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「ポール・ヴァーゼンの植物標本」とシュトルムの「みずうみ」

年明けに「ポール・ヴァーゼンの植物標本」
という本に出会った。南フランスの蚤の市で、
箱に入った100枚ほどの植物の標本が
飯村弦太さんという日本人によって
見つけられた。この本は、その推定100年前
のものとされる植物の標本と堀江敏幸さんの
文章が収められたものである。
標本というものは、研究や記録が目的である
ことが普通らしいが、この標本は
ポール・ヴァーゼンという、おそらく
若い女性の手によるものであり、
植物はスイスやフランスの野山で採集され、
標本というよりは、楽しみのために作られた
繊細で美しい押し花のようである。
100年前のものと推測されていて、
色褪せている姿の中にも、かすかに色素が
残る部分もあり、印刷物ではあるけれども、
このような命の痕跡と時間の蓄積を
目にする奇跡をしみじみ思う。
この本に添えられている堀江俊幸さんの文章
も興味深く、植物採集から標本作りまで、
ポール・ヴァーゼン一人ではなく、おそらく
指南役がいたのだろうと推測されている。
もしかしたら、それは大切な人であった
かもしれない。
この標本が大事に保管されてきたのは、
彼女と親しかった誰かが、ともに過ごした
時間とともに、大切に保管したかったから
ではないかというようなことを書かれている。

この本を読んだ後に、なぜか「みずうみ」
という言葉が思い浮かび、そんなタイトルの
小説があったような気がして、検索してみると、
ドイツのシュトルムの短編集「みずうみ」が
見つかった。思いついたわりには
読んだことがなかったので、買い求めて
読むことにした。
「みずうみ」は美しい物語で、
幼なじみの女性が他の男性と結婚してしまう
という、物語としてはエミリー・ブロンテ
の「嵐が丘」にも似ているが、「嵐が丘」
のように激しい感情が描かれているのではなく、
感情は抑えられ、静かな幸せや悲しみを感じる
ような作風である。この2作品は、同じような
主題の動と静の違いがあるのではないかと思う。

「みずうみ」の物語の中で、ラインハルトと
エリーザベトが共に植物を採集して、
種類ごとに分けて標本を作り、彼が一番
好きな花を彼女が本に挟むという件がある。
そして、それには後に伏線が回収され
この本の中で一番心が深く揺さぶられた。
「あの花を僕にくれたのは誰でしたっけ?」
というセリフ。

それで思いついたけれど、シュトルムの
「みずうみ」は1800年代半ばに書かれ、
ポール・ヴァーゼンの標本が本当に1900年代
初頭に作られたのだとしたら、彼女は
「みずうみ」を読んでいたかもしれないと
思いを馳せた。
堀内さんの文章に「みずうみ」が言及されて
いたかどうか、読み返してみたが言及されて
いなかった。
でももしかして、堀内さんの心にはシュトルムの
小説「みずうみ」があったのではないか・・・。
空想しすぎかもしれないが、ふとそんなことを
思い、一人心躍らせていた。

わたし自身は過去にスイスを旅したことが
あり、アルプスの山でたくさんの高山植物に
出会い、採集はしなかったけれど写真に収めた。
今年早々にこの2冊の本に出会い、
またスイスアルプスで出会った植物の写真を
眺め、良い時間を過ごすことができた。
大切にしたい本がまた増えた。
また、この本の表紙の標本は
アルペンローゼではないかと推測されていて、
ヘッダーの写真の濃いピンクの花は
わたしが実際に見たアルペンローゼである。






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