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親の心子知らずそのままの夏のキス妖怪
8月も下旬。
さてそろそろ寝ようとベッドに横たわったら、隣に来た5歳のWちゃんが不思議なことを言う。
「ママ、今日のシャワーいつもより熱かったよね。火傷しちゃったみたい」
「え?!それは大変。どこを?」
「くちびるを」
なんでだよ。
下唇を引っ張って見せる。寝室の一番弱いダウンライトの下、火傷の痕跡はよくわからない。
「ママがキスしてくれたら治ると思う」
その理論はもっとわからない。
私は子供とスキンシップは嫌いではないが、ベタベタするのも好きではない。
特に口と口のキスはしない主義と言っていい。
虫歯菌が移るとか衛生面での心配もあるが、なにより中高生になって何かあった時に「私のファーストキスをあんたが奪うなんて!」という展開が楽しめないではないか。
いや、そういう展開の漫画を読んだときに「あーー・・・私のファーストキスってママ(パパ・おじいちゃん・おばあちゃん・きょうだい)だったな〜〜」なんて思って年寄りじみたため息をついたらどうするんだろう。
そんなの漫画の豊かな国に生まれた甲斐がないじゃないか。
「ママがキスしても治りません。氷とキスするのがいいと思うよ」
常日頃から「一度ベッドに入ったら何があっても起き上がりません。私とはそういう生き物です」と宣言しているので、娘は「そっかー」と言って自ら冷蔵庫に氷をとりに行く。
やれやれ。これで火傷問題は大丈夫だろう。そもそも唇だけを火傷するシャワーというのは存在しない。100歩譲っても可能なのは全身やけどだ。
「氷持ってきたよ。ママ、キスしよう」
100歩譲っても理解しにくい理論が来た。なんでだよ。
「ママ側とWちゃん側から氷にチューするの」
なんでだよ。
「ママは氷にチューしません。一人でお願いします」
Wちゃんは仕方ないなあというふうに氷を口に入れガリンゴリンと氷を砕いて食べた。そしてまたニコニコしながら言う。
「口の中冷たくなったからキスしよう」
なんでだよ。
妖怪なのか?夏の夜に現れるキス妖怪か?
この娘、5歳ながらに幼女だからって何しても許されると思ってないか?
これが38歳男性だったら最初のキスの申し出で通報してもいいレベルだ。
38歳女性でもそうだ。
10歳男児でも「この子の将来が心配だからここでガツンとダメだと言っておかないとアカン」と親が教育的指導ファイティングポーズをとるだろう。
5歳男児でも「これ保育園(幼稚園)で誰これ構わず言ってたらどうしよう」とアラームが鳴る話だ。
私の対応は間違っているのだろうか。
一切キスを受け入れていないのだが、まだ甘いのだろうか。
「キスしません。もう寝てください」
キスしない理由は前述の通りだが、もちろん我が娘が可愛くないわけではない。でもキスが特別なものであるとわかってほしいし、ダメだと言っている人に無理強いをしていいはずがない。
Wちゃんは仕方がないなあと言うふうに横になり、またしばらくして
「お口の中冷たくなくなったからキスしよう」
常温。
振り出しより前に戻ってる。
もう火傷も火傷前に戻るレベルだ。
この双六終わりが見えない。
伝わってくるのは「とにかくママとキスしたい」という思い。
もしもいつか本当に好きな人ができたらその熱意でコトに構えてほしいが、その時になんとなくフラッシュバックするのがママとのキスの思い出だったらイヤだろう。
前世の記憶だとしてもイヤだろう。
「よしわかった」
私は心を鬼にしてこの双六をひっくり返すことにした。
仕方がない。最愛であり対等である対象を差し出そう。
「パパにキスしてきていいよ」
Wちゃんは一瞬息を止め、また大きく息を吸って言う。
「それはイヤだ」
「なんでだよ」
隣の居間で夫の声がする。
Wちゃんはケタケタ笑いながら、でもそれは絶対イヤだと笑う。
子育てはトラップの連続だ。どこでうっかり罠にハマり「ママが私のファーストキス奪った!」と中学生になった娘に罵倒されるかわからない。
キスに限らずとも、どんな促しが、どんなおすすめが、どんな経験が「こどもの初めてを奪った」として恨まれるかわからない。
なんでも経験させたいけど、一緒に美味しいものを食べて、一緒に素晴らしいものを見たいけど、ぜんぶ忘れてほしいとも思う。
これまでの全ての経験を忘れてしまうような、鮮烈で特別な「大事な人」と出会ってほしいとも思う。
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そんな私の思いを全く知らず、ママ限定キス妖怪はいつでもママとのキスを狙ってる。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
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