「自分」というものが縛られる。求められる「自分」が増えていく。理解者が増えたことで、大人になったことで、もう同じ「痛み」の歌は書けないのに。

「バレる!」でも、「求められてるあの味 でも俺はもうそこにいない」といった歌詞がありましたね。これが「売れちまったことによる悩み」なのですが、しかし芸能人でもアーティストでもない私たちにも共感できるような内容になっています。前回のnoteでも、この曲の歌詞を引用したくらい。

また、「かいこ」を彷彿とさせるようなダブルミーニングも健在ですね。

そして、一番好きな歌詞が最後のここ。

おまえが欲したいくつかを手に入れて おまえが嫌ったいくつかを身に着けて おまえが願ったいくつかを諦めて おまえと誓ったいくつかを忘れてる

まさに、これが「オトナになる」ってことやんなぁと最近しみじみ感じる。

中学生の頃に描いた20歳の自分の姿と今の姿は、似ても似つかなくて。あの頃「汚れた考え」だと思ったいくつかを、「それもまた一つ」と受け入れていく。そんな、少し空しいようなネガティブ感覚を描いているのがいい。

でも、大人になることを否定的に描いているだけじゃない。そこがもっといい。

9.Bad Orangez

久しぶりのタイアップ曲。ちなみにタイアップ先のゲームは入れてみたけど、三日で辞めた。FPSっぽいゲームは空間処理が苦手だから無理らしい。

これ、めっちゃエモいよなぁ。本当に夕陽色の曲。いや、朝日色かもしれない。

ここでいう「お前」って一体誰なんだろうなってずっと思ってる。他にも「あの人」とか「アイツ」とかいろんな3人称が出てくるけど……。まぁ、そういう考察は、もっとガチな方にお任せしよう。

全体的にメロディアスなフローなんだけど、リズムが複雑でタカタカしてて小気味良い。最後のアウトロっぽいバースもめっちゃいいよね。

「西中島南方」は梅田の隣(?)の駅だけど、こういう知ってる地名出てくると大阪暮らしててよかったなと思う。「南方」と「皆味方」で踏んでるのは単純にめちゃ気持ちいい。子音踏みってやつだ。

10.Who am I

これもタイアップ曲。これも夕暮れ色だなぁ。あったけぇ歌。

バースをずっと同じような韻で貫いてるのいいよなあ。めちゃくちゃカタい訳じゃないんだけど、それこそ帰ってくる場所がある安心感みたいなのがある。

それと同時に、絶対飽きないフロー。これは全曲そうなんだけど、なんでこんなに多彩なんだ?と。聞くたびに新しいフローやってる気がする。引き出しが本当に多くて参考になる。

でも、この曲は特にサビに注目したい。珍しく全く韻を踏んでない。フックでも意地でも韻を踏みに行く(そっちの方が作りやすいっていう理由な気もしてるけど)Rさんが。

なんならこの曲Cメロもメロディなんだよな。

嫌味に見えてたこのビルの山も アイツやあの娘の愛してやまない故郷かも 

ここね。この後はちょっとずつラップに戻るんだけど。最初訊いた時は臨時記号も使ってるし、びっくりしたな。もうRも作曲家やなと。色々な意見あるかもだけど、できることが増えるってのはそれだけでいいことだと思う。

ラーメン屋の炒飯ってめっちゃ美味いじゃん?そういうことよね。

11.土産話

さぁ、遂に長かった記事もこれでラスト。長かった。疲れた。でもこの曲について語るためだけに、この記事を書いてきたようなものだ。

いやもう本当に、この曲がアルバムで一番好き。

「Lazy Boy」の更に解像度高くしたみたいな。本当にただCreepy Nutsの歴史を振り返るだけの曲。本当に、ライムがすげえ好きな俺なのにここまで内容がいいと、ライムの話とかしてる場合じゃなくなる。

Rも、このアルバムは特にカタいを売りにするより聞き心地とか言いたいことを優先している感じがする。と、言うと勘違いされそうだが韻は常にある。常に踏んでる。でも、「え!こんなに長い韻なの!?こんな数踏むの!?」って驚かせるような技巧的な、テクニカルなものをやろうとしてないって感じかな。ここまで聴き心地がいいと、それはそれでテクニカルなんだけども。

追記:関ジャムでも、昔は街中で見かけた単語でひたすら韻を踏むのをやっていたと話していたRさん。(それを今も継続してるかどうかは言及してませんでしたが)しかし今は、「この感情なんて表せるかな」と日常で得たフレーズをメモしてるそうです。そう考えると、ライムだけでなくボキャブラリーや表現力といった作詞家としての能力が益々上がっているのが分かります。

言ってしまえば単純な「成り上がり」の曲。そういう意味ではHIPHOPらしい。

しかしその過程として至る所に、彼らの軌跡が散りばめられていて。

今じゃ誰も思わねえ 俺達を助演と

こことか、本当に感動しますよね。私はまだ言うほど詳しくないから、きっとこの曲の半分も楽しめていないのだろうけど。逆に言えば、彼らの歴史をディグるほどにこの曲が楽しめるということです。

HIPHOPの文化それ自体がそういった魅力ありますよね。

アウトロでは、Rの個人時代の音源(「セカンドオピニオン」収録の「R.I.P」ですかね)がスクラッチされてますね。もちろん、DJ松永のトラックです。この時代から応援してる人にはたまらんだろうなあ。

エンドロール流すなら今 そんな瞬間で溢れてた  でも欲張りな俺ら ハッピーエンドのその先を見に来た
なぁ相方、じゃあこの先は?ホールにアリーナ? またデカい山  ガキ使にピザ? カウントダウン紅白 まぁ今年も年末空けとくわ…

そして、忘れてはいけません。この曲はしっかり未来も見据えています。

本当にドキュメンタリー映画のエンドロールにでも流せそうなほどのチルい曲ですが、普通なら「これで燃え尽きてしまうのでは?」と思えてしまうほど完成されたアルバムでしたが。

このハッピーエンドの先に、またどんな音楽を、どんな人生を、見せてくれるのか。めちゃくちゃ楽しみにさせてくれるのが彼らの凄い所だよな、とそう思えるアルバムでした。

結論、総じて良すぎた。


という訳で、これでレビューは以上です。気づいたら6,000字越えてた。前のレビューより長いって()結構切り詰めたのに……。

それでは今回はこの辺で。


Creepy Nutsが今後もっと売れることを願いつつ。

しかし心のどこかでまた紅白出られなかったら面白いなと思いつつ、



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