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やりたいことはハッキリと分からなくとも生き残ることができたこと

皆様、いかがお過ごしでしょうか。1月ももうすぐ終わろうとしています。僕らの農場はモノが端境期に差し掛かったからか、少なくなってきております。しかし、だからといってやることがなくなるわけではありません。3月になれば蒔かなければならない、ないしは植えなければならないものが数多く出てきますのでこちらの準備も行わなくてはならないので気が抜けない日々が続きそうです。

また、イチゴの方も色々と問題があったりもしましたが、それなりに出来もあって、イチゴ狩りにお客が来て下さって非常にありがたく感じております。2年目でまだまだ足りていない部分が多々あれど、それでも足を運んで下さる方がいらっしゃることに嬉しく思います。

母や兄と最近話していまして、「やりたいことはハッキリと分からなくとも生き残ることができた」という感覚を覚えています。SNSなどを見ると個人農家さんが多く、ご自分の人生を通じてやりたいこと、実現したいことを持っているだけに正直な話、この場を借りて言わせて頂くと羨ましい感情に襲われます。「自分もこうなれたらどれだけいいだろうか」と考えることがよくあります。かく言う自分も今現在は見つかっていないだけで、このままやり続けていけば志を得るのかもしれないとは考えています。

そのタイミングは今年のどこかかもしれませんし、来年か再来年なのかもしれません。ただ、やりたいことが決まっていないということはやりたいことに縛られ続けて身動きが取れなくなってしまうリスクが少なく済む利点もありますし、そんな感情でいられる今だからこそ様々なことにチャレンジできると思いますし、とにかく今の自分にやれることをやっていく。こうした地道極まりない作業ばかりの毎日ではありますが、それが楽しく思えるタイミングも日々の業務の中で正直ありまして、それを訳も分からないような状態で作業に取り組んでいたことも若い頃にありましたけれども、その積み重ねの結果としてやりたいことがなくとも、ハッキリとは分からなくとも生き残ることができたようにも考えています。

「古泉さんもやりたい農法があるのならやればいいんだよ」と辞めた女の子のスタッフから言われたこともありましたが、僕自身、農場が生き残ることが大切だと考えてばかりだったので、やりたい農法も、やりたいことも分かりませんでした。正直、今になっても尚、やりたいことは見つかっていません。ただ、やるべきことは分かっています。業務改善や、今後やるべきこと。方向性が見つからない時においては「これだけはやってはならない」ことを決めておけば、道を踏み外すこともないのではないかと最近では考えられるようになってきました。その代わり、農場を通じて、農業を通じてやりたいことが見つかった暁には全力で努力を惜しむことなく取り組んでいきたいと心から思っております。


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