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掴みとったサインTシャツ

掴みとったサインTシャツ   作:高木優至


(居間で妻の写真を見ている。)

ごめん。君が大切にしていたSAGのサイン入りTシャツ…捨てちゃった。どうしてかなぁ。何だか今はもう、とっても清々しい気分で一杯なんだ。心の重荷が取れたっていうか。ああ、ごめん。そりゃ怒るよね。君はSAG親衛隊のナンバー1番なんだから。あ、お笑い番組ちょっとうるさかった?ごめんごめん。サイト・アンド・グレイなんてグループ、君に出会わなかったら一生知ることなんてなかったよ。

覚えてる? 二人で行ったワンマンライブ。盛り上がり過ぎて君、声ガッサガサになってただろ? あんなに君を虜にするSAGにさ。僕ね、ちょっと嫉妬したんだ。いや、だから捨てたって訳じゃないよ。そういう訳じゃないんだけど。あの時にね。思ったんだ。あ、好きなんだって。

ライブの最後でさ。サイン入りTシャツをかけてじゃんけん大会することになったじゃん。君は気合入りまくりでさ。なのに二人とも初戦敗退。何だよもうって二人して爆笑。でも隣見たら何か泣いてる人がいてさ。「あ、この子全力なんだ」って思ったら急に可愛く思えてきて、なんかやりきれなくなって。

そんな事思ってたら、最後に残ったのがボーカルのハル君の父親でさ。何だよ関係者かよって微妙な空気になって。お父さんが「申し訳ないからもう一戦どうぞ」って敗者復活戦になって。湧いたよね。あれは本当に熱かった。ちょうどこのお笑い番組みたいに。

なのに君はやっぱりすぐ負けてさ。テンションがた落ち。あん時内心うわーって思ったけど、まさかまさかの僕が最後まで残るなんて。あれだ。無欲の勝利ってヤツだよきっと。隣見たら君が号泣しててさ。ちょっと笑っちゃった。ごめん。でも君のあんなに嬉しそうな笑顔を始めて見る事ができてさ。(微笑む)これはもっともっと喜ばせてあげたいなって、そう思ったんだ。

そんな君が交通事故で亡くなって、もう14年経つよ。6歳だった若菜も、もう成人式だ。月日の流れってものは早いもんだね。若菜がさ、一人暮らし始めるって言い出してさ。いよいよ僕も子離れしなくちゃいけない歳なんだなって。君に似てこうと決めたらもう全然言う事を聞かなくってさ。良い年頃だし、あの子も彼氏とイチャイチャしたいんだろうなきっと。寂しいもんだよ男親ってやつは。

真奈美。あのな。あの…実はさ。ある人がね、僕の事を好きだって言ってくれてるんだ。凄く感じの良い人で、僕も素敵な人だと思っている。思っているけど…どうなんだろうな。どうしたら良いと思う?

僕はね。彼女の気持ちに応えるためにTシャツを捨てたんだ。だけど真奈美は消えることなく僕の心の中に残っている。真奈美と過ごした記憶はどんどん色褪せていくのに、想いは色褪せることなく今もここにずっとある。なあ、どうしたら良いのかなぁ真奈美。

ダメダメだぁ。何なんだよ僕は。どうして真奈美は僕を選んでくれたのかな? 未だにわからないよ。何で真奈美は僕を選んでくれたの? なあ、教えてくれよ。

真奈美。そんな僕でも、スパッと決められたことが一つだけあるんだ。それはね…君との結婚。

なあ真奈美。彼女はね。突然真奈美を失って、ぽっかりと空いた僕の心の隙間を埋めてくれようとしたんだ。辛い苦しい時はいつも傍にいてくれて。だけど実際には完全に埋まることは無かった。無かったんだけど、いつも僕の心に寄り添ってくれた。それでもずっと隣にいてくれたんだ。

なあ、真奈美。こんな僕でも彼女を幸せにしてあげられるのかな? 幸せにする資格があるのかな? 真奈美。真奈美は僕と一緒で幸せだったかい? 幸せだったのかなぁ? 僕は幸せだったよ。というかちょっと幸せ過ぎたんだ。だからね。僕は決めたよ。彼女にこう言うんだ。

(無音。口パク。)


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