【小説】Biblio Short Story〜 小話 本選び〜
「なぁ、なぁ、なんか怖い本読みたい」
「お前の場合、読みたい、じゃなくて、聞きたい、だろ?」
「せやかて、読もうとすると眠くなるんやもん。ちーさんが話してくれる方がおもろい」
にかっと笑い、そんな風に言われて、まぁ、悪い気はしない。
「ってお前、前、怖いの嫌って言ってたじゃん」
だからこっちは本を選ぶのに苦労してるっていうのに。もちろん自分の趣味の本はどんどん読んでいる。でも気づいたらこいつに話してやる本を、いつも頭の隅で考えている。本棚を散策していても、目の端に、話しやすそうな、それでいてこいつの希望に合う本を探してしまう。
そんな苦労も知らぬ無邪気な顔でこの猫口の関西人はアイスクリームも齧っている。そして色素がそのまま残った不自然な口で言う。
「わかってへんなぁ、ちーさんは。今は夏やで?」
「は?」
「夏やって言うてんの!ノーリョーや!」
ああ、きっと、また漢字じゃないんだろうな…。
口の中が不自然に赤い。
ふと思いつく本があった。
「お前、本当に怖いのでいいって言ったな?」
「ひつこいなぁ、ちーさんは。粘着質はモテへんでー」
「怖いのでよければ、話してやりたいのはあるよ」
「ほんま?なに?聞かせてや!」
「明日な。ちょっと前に読んだ本だから、さすがにそらでは話せない」
「もー、焦らすやん、いけずやわー」
そんなふざけておけるのも今のうち
怖がっても話すのやめてやらないからな
「ほな、また明日!」
アイスを食べ終わった川場が、赤く染まった棒をゴミ箱に放る。
「ひひ、俺、午後はプールやねん!」
小学生でもあるまいに
昼イチの体育の何がそんなに楽しいんだ
粕田の返事を待たずに、バタバタと部屋を出ようとして、ふと振り返る。
「明日、楽しみしとるからな!」
満面の笑みで細い目がさらに細くなる。その下で妙に赤い舌がちらちら動いて見える。
まぁ、楽しみにされているのに悪い気はしない
軽く手を上げて返事をした粕田。脳裏にはあの本の表紙が浮かぶ。
今日は、少し早く帰ろう
そうしないと、うっかり徹夜になってしまうかもしれない。これでも進学クラスの受験生。それだけは避けないと。
まぁ、あいつには関係ないだろうけど
プールにはしゃいで飛び込んでいく姿を思い浮かべ、少しだけ羨ましいと思った。
→続く
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