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星降りの神社

星降りの神社   作:高木優至


(満月の夜の神社。)

あれ、え、うわ…あ…え? あ、本当だったんだ。あの話。あの、その、なんだ…えっと。あー、その…おかえりなさい、太一。ってなんか違うか。

長々と続く階段の上、小高い丘に建つ御霊守(みたまもり)神社。通称、星降りの神社。星の綺麗な夜に行くと、あたかも自分に星が降り注いでいるかの様に感じる所からそう呼ばれている。あの日の夜も私は、太一に呼ばれて星降りの神社に向かっていたのだった。

今日は曇っていて星が見えないな。せっかくの星降りの神社が台無しだよ。てか、こんな時間になんの用なんだ太一よ。(鈴虫の音)鈴虫か。もう夏も終わりだね。年が明けたらもう私たちも卒業か。春には実家を離れて寮生活。この私も天下の花の音大生様だよ。いつか君たちにも負けない音色を聞かせてあげるからね。鈴虫君たち。

あ、雨。最悪だよもう。太一は人の事呼び出しといて何をやっとるのかね? 信じらんないわホント。学校行く時も毎回家の前で待たされるし。お前は女子か!っての。 机の周りは散らかしっぱなしだし。出したもんくらいしまえよ。手の届く距離なんだからさ。おまけに背中側のシャツ出てるし。何であれ毎回出てんだろね? 毎回出す方が難しいだろって。ていうかお洒落だと思ってたらマジでヤバいからね。ホントだらしないだけ(だぞ)おわっ!

びっくりしたー。居るんなら言ってよ。別に出づらい雰囲気なんて作ってないし。ただ本当の事をつらつらと言っていただけだもん。ていうか何?こんな日に。あーもう。雨酷くなってきたじゃん。とりあえず木の下に避難しよ。

大きいねーこの木。何の木なんだろ? 檜? そうなの? こいつか。こいつが私の春を悩ませる元凶だったのか。太一も一発殴っておいた方が良いよ。御神木とかマジで今そんなの関係無いし。って冗談に決まってるでしょ! 何本気で殴ろうとしてんの。バッカじゃないの? バカにバカって言って何が悪いの? いや、私はバカじゃないし。ってこんなことするために私はここへ呼ばれた訳?

(失笑)こんなバカな話できるのも太一だけだよね。ね、覚えてる? 前にもこんなことあったよね。外で遊んでたらさ。急に空が暗くなって。雷がゴロゴロゴロー!ってさ。怖かったなーあの時。太一が必死に私の手を引っ張ってくれてさ。泣きそうな顔しながら、やけに力強いの。別に照れなくても良いじゃん。かっこよかったなー、あの時の太一。ええ、ええ、今は見る影もないですが? 嘘嘘。冗談だって。

で何? 何か言いたいことがあるんでしょ私に。どんな小さな悩みでもドンと聞いてあげましょう。この紗友里お姉様が。2カ月でもお姉さんはお姉さんなの! で何?(雷鳴)

一瞬だった。一瞬で私たちは真っ白な光に包まれて。目を覚ました時には病院のベットの上。太一が心臓麻痺で亡くなったと聞かされたのも病院のベットの上だった。奇跡的に一命をとりとめた私は…ただただ病院の天井を眺めていた。眺め続けることしかできなかった。時々胸の奥から漏れ出しそうになる嗚咽(おえつ)を必死にこらえながら。“出しちゃいけない”何かそんな気がした。私は必死でそれを押しとどめた。

私は思い出していた。おばあちゃんが小さい頃に話してくれた御霊守神社のお話を。
「8月の月が真ん丸に輝く時。ちょうど満月様が真上に来る頃、御霊守神社のコブ山の上で会いたい相手の名前を3回呼ぶと、神様がその相手に会わせてくれるんだよ。」というお話を。

ぽっかりと空いてしまった心の隙間を埋めるべく、私は心の求めるまま御霊守神社に行った。満月が空に浮かび上がる中、御霊守神社のコブ山で私はただただずっと待っていた。その時を。太一に会えると信じて。
月が真上に上った時、私は名前を3回呼んだ。太一。太一。太一と。すると目の前に影がスーッとよぎった。

(太一!?)

その影は太一ではなく、神主さんだった。コブ山に行く私を見て、お茶を持って来てくれたのだ。何ともタイミングが悪い。お礼を言いお辞儀をすると神主さんは戻って行った。ふぅー。気を削がれた私は満月を見上げると目を瞑り“ありがとう”と一言添えた。まあ現実なんてこんなものだ。諦めの気持ちと共に何ともやるせない思いを抱えたまま、私はゆっくりと目を開いた。ゆっくりと、目を、開いたんだ。

あれ、え、うわ…あ…え? あ、本当だったんだ。あの話。あの、その、なんだ…えっと。あー、その…おかえりなさい、太一。ってなんか違うか。

何言ってんだとか言うな! 私だって…私だって。色々あるんだ、バカ! え、何!?何でよ。太一もう薄くなってるじゃん。嘘でしょ。早いよ。早すぎるよ! 急に私の前からいなくなって、急に私の事呼びつけといてさ。また急に居なくなんの? ズルいよ。ズルいよ太一。

あの時何が言いたかったの? 私に何か言いたかったんでしょ? 聞こえないよ。声が小さすぎて聞こえない。もっと大きな声出してよ! あの時みたいに…またあの時みたいにさ、バカみたいにデカい太一の声を、もっと私に聞かせてよ! 太一の声を…聞かせてよ。もっと私に。大きな声でさ。聞かせてよ。私の事。

ダメだよ。行っちゃヤダよ。まだ何にも話せてないよ? まだ何にも話せてないんだってば! どうして? 何でこんな事するの? こんなんなら会えない方がまだよかったよ! どうしてこんな…。太一。ごめん。私のせいでごめん。私だけ生き残ってごめんなさい! ああ、もう太一が消えちゃうよ! どうしよ!

大好き。私はそれだけ言いたかったんだ。…太一。18年間、私の傍で笑っていてくれて、ありがとう。ありがとうございました!

鈴虫が鳴いている。私と一緒に鈴虫が。

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