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デザインの観点から見直したら名作が神作になった「グッド・ウィル ハンティング」①

皆さんこんにちは。
これから先に出る単行本のために何点かイラストが必要になり、何を描こうかなと考えていた最近です。

イラストを描くということをいつも一生懸命考えてはいるけど「なんとなく」の域を出ないままできました。

でも、やっぱり思うんです。もうちょっと確かなスキルが欲しい。

そんな思いでデザインの本をいろいろ読んでいました。

ライン、シェイプ、明度、色、光、カメラ、構図・・・どの章も「真面目に考えたことなかった」と手に汗握りながら読み進めました。どの角度からもハッとさせられる重要な要素が切れ味よく並んでいます。

「言わんとすることが『響く』のは、伝えようとする内容と、その伝え方が一致したときだ」

その通り過ぎて呼吸ができません。

どの要素も大事だとわかるのに、じゃあどうすればいいのかがわからないんですヴィジョン先生(仮名)。

真面目に学ぼうとするわたしに、ヴィジョン先生(仮名)のアドバイスが目に入ります。

「見たことのある映画の音声をオフにして、シーケンスを分析するのが一番だ」

ほう・・・?

「カメラがなぜそのように使用されたかを理解するには、その内容を知っている必要がある」
映画の一コマをラフなサムネイルで小さく描こう。きっちり、綺麗な絵を描く必要はない。より多くの気づきを得て、たくさんのアイデアを蓄積する方法として、サムネイルは一番だ」

やってみよう。
物語をすでに知っている映画で。

せっかくだから、本当に好きな映画でやってみよう。

そう思って、今回久しぶりに見返したのは「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」でした。

【あらすじ】
映画『グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち』(1997年)
スラム育ちのウィルはMITの清掃員。黒板に張り出された難問を解いた事で人生が変わってゆく。数学者のランボー教授とショーンのカウンセリングで人間的にも成長して行く感動のヒューマンドラマ。

◆◆◆

映画公開時に映画館で見た記憶があり、その時から何度か見て好きだった作品ですが、今回の鑑賞は20年ぶり。
「映画をデザインの目線で学ぶため」という目的がなければ再生ボタンを押せなかったかもしれない、と思いながら。

大好きだった記憶があるからこそ見返すのが怖い、そんなことってありませんか。

20年経って見返したら「なぜあんなに好きだったのかわからない」というふうに、時代や価値観の変化・自分の経験の蓄積で「好きだったものが陳腐に見える」ということがこれまでも何度かありました。

でも、今回流し見などではなくしっかり見て、想いが確信に変わりました。これは本当に、時代を超えて行ける名作であると。

そしてヴィジョン先生(仮名)の言うとおり、カメラアングル、色彩、焦点、明暗、ラインを意識しながら見ていると、これまで気づかなかった観点からも、隅々まで語り手の意思が示されていることを感じました。

グッド・ウィル・ハンティング、マジやべえ!!!!

構図や色彩が象徴的だったシーンを10点に絞り、ラフなサムネイルを描いてみました。

◆◆◆

①除幕
万華鏡のようなレンズで映し出される主人公ウィル(マッド・デイモン)の学問の没頭する姿。自宅は本の散乱する多角形の部屋。暖色で自分のしたいことをしている空気が流れています。

②親友のチャッキー(ベン・アフレック)が迎えに来る毎朝のルーティン。この映画は全体で青と赤を意識的に配置していて、全部計算ずくかと今回びっくりしました。
このスタートの斜めに平行線の走るラインどりとブルー基調の色彩は、言うなれば「退屈」。あっそうなんだ、と今回初めて気がつく表現です。

チャッキーの影まで並行に伸びてるんですよ。計算され尽くしてる。

③MITの清掃の仕事中のウィルは黒板に張り出された問題を見つめて、家に帰って解き始めます。そしてまた仕事中に誰もいない隙を狙って、答えを書き始めた場面がこれです。
ウィルは100万人に1人の天才的頭脳の持ち主。独学で難題を解いてしまいます。
消失点がバッチリ感じられる一点透視で奥にいる大学の数学教授ジェラルド・ランボー(ステラン・スカルスガルト)に認めらる瞬間。
ウィルの運命が方向性を持って動き始めることが、この奥行きのあるカメラワークで示されいます。

④ハーバードの大学生スカイラー(ミニー・ドライヴァー)と知り合い距離を縮めていくシーン。赤い電飾が印象的で、スカイラーとの時間はいつも温かい刺激に溢れていることがわかります。スカイラーは聡明でユーモアもある女子。恵まれてるわけではなく、死んだ父の遺産で一生懸命学んでいる真面目な学生で、ウィルにとって特別な女の子になっていきます。

⑤ランボー教授の大学時代のクラスメイト、ショーン(ロビン・ウィリアムズ)との出会いはとても大きい。刹那的な犯罪を繰り返すウィルにカウンセリングを受けさせる中で、ショーンが愛した唯一の妻の話をたくさん聞くところ。その時間はとても公平で温かいものであることがアングルや色味から読み取れます。

⑥一緒にカリフォルニアに来ないかと誘うスカイラーに、彼の不安が吹き出す場面。ウィルはスラム育ちでここから一歩も出た事が無いのです。継父に煙草を押し付けられて殴られて育ったため、愛を信じるのが怖くてぶつかってしまいます。
喧嘩別れしてしまい、たまらず泣き出してしまうスカイラーの部屋は印象的な赤さ。


⑦ここ一番好きなシーンなんですが、親友のチャッキーとの会話の場面。
肉体労働の日々で、気心の知れた友達とつるんで自分はそれでいいんだと生活を変える勇気を持たないウィルに、チャッキーが考えていることを言うところ。「自分には無い才能がウィルにはある。もし50年後ここに一緒にいいたら殺す」
彼なりの愛が示されるシーンは、広々とした空とビル解体現場の埃っぽさが角度のない真横からのアングルで映されて、対等な2人であることが伝わります。

⑧ここも好きなシーンです。
ショーンとランボー教授が口論するシーン。企業に就職させてウィルの才能を生かしたいランボー教授と、「あの子はいい青年だ。自信をなくさせるようなことをするな」と守ろうとするショーン。才能のある大の男が2人してウィルをめぐって言い合っている。ウィルの未来を考えている。めっちゃ愛。このシーンに出くわしたウィル、絶対嬉しいんですよ。
才能も同等であろう同級生のライバル学者2人の口論は、もちろん真横からのアングル。公平と公正。
ウィルをめぐって言い争うことで、お互いのわだかまりも解けていきます。

⑨最初から最後までショーンの服はコットンとニットで、温かさと肌触りの良さが伝わってくるものでした。
ウィルの本当の恐れを「君は悪くない」と何度も何度も伝えることで溶かしていくシーン。じっくりしっかり2人の信頼が結びつくのを見せるカメラワークです。温かい色味と真横からのアングル。

⑩友人たちがみんなで手作りしてくれたボロい車は赤。ずっと乗せてくれていた青のシボレーから赤い車に乗り換えて、カリフォルニアの大学に進んだスカイラーに会いにいくウィルを映すカメラは奥行きのある遠近法。
青→赤への彩りの変化に込められた成長の物語でした。


物語というのは強力な推進力で観客の心を「この人物はどんなキャラか」「これからどうなるか」に引きつけます。だから初見ではなかなか「何がその推進力を産んでいるのか」に気がつかない。

すでに物語を知っている映画で勉強しろ」とヴィジョン先生が言ったとおり、「この映画には何が隠されているだろう?」という視点で見ないと気がつかない装置が映画には溢れていました。

そのデザイン分析だけでこの長さになってしまいました。

しかし、今回また見直して、この物語の素晴らしさをより一層染み入るように感じることができたのは、時代の波とたくさんの言論空間の経験のおかげだと感じました。
20年前はまだ言語化できなかったことです。
わたしがこの「グッド・ウィル・ハンティング」に今抱く感想を書いていくので、よかったら「その②」も読んでください。


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