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自分を置いてきぼりにしないための色と音

「私、人の声が音楽になって聞こえるの。末次さんの声は、フルートかな」

そう話す音楽家の友人の言葉にドキッとしました。

全く考えたことがなかった表現、感覚。「あの人からはドラムの音がするし、あのひとからはピアノが聞こえるし…これまでこの感覚を共有できたのって一人か二人くらい。みんなは聞こえないんだよね?」

聞こえない・・・。聞こえないけど、そういう感覚を持つ人に出会ったことがある。いわゆる「共感覚」についての思い出が自分にもあることを思い出しました。

共感覚(synesthesia)は、「一つの感覚の刺激によって別の知覚が不随意的(無意識的)に引き起こされる」現象である
文字や数字に色がついて見える(色字)
音に色を感じる(色聴)
味に形を思い起こす
痛みと色がリンクしている
色を見ると音を感じる

https://hoiku.mynavi.jp/contents/hoikurashi/child-care/knowhow/5491/

イギリスの詩人、クリストファー・ワードは、コントラバス→褐色、金管楽器→黄色、木管楽器→澄んだ緑色、、、などなど、「楽器から色が聞こえる」と述べ、

抽象画で有名なカンディンスキーは、ライトブルー→フルート、ダークブルー→チェロもしくはコントラバス、黄色→トランペットなど、逆に色から楽器の音を聞いたという話があります。

百人一首でも「ちはやぶる」の札は〇〇色、「せをはやみ」の札は△△色など、色で文字(札)を感じている人の言葉もよく聞きました。

おもしろい。

私にはその共感覚はないのですが、考えてみたら、白と黒で描かれる自分の漫画は「緑に見える」と思っているのです。

正確には、「緑の雰囲気で覆われている。覆われていたいと思っている」

緑。

デジタルになっても線画も枠線も黒で描いているわけですが、その黒い描線を見ながら「でも薄い緑に覆われている」とどこかで思っている自分の頭の中。

そう思うようになるにはきっかけがありました。

自分の絵を見たときに、大学時代の先輩と話したことが思い出されるのです。

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「漫画の方から緑色の感じがする」

大学生の頃、何度か雑誌でまんがの読切を書かせてもらって、短編を集めた読み切り集を出させてもらうことになりました。

それまで白黒の原稿しか描いたことがなくて、カラーイラストの経験があまりなかった私に、当時の担当さんは言いました。

「単行本はカラーの表紙がとにかく命だ。いいのが描けるまでどんどん持ってきて」

無名の新人の単行本を売ってあげたい担当さんの言葉は正しかったのですが、描き方はぜんぜん教えてくれません。

なんの画材を使ったらいいのか??紙はどれを選んだらいいのか?どうしたら「いいの」が描けるのか???

わからないながらに画材屋さんに通い、紙を買い込みインクを買い込み、本屋さんに並ぶ美しい表紙の本を目を皿のようにして観察して、当時住んでいた金沢八景(横浜市)から講談社(東京都文京区)までイラストを見せに片道1.5時間かけて通っていました。

でも「こうじゃない」「まだまだ」「なんか足りない」とリテイクに次ぐリテイク。

殺意。

(嘘。今でも尊敬してます。でも技術もやり方も教えてくれなさすぎと恨んでました。編集さんは「絵に関しては素人」というのをその頃まだ知らなかったのです)

どんどん何を描いていいかわからなくなり、大学の部室(文芸部)で落ち込んでいました。でも文芸部の先輩は誰もいいアドバイスなどできません。そりゃそうだ。文芸部だもん。

何を描いていいか、なにが悪いのかわからないなりに、この色は使いやすいな、と思う色を発見していました。それがサーモンピンクでした。

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とても使いやすい色でした。肌にも髪にも背景にも、カラーインクで好みに配合して作ったサーモンピンクをベースに塗ってから、もう少し濃いめの色を足していくと、そこそこ難の目立たない絵になっていくような気がしました。

その「得意色」と思えたサーモンピンクに頼った絵を描き、最初の単行本を出させてもらい・・・結局それからしばらくはどのイラストもサーモンピンクで乗り切っていました。

大学では文芸部と掛け持ちして美術部に入っていたのですが、美術部でなにか具体的に活動するには漫画を頑張りすぎていた自分。

ある時私が漫画を描いているということを知っている先輩が「単行本読んだよ」と大学で話しかけてくれました。

細身で背が高くて、いつも部室で大きな絵を描いている2歳年上の先輩でした。

B4サイズの絵までしか描いたことのない私から見たら、身長ほどもあるキャンバスに取り組み油彩を描く人は「別世界の人」。そんな人に、素人に毛が生えた程度の自分の作品を見られる恐ろしさに震えました。

でも悩みを打ち明けるならこの人しかいない、とも思いました。料理を尋ねるなら詩人より料理人。絵を尋ねるなら文芸部より美術部です。

「カラーイラストが難しくてどうにもならないんです」

「カラーイラスト?水彩の?」

「色が全然いい感じに扱えなくて、サーモンピンクにばっかり頼っちゃってます」

これまでボツになったイラストや単行本に載せてもらったイラストなどを見てもらいました。最初は青も黒も緑もいろんな色を使っていたのに、ボツを繰り返しもらうことでどんどん使う色が減っていく様子が見て取れました。

それはまさに「自信が減っていく」様子のようで、見せている自分も情けなくなってきました。

「あー、こういう色・・・少女漫画っぽいよね」

「ですよね」

「少女漫画なんだからいいんだと思うけど・・・、でも飽きるよね。見てる方も描くほうも。色相って知ってる?」

高校の美術で習って言葉だけ知っていた「色相」。考え方は分かっていても使い方のわからないあの円環の図が浮かびました。

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「サーモンピンクが使いやすいんだったら、それを起点に色を組み立てるといいんじゃないかな」

「どういうことですか??」

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サーモンピンクと相性のいい色は、赤や黄色や茶色など、暖色系の色だということはなんとなくわかっていたので、それはよく使っていたのですが、先輩の言うことは一味も二味も違います。

「色相の反対側の色・・・サーモンピンクの反対側って水色とかなんだけど、それを合わせるのはまだ難しいから、サーモンピンクを12時と考えた時の3時と9時の色を使えるようになるといいと思うよ。薄い緑と紫とか」

「緑と紫・・・・!!!そんな全然違う色を3色も使えません!!」

もうずいぶん失敗してきているのです。サーモンピンクと緑と紫がどうやっても同じ紙の上で戦争になる気がして、結局混ざって魔女の作った灰色の液体になる気がして震える自分がいました。

「末次さんは、緑を使えるようになるといいと思うよ」

「え、紫より緑ですか?まずは」

「まずはっていうか、漫画の方から緑色の感じがする

「漫画の方から??」

「カラーイラストは全然これからなんだと思うけど、末次さんの漫画読んでると、ふわーとした薄めの緑色が見える。たぶん合うんだよ。画風に」

「漫画って、黒いのに?」

「小説とかでも作家さんで持ってる色が違うじゃん。そういうのない?」

考えたこともなかった感覚でした。

「サーモンピンクといろんな緑が使えると、それすごい奥行きとみずみずしさ出るでしょ。緑が使える人になるといいね」

私は共感覚があるタイプでもなく、あっても微弱なくらいですが、その先輩の言葉は強く強く心の中に残って、いつのまにか「私の漫画は薄い緑色なんだ」と思うようになっていました。


カラーイラストはそれからもずっと試行錯誤を繰り返し、画材の変遷も繰り返し、それは今も変わらず苦しい修行の日々です。

でもふと手元を見ると、サーモンピンクとそれに近い色だけでやり過ごしていた頃からは想像もつかないほどに、いろんな色を手にとるようになっていました。

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「君からはこんな色を感じる」

「君からはこんな音が聞こえる」

人間は自分のことを知ることが一番難しく、一番不得意です。

自分と向き合うことを忘れて、なのによく見せようとすることばかりに必死になります。

そのあいだ置いていかれているのがきっと「自分の音、自分の色」なのです。

そのことを、ふとした瞬間に思い出させてくれる人のことを、わたしは人の形をした小さな神様のように感じます。

フルートを吹いたこともないのに、「末次さんの音はフルート」と聞いた日から「私って、フルート!」と思くらいに単純で呆れますが、自分を置いてきぼりにしがちなわたしたちに、時々神様が「私からはこう見えるよ」と教えてくれてるのかもしれません。

でも同時にこうも思います。
自分の音も色も、私たちはほんとうは自分で見定めてもいいんじゃないでしょうか。教えてもらった色に助けられてここまできたけれど。

この色でありたい、とこれから先自分で決めるならどんな色になるでしょう。

願わくばそれが、他の誰かからも「似合うね」と言ってもらえるものでありますように。


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