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やるきスイッチを押せなくて

些細なことの積み重ねで精神が低いところで停滞していく。やればいいのに、やらないを選択してしまうことが増えてしまう。

娘と2人暮らしも半月を超え、19時台に寝ていってくれることもあり、さあ自分時間だ、というのにぽかーんと過ごし、なにをしてるんだとまた悪い循環へと陥っていく。

昨夜は、娘のお気に入りのトッティというイタリアンのお店に行った。外食はちょこちょこしているけど、昨日は少しデート感のある、朝から約束をして行った日だった。案の定、最初にピザを3口ほど食べただけで、抱きかかえたまま寝ていった。

仕事も、普段やらないことはやらないほうがいいな、と思うことが多々ある。

企業の撮影で、下見を朝9時にどこどこ集合で、とディレクション担当の知人から連絡きたとき、イラっとしてしまった。そもそも、下見をよく分かってない人が多く、「そんなの撮影当日でいいじゃないか」とか、「それはあなたが下見しておけば済んでいただろう」ということが多い。まして、お金はどうでもいいと思いつつも、下見に要する費用はスチールの場合、または僕の場合、加味されていないと感じることが多い。その都度、「これも勉強勉強」、と自分をなだめてきた。

朝9時と言われムッとして、正直に「今娘と2人暮らしで朝早いのはきついっす!」と言うことで、自分の中でバランスを保つことにした。

仕事なのだから、言われた時間に言われた通りに、ということも大切。家庭の事情を仕事に出さない、という人のほうが多いだろうし、そうあるべきだと思うけど、なんとなく、最近の自分の精神的にはこれを「がんばらない」ほうがいいと思った。朝早いというのは、自分はよくても家族への負担が大きい。

そもそもこの案件は自分じゃなくてもよさそうというのと、お世話になっているけどこの知人さんの仕事は毎回「予算がなくて」と時間だけ搾取されている感がある。(素晴らしい出会いを頂けるので感謝はしているのだけど)

企業案件は受けていきたいけど、やるならば能動的にやりたい。

結果、下見を1か月遅らせ、時間は変わらず、となった。その頃には妻も帰ってくるので、自分の身動きも取りやすい。

少し前にはやったこともない「動画撮影」の仕事もした。学校関係の東海地区の数百名の集まりで、ホテルの宴会場ふたつを貸し切り、メイン会場で撮影したものをサテライト会場で同時配信、後日youtubeにアップする。午後は場所を変えて、小中学校20教室ほどの先生たちの研究の発表の場を写真撮影(これは専門分野なので気持ちは楽)。

準備段階では同時配信が無事できるのか、テストをしつつも慣れてないので、本番を迎えて終わるまでは、気が気じゃなかった。知り合いの人からのお話だったので「なんとかせねば」とお受けしたのだけど、"新しいことへの挑戦!"というほどの達成感も得られず(今後やらないだろうし)、やっぱり慣れないことはするもんじゃないと考えさせられた。

他にも「普段やらないことを"新しい挑戦"として」受けている現在進行形な案件はいくつかあり、そのおかげで本来やるべきことへの挑戦が止まってしまっている。

これはいつも思うんだけど、そのときのテンションで受けてはいけないのだ。そろそろ学習してくれ、自分。でも、なんとかしてくれないかと言われると、なんとかしますと言ってしまう。

家庭が忙しくなり思うのは、毎日自分のやりたいことをやるために、健康的に過ごしていくためには、「本当にやりたいこと」にますます集中していかないと、まわらない。ということが分かってきた。

自分の余裕度というのは、どんどん減っているんだ。子どもが小さいうちはそういうことなんだろうな。

あと3年くらいは、核となる部分を育てるべきだ。ということが分かった今日のnote。

zoomで写真講座とか、note毎日とかメルマガとか、新しいスタジオのこととか。今秋の展開とか。そこに時間を使うために、明日から集中していこう。

おやすみなさい。

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