見出し画像

はちみつと二人分のコップ

はちみつと二人分のコップ   作:高木優至


(一人暮らしの部屋。ぼんやりとした女性がじっとこちらを見ている。自撮りを始める。)

えっと、あのですね。私、霊感とかそういう物って何も無いんです。というか無かったんですけど。今ですね。ほんとさっきからなんですけど、私の部屋にですね。居るんですよ。女の人が。うわー!って思ったんですけど、今の所何もしてこない様なのでこうして動画回してます。

あれ。見えますかね? あそこ、映ってんのかな? さっきからずーっと私の事見てるんですよね。めっちゃ気持ち悪くないですか?髪長いし。ほらあそこ! こっわ! あの…襲ってきたりとかしないよね? (合掌する。)居なくなれぇー、てぇい! …流石に無理か。

あれだ! 塩だ。塩撒いたら居なくなったりしないかな? どう思います? 浄化と言えばやっぱりお塩ですよね。くぁー、我ながら天才だ! (塩を見せる。)ちょっと撒いてみましょう。…反応なし。塩って効くんじゃないの? あぁあー、床がジャリジャリだ。掃除機かけな…って(無言で驚く。)…お怒りですか? なんか怒ってらっしゃるー。

どうしよ。こういう時はアレだ。甘いものだ。甘いものとか好きですか? 砂糖。いや、砂糖まるまんまは失礼でしょ…はちみつとか? はちみつ…まあ、ちょっとチャレンジしてみますね。…あの、これ、どうぞ。あ、やっぱりダメですか。ですよねー。あ、でもちょっとニヤって…って喜ばせてどうすんのよ私!

アレだ! お経だ! そうだよ極楽成仏と言えばお経だよ! 確かお経の動画ってあったよね…。レッツら般若心経!

(お経を流す。)

お、効いてる? あの、嫌だったらいつでもお引き取りくださいねー。出口はあちらですよー。あ、でも、いきなり「くわっ!ギャー!」みたいな展開は無しですよ? こちらにも心の準備というものが。

…あの。おーい。え? あれ?寝てます? え? あの。ここで寝られると非常に困るんですけど…。あれ? おかしいな、お経効かないのかな。いや、そんな訳ないでしょ。お経が効かないってどんだけ未練垂れ流しガールなんだよ! …微動だにせず。地蔵か!

あ、おはようございます。え、何その“何かを訴えかけるような目”は? (身震いする)え、何ですか?

(こちらに向かってくる。)わっ! こわこわこわこわこわっ! お母さ~ん。助けて、お母さーん! 無理無理無理無理。…え、何? 何言ってんの? 全然聞こえない。あ、でもよく見ると美人。あー、聞こえないのよ。あの、ぜ・ん・ぜ・ん・聞・こ・え・な・い。そう。全然聞こえないの。

え? ジェスチャー? 何? 私? と他の何か? うらめしや~。キックキック。え? 違うの? え、キックキックでしょ?これ。あ、違うんだごめんね。

え?何で私怒られてんの? いやどう考えても分からんでしょ、出題者が悪い。っていうかこういうのって喧嘩両成敗じゃないの? うっさいわ! 何笑っとんじゃボケ。って笑えるんだ。…そっか、うん。笑ってる方がずっと良いよ。可愛い。

ま、それは置いといて。続きを。小さい子? 私とこの子。私とこの子…ん?あなたの子供なの? ああ、そうなんだ。

え!? 何? 急に暴れてどうした? この子? ああ、子供が…暴れるの? そうなのね。ん? 拝む。拝む…え? (照れる)何~? 急にそんなに崇められてもぉ~。え? あ、違うの? 

私にお願いしてるの? え、無理無理無理無理、無理に決まってんでしょうが! 何かわからんけど、私のアホ毛が直観的に無理って言ってる。え?その子供ってまだどこかで生きてるの?って死んでるんかーい。いや、無理でしょどう考えても。私そんな力ないし。

いや…いやいやいや。その縋り付いてくる感じ余計怖いんですけど。あのね。空気とタイマンかませって言ってるようなもんよ?

え、いやそんな急に怖い目で見られても。無理なものは無理なんで…。ああぁ、ジョジョ並みのプレッシャーかけられてる。いや、圧力半端なぁ! あーもう、わかりました。わかりましたよ。私でできることであれば協力します! やればいいんでしょ? やれば。でも期待はしないでくださいね。

でその子はどこに?(ぬいぐるみが落ちる。)うわっ! もー、やめてくださいよそういうの。ダメなんですよ私。え? あなたじゃなくて、子供がやったの? もー、子供っち。激おこぷんぷん丸だぞ。(咳払い。)それにその子見えないし私。いや、もうその時点で詰んでるでしょ? いや、やりますよ。やりますけれども。

そもそも何でその子、成仏してないの? ってあんたもそうだけどさ。「Why?」ってアメリカ人並みのリアクションきたこれ。(物音がする。)うっさいわ! ちょっと空気読め! ってこの状況受け入れ始めてる私すごっ!

(机が揺れる。机を押さえる。)あっ、やめて。ちゃぶ台返しだけは勘弁してー! おまっ、片付けんのこの私だぞ、バカヤロウが。かまってちゃんかコノヤロー。っていや、お母さんニコニコ見てるだけー。手伝ってよ。

(考えを巡らせて思いつく。)あのひょっとしてお子さんって甘えん坊だったりしますか? そっか、そうなんだ。
ねえ!子供っち。ひょっとしてさ、もっと遊びたかったりとかするのかな?(机の揺れが収まる。)あ、やっぱそうなんだ。私もね。鍵っ子だったからその気持ちわかるよ。一人は寂しいよね?

ねえ、お母さん。これはたぶんなんだけどさ。この子ってもっとお母さんと遊びたかったんじゃないのかな? もっともっとたくさんお母さんに甘えたかったんじゃないのかな? 何があったのかは知らないけどさ、急にこんな事になって寂しかったんじゃないのかな?

私もさ、大したことはできないけど。もしもだよ。もし私でも良いのなら、子供っちと一緒に遊んであげてもいいけど? あ、人間離れした奴はもちろん無理よ。人には限度ってものがあるからね。それで私もお陀仏しちゃったら笑うに笑えんからね。…いや、ここ笑う所じゃないんだけど。

ま、今は二人共たっぷり時間もあることだし、楽しい思い出モリモリ作っちゃおうよ。二人のさ。ね? 今からでも遅くないって。よーし、こうなったらとことん付き合ってやろーじゃないの。今夜は二人共寝かさないよー。って寝ないのか。

(二人と遊ぶ。寝落ちする。目を覚ます。)

ん…んんー。朝? (カーテンを開ける。)眩しっ。あーごめん、私寝落ちしちゃったわ。あれ? どこ行ったの? おーい。夢?じゃないよね。
んー、居ないね。そっか、居なくなったか。ちょっと寂しいな。(欠伸をする。)二人共天国行けたかなぁ? 仲良く行けてると良いよねぇ。さて、私も仕事行く準備でもしますか。

(準備をする。)

お、今日の恋愛運…絶好調! ひょっとして正樹君に告ったらこれ、勢いで行けんじゃね? ラッキーアイテムは…塩。塩。そう来ましたか。塩ね。

(携帯用の塩の準備をする。机に水の入ったコップ二つとはちみつを置く。はちみつに塩を振りかける。)

お裾分け。じゃ、行ってきます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?