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夜空にブルース - おじさんバンドに涙した日

中年以降、年齢を重ねることのマイナス面を思いつくまま列挙する。
モノ覚えが悪くなる。体力がなくなる。外見上の経年劣化。モテなくなる(私だけか)。等々。周りも自分と同世代ならあまり感じないが、突然、若い人だけの集団と仕事をするようになったりすると現実を突きつけられる。

あーあ。

なんかこう、歳とるのも悪くないな、と思えるような人達に会ってみたいものだ。来たる年月を思ってワクワクできるようなお手本、どこかにいないだろうか。

そんな考えが去来した、昨年の1月。新聞に載っていたあるコンサート評に目が止まった。
曰く、(正確には覚えていないが)「大学卒業時に結成し、以来四十数年。会社員との二足のワラジで活動してきたが、この度定年し、今後はミュージシャン一本でやっていくという」「この楽しい仲間達の演奏が今後も長く続くことを願う」。

会社員をやりながらの音楽活動でメジャー新聞に批評が出るというのはそうあることではない。しかも還暦を過ぎて「今後はミュージシャン一本でやっていく」って。 なにこの人たち。 俄然、興味が湧いた。

その翌月。 彼ら - 日本で唯一の“ジャンプ・ジャイヴバンド”「吾妻光良とSwinging Boppers 」- のライブを聴くため、私は横浜のライブハウスにいた。

そして。はじめに結果を言ってしまうと、今までのライブとは一味も二味も違う、非常に心地良いひとときを過ごすことができたのだ。

久しぶりに高揚した気分で家路につきながら考えた。

私は決して音楽に詳しい方ではないが、人並み程度には聴いてきたし、もちろん、ライブやコンサートに行ったのは初めてではない。アリーナで海外の大物アーティストの来日公演を観たこともある。それでも、今回のライブ体験は出色と言っていいくらい楽しかったのだ。なぜだろう? 歳と共に好みが変わったか?

もう一度、彼らの音楽を聴きに行ってみればわかるかもしれない。

5月。
私は友人を誘って日比谷野外大音楽堂(=野音)に来ていた。彼らが出演する「東京ブルースカーニバル2022」を観るためだ。日本の、歴史あるブルースの祭典。

が、実は私、ブルースのこと、よくわからない。Swinging Boppers以外は知らない名前ばかりだし、正直盛り上がらなかったら連れてきた友人に悪いなとさえ思った。

周りを見渡すと結構ご年配の方々が多い。5月とはいえ気温は30度を超えている。日差しも強いし、搬送される人が出なければ良いがと真剣に思ってしまった。

ところが、そうした心配は最初のドラムが叩かれた瞬間に吹っ飛んだのだ。

出演者は往年の(かつ選りすぐりの)ブルースバンドたち。これが驚くほどカッコいいのである。「今年でデビュー50年」と言いながら、スレンダーな身体にビシッとスーツ(再び、気温30度以上です)を決め、キレッキレッの演奏に惚れ惚れするほどの声量でシャウトする、多分古希のギターボーカル。「ロックはブルースから生まれた子供」と歌いながら、そのロック顔負けのグルーブ感に会場を巻き込む、還暦のギタリスト。

気がつけば、搬送されないかと心配したような人たちが首にタオルを巻いて立ち上がっている。そして若い人たちと一緒に拳を突き上げ、踊っている。
3000人が、ひとつのうねりの中にいた。

夕陽が沈みかけると、大トリのSwinging Boppersの登場だ。暮れゆく初夏の東京。ステージライトは輝きを増す。バンドの「顔」である吾妻氏は、ルックスだけを言うなら以前いた会社の再雇用のおじさんにそっくりだが(スミマセン!)、会場の盛り上がりは最高潮に達する。

ここで私が痛感したのは、彼らに対して「二足のワラジ」という言葉を安易に使ってはいけないということだ。彼らの音楽は、サラリーマンが片手間にできる類のものではない。耳の肥えた聴衆が集まるライブハウスで、フェスで、皆の心を揺さぶるのは、当然のことながら彼らが一流のミュージシャンであり、聴衆を楽しませることのなんたるかを知り尽くしているからなのだ。

そしてきっと、長きにわたって音楽ができることの喜びを謳歌しているから。

それはこのブルースカーニバルで演奏しているすべてのミュージシャンに共通していた。本当に音楽が好きでなければ半世紀も続けられるワケはない。音楽をやっているときの彼らの多幸感がこちらにも滲みてくる。

会場を後にするとき、友人が目を見開くようにして言った。
「よかったねえ、おじさんたち!」「うん。なんだかちょっと元気になったよね」ほんとはちょっとどころではなかったのだが。

そのあと日比谷公園で飲んだビールが美味しすぎて、ふと落涙しそうになった。
それから1週間、ずっと上機嫌でいられた。

 私の若さへの郷愁なんてそんなものなのかもしれない。

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