「異世界レトルト料理人~料理の鬼と呼ばれた男~」第1話

「こ、これは何という料理なんだ!?」
「食べたことがない!!」
「神童じゃ、料理の神が舞い降りた!!」

 どうしたものかと俺は腕を組んで唸っていた。眼の前では長耳族エルフ小背族ドワーフの人達が一心不乱にカレーライスを食べている。

「大将、アンタ最高だよ」
「うむ……そうか」

 俺は腕を組んで、適度に異世界人からの言葉に適当に相槌を打っていた。

「いや、とんでもないですよ……これって、どの王族が食べる料理なんですか!?」
「……いや、カレーは国民食だが」
「こ、国民食!? これが……!?」

 カレーライスって、日本の国民食だよな。子供から大人まで嫌いって言う人は殆どいない。俺も小さい頃からカレーライスは好きだったし、同年代の子達も好きだった記憶がある。

 今は30歳になっているがそれでも好きなのだ。

「こ、これが国民食なんですか!?」
「……天井の民の国民食……というわけか」
「凄まじいな」
「大将はやはり、天井から落ちた迷い人か……」
「はたまた、天にすら手を伸ばした傲慢……いや、料理の鬼とでもいうべきか」

 勝手にどんどん話が膨らんでいっている。確かにカレーライスは美味しいよ。

 でもさ、それを作ったのは俺じゃない。

 そして、お前達異世界人に振る舞っているのは……

――レトルト食品なんだけど!?

美味しそうに食べてくれるのは結構なのだが……それ、日本企業が作った、レトルト食品なんだよね。流石は日本企業と言った所だろうか。味に関しては間違いない。

 問題はそれを異世界で振る舞い続けて数年、俺が作ったみたいな感じになって一部で『料理の鬼』とか呼ばれ始めている事だけだ。

 俺は日本と異世界を行ったり来たりする能力等を持っていて、だから、異世界の人達に美味しい料理を食べて欲しくてレトルトでお店を始めたのだ。だが、コミュ障なので、中々言い出せず、何も言わなかったら俺が作ったみたいになっているのだ。

「こ、このカレーの寸分の狂いもない味付けはすさまじい」

 そりゃ、企業が作ったからね。機械で作ってるからね。味は完璧に同じだろうなぁ……

 あぁ。いつになったら本当のことが言えるのだろうか……

 ――産まれて30年、コミュ障な俺は困った

◆◆

 日本とは全く異なる発展を遂げている異世界。中世ヨーロッパに近いその世界、そこには魔法、魔道具、モンスター、ダンジョン、騎士、貴族、王様ありとあらゆる空想上の概念が存在している。

 その世界にはとある王国が存在している。名をバーバイド王国と言う、この国は異世界で最も大きい国である。

 大きすぎる故に貧富の差が激しかったり、1区から12区まで王国が区切られており数字が少ない区に住むほどに富に溢れていると言われている。

「あー、労働が辛い……」
「12区の俺達はいくら頑張ってもなぁ……1区に住んでる貴族たちが羨ましいぞ。うまいもの食いてぇ……」
「そういやさ……あの噂知ってるか」
「なに?」
「《《神の拠り所》》」
「なに、それは?」
「異常なほどに美味くて安い飯屋が……12区のどこかで偶に開いているらしい」
「そんな訳ないだろ。この12区に……」

 バーバイド王国12区、肉体労働によって身体を酷使した国民二人が休憩中にとある噂話を繰り広げていた。

「休憩終わったよ、お二人さん」
「は、班長」
「了解しました!」

 そんな二人の肩を、トンと叩く班長と呼ばれた男によって噂話をしていた二人は仕事に戻った。

 その後、日が落ち平民の者達は自宅へと帰ってく。その中で班長と呼ばれた男だけはこそこそ隠れるように後輩たちから離れていく。

 バーバイド王国12区、最下層とも呼ばれる場所を人目が付かないように『班長』が向かった先は、とある一軒家だ。どこにでもありそうだがボロボロと言うわけでもない。

 かと言って外装が途轍もなく綺麗なのかと聞かれればそうではない。どこにでもありそうな普通の出店の風貌だった。しかし、その出店に《《明かり》》が付いているのを発見すると班長は眼を見開き恍惚の笑みを浮かべる。

「開いてる……ッ!? 神の拠り所レトルトッ、の扉が開いているッ。週に一度か二度しか開かない事は知っているが、やはりここへの道が開かれひらかれていると興奮して来るなぁ」

 班長がその店に入ろうとすると、後ろから声をかけられる。
 
「班長!」
「ッ……後輩か。何のようだい?」
「い、いえ、いつも班長が一人でこそこそどこかに行ってしまうのでどうしたのかなって、後をつけてまして……すいません」
「儂としたことが全然気づかなかった。まぁ、しょうがないともいえるがね」
「あの、この店は……」
「お前さんたちが話していた……神の拠り所レトルトさ」
「こ、ここがッ!? こんなどこにでもありそうな店なのに」
「ククク、誰でもそう言うのさ。だけど、喰って見ればわかる。ここは、ヤバい。特別だ、お前さんにも教えてやるよ。ついてきな、儂が奢ってやる」
「え!? マジっすか!」
「ただし、この店の事は絶対に内緒だ」
「分かりました!」

 班長と後輩は店の戸に手をかけて、中に入る。中はカウンター席と個別席が五つ、外装は普通なのに、内装は綺麗で思っていた以上に広かった。だが、席はすべて満席。

 ごつい体に大剣を背負っている男、長い耳が特徴的なエルフの男性、小柄なドワーフ、あらゆる種族や多種多様な者達で席は埋まっている。

「あの、班長。ここって意外と人気」
「当然さ。人気なんてもんじゃない。どれ、運よくカウンターが空いてる、そこへ座るとしよう」
「あ、はい」
「さて……初めてならカレーにすると言い。丁度今日はカレーの日で、儂も今日はカレーが食べたいと思っていたところだ」
「か、カレー? それってなんですか?」
「そぉかぁ、知らなくても無理はない……だけどね、カレーライス、食って見ればわかる。意識が飛ぶぞ」
「え!? い、意識が!?」
「そうさ。《《大将》》! カレーライス大盛りで二つ、お願いします!!」

 班長が奥の方へ声でそう伝えると、特に誰も返事はしなかった。しかし、『後輩』には分かった。奥には誰かが居ると……

――そして、次の瞬間、後輩は世界が改変されたのではないかと錯覚するほどの衝撃を受ける

 圧倒的な嗅覚への強調的な香ばしい香りがするのだ。香ばしさと凝縮した食欲を掻き立てる増進的な匂い。嗅いだことのない匂いに期待感と驚愕度が高まって行く。

「な、なんですかッ!? この、香ばしく異様にそそる匂いッ」
「奥で、完成したのさ……神の料理がッ!」
「こ、こんな旨味のある匂いは嗅いだことがないですッ」
「匂いだけでそこら辺の料理とは格が違うって分かるだろッ、儂達はこれを食べるために働いていると言っていいッ、周りの連中も意識を保つのにやっとさ」
「え!? た、確かに全員口から大量の涎が出てますッ!?」

 店に居たすべての客達に果てしない食欲が滾る。滾る、只管に滾る。その欲を抑えられず、全員の口元から涎が滝のように零れ落ちる。しかし、全員店を汚さないように手を駆使し、なんとか落ちないように必死に誤魔化す。

 だが、後輩はまだ驚愕をする。先ほどの強烈な旨味の香りがここにきて、さらに強くなったからだ。

「ッ!? また香りが強く!? どういうことですか!? 班長!?」
「香りの元が近づいていたのさッ!」
「ま、まだこの香りには上があるのか!? 味わったらどうなってしまうんだ?」

 期待感を超えて、若干の恐怖すら覚え始める後輩だったが一体全体何が来るのか想像すらできない。故に瞬きすらせずに近づいてくる料理を凝視する。

「――お待ちどう……」

 奥から出てきたのは黒髪に黒目が特徴の青年だ。恐らくだが年齢は30代ごろだろうか。熟練の冒険者、覇道を行った剣士のように……何かを極めた強者つわもののようにその男の眼には、視線だけで誰かを説き伏せるかのような凄味を感じさせた。

 彼の腕は強靭に鍛えられた図太い腕が特徴的で、それが不気味でもあった。

「あれがこの店の大将たいしょうさんさ……」
「俺より年上でしょうか?……一区の有名な料理人は70才だったりしますけど……班長がベタ褒めするならそれくらいの方かと……」
「恐らく、年は30丁度って所だろうな……だが、年齢は関係ない判断をすると愚かと言うほかないだろうさ。《《料理の鬼》》は年齢なんて、才能なんて全てを嘲笑うように存在しているんだからな」

――料理の鬼

 そう言われた彼は次々と後輩と班長が来る前から居た客達に料理を配膳する。それは後輩が見たことがない料理であった。
 

――真っ白な白米、その上にはドロッとした茶色のスープのような物が乗っている。

「あれって……」
「――カレーライス」
「か、カレーライス……?」

 カレーライス。バーバイド王国に住んでいる後輩には馴染みなど一切なく、聞いたことも見た事のない。
 
 しかし、それも当然だ。まさに異世界人にとっては異界の料理と言えるからだ。カレーライス。日本と言う場所では国民食であった事など知る由もない。

 だが、班長はこの、神の拠り所レトルトに開店当時から通っている所謂常連客。カレーと言う存在のルーツやレシピについて走らないがどんな料理なのか、見た目と味については把握している。

「妙な名前だろ? 茶色のドロッとしたソースのような物が、ライスと言う食べ物に乗っている」
「ライスって……」
「この辺りじゃ、そもそもライスを知らない者が多いからね。その反応は仕方ない……だけどね、不思議なんさ。視た事も聞いたことも味わった事もないのに、一度食っちまえばそれの虜になる、それだけじゃない、今まであれを嫌い言った人間を見たことがない」
「えッ!?」
「まぁ、あの大剣男を見てな。大将の料理を喰った様を見れば納得する」

――大将と呼ばれた男が大剣を背負った男の前にカレーライスを置いた。

「カレーライス、大盛りだ」

 綺麗な白銀の大皿の上にはこれでもかと山盛りにされた白米。そして、その上には大量の茶色のドロッとしたソースが乗っている。ホカホカの米とカレーに湯気が立ち昇り、それが隣にいる後輩の鼻の奥をこれでもかと刺激する。

「ご、ごくり……」

 ジッと、隣に入る剣士を見る。班長と後輩、二人の左側にして同じくカウンターに座る大剣を背負った屈強な男。彼はおかれた瞬間に右手にスプーンを構えて、カレーライスをすくう。

 そして、それを口に放り込んだ。

「ッッッ、う、うまぁいぃぃ、はふ、はう、あついけど、うまいくて、とまらないッ」

 屈強な男からは想像もできないほどに、だらしなくせわしなくカレーを口に運び続ける。出来立て熱々だがそれすらも気にせず、一心不乱にただ食べることだけに意識を集中している。

「か、顔がにんまり笑顔になってますッ」
「あんな渋そうな風貌の癖に大将のカレーにかかれば一瞬で子供に逆行するって訳さ。さて、そうこうしてる内に儂達にも届きそうだ」

 大将が次々と残りの客に配り終える一歩手前。

「カレー、二人前だ」

 一人の客に対して、二人前の大盛りを出す。

「三人前だ、こっちは四人前だ」

 一人の客に対して三人前の大盛り、四人前の大盛り。一人で食べきれるのかと後輩は疑問が浮かぶが逆に言えばこれほど大量に食べたいと思う程に美味しいのだと推測をする。

 余計に期待感が上がる。カレーの香辛料の鋭くも旨味の香りが既に鼻を伝って、全身に広がって行くようで我慢の限界だったのだ。

 後輩と班長、それ以外の客にはカレーライスが遂に届き終わった。そこから、次は自分達だと分かった。そして、その予想通りに二人の元にもカレーライスが訪れる。

「お待ち……カレーライスだ」
「ッ!?」

 屈強な腕が図太い鍛え抜かれた男から差し出された銀色の皿。その皿の上の料理は男と同じように謎の威圧感を放っていた。

「こ、これがカレーライス……」

 半月のように茶色のカレーの世界と、白米の白銀の世界が分かたれているようであった。米は一粒一粒が光っており、自己主張が激しい。しかし、それに負けないカレーのルー。

 彩としてはバッチリの朱色のニンジン、煮込まれた事によって黄色のとろとろになったゴロゴロジャガイモ、そして、食べなても分かるほどに柔らかい肉。スプーンを肉に軽くぶつけるとプルプルとスライムのように震えていた。

 淀みのない白銀と、茶色と材料たちの二つの世界について、香りが語っている。

 これは旨いぞと……。

 銀色のスプーンを手に取る。鏡のように美しい反射をするそれにはただ、美味いもの食いたい、後輩の顔が映っていた。

 ゆっくりと白米とカレーを掬う。ゴロゴロなジャガイモも一緒にどんな味なのかと、期待と不安を入り混じらせて口に運んだ。

 そして、それが口に入ると旨味の強襲が舌に走る。

「……ッ!?」

 味の感想を言う暇もない、そんな暇を言う暇があるならもう一口、この旨味の大海に沈みたいからだ。

 再び、掬う。サクッ……そして、口に入れる、パクッ。

「……ッ」

 それを繰り返す。声を出す暇もない、呼吸すらも忘れてしまう程に、只管に美味しい。舌にヒリヒリと辛みが徐々に押し寄せてくるがそんなことはどうでもいい。

 食べ続ける後輩……そして、ふと我に返った時に彼は驚愕する。自らの皿から半分以上のカレーライスが消えていたからだ。

 それを見計らたように班長が話しかけてくる。彼の皿からもカレーは半分消えていた。

「旨いだろ。カレーライス」
「う、美味いなんてもんじゃない!!」
「誰にため口してるか、分かってるのか……まぁ、今日は許そう」
「こ、このカレーって言うんですか?! 上にかかっているこれはドロッと粘り気があって、ライス……? というのと凄く絡んで一体化しています!」

 カレーの粘りが白米にかかり、それを一緒に食べると強烈な旨味が後輩の口で爆発をした。彼はそれを思い出す。

「カレーって言うのは香辛料を多く使っているか、旨味が何層にも広がっていると言うか……でも、これを何味なのかと聞かれると他の例えば思いつかない。まさにカレー味とでもいうべきなのでしょうか!?」

 そして、下をひりひりと襲った辛み。

「辛いのが、痛いのが心地よいとされるほどに美味い。綺麗な優しい絡みが余計に食欲を増進させるんですッ。でも、辛すぎない!! 辛いんですけど! 多分、このライス、というのが若干の無味に近い甘みの小粒だから余計に上手いのかもしれないですけど!!」

 何種類もの香辛料からなるスパイシーな味と香り。それでいて優しく親しみすらわいてしまう。辛い煮込み料理と言う例えが正しいが、しかし、後輩はそんな表現をしていいのか迷う。

「これを……このカレーライスと言う料理の味を表現できる術を俺は知らないッ。そして、この芋だよ! なんてゴロゴロしてるんだ、ほくほくでジュわりと旨味が溢れる。ニンジンのシャキッとした食感の甘味。そして、肉汁溢れる肉!!!」

 味だけが驚愕すべき点ではない。このカレーライスと言う料理、具が大量に入っているのだ。しかも、それぞれがクオリティがそんじょそこらの料理とは段違いなのだ。

 ゴロッとしたジャガイモは中はホクホク。一つ丸ごと口に入れると熱くて、直ぐには食べられない。しかし、口からは出したくはない。ゆっくりとハフハフ冷ましながらゆっくりと噛み砕くと

 割れた断面にカレーのソースが染み込んで、それもまた旨い。そこに米をかきこむと炭水化物たちが口の中で手を取り合って踊りだす。

 つまり、美味いのだ。

「このトロトロの玉ねぎ? は凄く旨い。形なんてほぼないですけど……それでいい!! それが美味い!! もう、溶けてなくなっているのが表現としては正しいのでしょうけど、いや、旨味が染みついている!! このカレーに!!」

 玉ねぎは既に旨味だけを残して、舞台から消えたエキストラとも言える。しかし、それでも旨味の主張をしてくる。お前が居なければだめなんだ。

 消えていても、見えづらくても居ることで味の深みが違う。ただ、香辛料の辛みから旨味を出しても勿論美味しい。しかし、そこに野菜の旨味があればそれらが掛け算されるのだ。

 つまり……超うまい。

「ニンジンは歯ごたえを残しつつ、甘みを感じれて旨い!! カレーの辛さとは反対の甘味なのに互いに喧嘩をしない見事な立ち回り……これが無くてもいいのかもしれない。でも俺はニンジンはないといけないと思うッ!!」

 ニンジン、甘みが独特だがカレーとは全然喧嘩をしない。気付いたら掬って食べていた。それほどに美味いのだ。

 つまり……超特大旨いのだ

「そして……このお肉だ……豚、その角煮……? モンスターで超高級食材のブーブーバーンの肉かと思ったけど食べたことが無いから分からない!! でも……多分違う……と思う。多分……もっと上の上位存在だ!! この肉をこれほど大量に一皿に乗せてくれるなんて……太っ腹すぎる!! だけど、一番はそこじゃない!! このお肉がとんでもなく柔らかい!!!」

 後輩が強一番の熱弁をする。

「このお肉、脂身とそうじゃない所が容易くスプーンで切れる……。ふつうお肉って繊維通りに斬れば余裕で切れるんだ!! 脂身とそうでない部分が層になっているとき、その繊維にそればスプーンでも斬れる!! これは当たり前なんだ!! だって、繊維にそれば切れるんだから!! それを自慢するしょうもない料理人が一区にも居るけど……このお肉は次元が違う!!」

「――このお肉は脂身を上から、繊維に逆らうようにスプーンを縦から入れてもホロホロと割れる!!! スライムのようにッ!!」

「ブリんブリんな肉から溢れる旨味の汁、これがジューシーでプロの仕事を感じさせてくれるッ!! これは……ヤバいッ!! コクのある辛さにこの肉汁が一緒に合わさるとこれは……犯罪だ!!」

 肉が旨い。角煮カレーと言われてる存在なのだが……肉が大きい。こんなに嬉しいことが他にあるだろうか。

 とでも言っている、肉が言っている。そして、生きが良い、生きているスライムのように脂身の部分がブリんとしている。ブリんとしている癖に既に簡単にスプーンで弾けて、口の中で砕ける。

 砕けたら旨味爆弾でテロにあってしまう。

 つまり……超絶特大旨い

 あらゆる食材が調和し、そして、具が異常に大量に入っている。それらすべてに後輩は驚愕をしている。

「それが大量にあるなんて、もう一種のテロだろ!!!」
「落ち着け。後輩」

 班長が大声を上げる後輩の肩に手を置いた。気付いたら後輩は大声で料理の感想をマシンガントークのように、得意ジャンルが会話ネタにやってきたオタクのように語ってしまった。

 反省をし、大声を出したことに周りの客に頭を下げながら残りのカレーをかきこむ。

「あ、あの、このカレーライス凄く美味しいのですが……こんなに旨いのに値段とか安い訳が……俺、給料が少なくて。これほどの料理が味わえたのは感動ですが払えるか……」
「ここに初めて来た客は全員その心配をする。だが、安心しな。儂のおごりだ。それにここは異常に安い。これ一杯で100ゴールド」
「100ですか……え!? 100ゴールド!? これが!? この一杯で!?」

 一回100で飲み込んだがあまりに安すぎる値段に、可笑しい事に気付いて再び大声を上げる後輩。

「で、でも!」
「でもじゃない。ここはそう言う店なんだ」
「あ、あり得ない。こんなの100万ゴールドだって出す貴族いますよ!!」
「ははは!! かもな!」
「いや、笑い事じゃないでしょ。ほれ、一回大将が持ってきてくれた水を飲んで落ち着け」
「あ、いつのまに……」
「カレーを食ってヒリヒリした下に冷たい水……染みるぞ。しかも、無料だ」
「水が無料!?」

 透明なプラスチックなコップに美しい透明な水が入っている。思わず後輩は水が綺麗で透明過ぎて、入っていないのではないかと思ってしまったほどだ。

「ゴクリ……」

 出来立ての熱さ、カレー本来の辛みのある味付け。旨味の連鎖を一心に受けた舌に恵みを落とすが如く、水が落ちる。

 舌だけでなく、喉すらも軽快に駆け抜けて水は消えていく。消えていくまでの時間が優しかった。冷たい水が染みていく感覚が、大地の恵みのありがたさを感じる。

「あ、この水も……」
「水一つとっても他とは違う」
「……ここまで透き通った水も早々ないですよ。『清々たる妖精の泉』でも、ここまでの透明度は……店主って何者……」
「儂達の間じゃ……《《料理の鬼》》、あるいは《《神の代弁者》》なんて呼ばれてる」
「料理の鬼……神の代弁者……」
「まぁ、それは追々な。それで、お代わりはどうする。儂が奢るが」
「た、大将! 俺、お代わりします!! 二人前、大盛りでカレーライスを!!」

 そう言うと再び大将が、注文後、すぐにカレーライスを持ってきてくれた。すぐさまそれを食べようとする後輩。

 ――しかし、食べる前に後輩には疑問がわいた。カレーライスと言う料理が如何に旨いか。途轍もない料理なのか。そう、それ故に――

――どうやって、これほどの料理が迅速な速さで自身の前に現れた……?

 大将に注文をして、大将がカレーライスを差し出すまでの時間が合わない、と言うよりあまりに提供時間が早過ぎるのだ。

「は、班長……この肉かなり煮込まれていました……。提供時間、最初に注文をして、届いた時間は……大体俺達が店に入ってから3分ほどじゃなかったですか!?」
「ハハハ……よく気付いたな。それが大将の凄い所さ」
「も、元からあった……作ってあったとか?」
「《《それは違うぞ。坊主》》」

 元から作ってあった料理を出した。それならまだ納得が出来る……しかし、後輩の祖の推理に大剣を背負った剣士が違うと言い放つ。大盛りカレーを食べ終えた彼の銀色の皿が輝いていた。

「坊主、一つ聞こう。お前が店に入った時、このカレーライスの匂いはしたか?」
「い、いえしてないです」
「作り置きしていたら匂いが多少は出るだろうな。だが、あの匂いは……唐突に俺達に届いた。あとは……言わなくても分かるな?」
「ま、まさか……これを数分で造ったって言うんですか!? あ、ありえない。だって、こんな柔らかいお肉とか、どうやっても! 一般の料理店が普通の料理を出すだけでも数十分かかります!!! このクオリティを維持しながら三分!? あり得ない!!! 一区の料理人、貴族や王族達でも数時間以上、いや、ここまでなら数日はかかります!! そもそも作れません!! 人の手がいくらあっても!!」
「――だからこその、料理の鬼なんだよ。坊主」

 大剣を背負った男のその一言に後輩は黙る。料理の鬼。

「たった一皿、それに全てを込めた男……それを称えて俺達は」
「儂達は」
「「――料理の鬼と呼ぶ」」

 きっと、その日の事を後輩は忘れないだろう。カレーの香辛料による発汗作用も相まって、帰りの道は興奮冷めやらなかった。

 ちなみにカレーのお代わりは全て食った。

 あー、今日も俺がレトルト食品を出していると言えなかった。まぁ、そもそもレトルト食品って何って? 感じだろうなぁ。異世界人には馴染みなんて絶対ないだろうし……

――でも、馴染みはないのにこの世界の住人って、日本人と味覚似てるんだよなぁ……だから、味が受けやすい

 それにしても、今日は見ない顔をの男性が居たな。常連の隣に……居たけど、一人で切り盛りしてたり、提供時間に驚いてたけどさ。

――そりゃレンジで温めたのをそのまま出してるからね。

 企業が作ってくれたのそのまま出してるだけだし、『豚角煮具材ゴロゴロカレー』は旨いよ。企業が作ってるんだもん。

 あと水も美味しいって言ってたけど業務用スーパーに売っている奴を出しているだけだし。やっぱり異世界って生活し辛いのかもしれない。

 俺は転移能力と食材を無限に複製する能力を持っているから全然苦じゃないし。家にも帰れるから全然平気だけど……あっちの人からすれば毎日が大変なのだろう。

 まぁ、最初はそう言う人に美味しい物を食べて欲しいから店を始めたんだけどさ。気付いたら神の代弁者とか、料理の鬼とか、色々言われてる。

 色々質問されてさ、コミュ障だから、オドオドしながらカレーは日本の国民食って言ったら……天井の民の国民食カレーとか言い出すから困る。

 本当に困るなあ……。でも、コミュ障もそろそろ治さないといけないかぁ……まぁでも、別に今のところ実害とかもないし……とか思っていた。

 しかし、次の開店日……

「――て、店主、このような食べ方を強いるとは恥を知れ!!」

 不味い、初めて実害が出た……

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?