日記より25-10「開催中止と収穫祭」(続き)

   日記より25-10「開催中止と収穫祭」(続き)     H夕闇                                                                                                                               バーバに言われなくとも、孫はマスクを着けて靴(くつ)を履(は)く。妻は(冷たい麦茶の水筒の他)双眼鏡もカバンに入れた。道々Mに河原の野鳥を見せるのだろう。二人がY橋を渡って消えるまで、僕は土手から見送った。いつも公園で会うKさんに、きっと孫を見せる魂胆(こんたん)だろう。
 食事時みやげ話しに言(い)わく、案(あん)の定(じょう)Kさん(女性)に会って紹介したら、Mは大層はにかんだと。
 食後、いつもは姉妹たちとチャンネル争いの日曜日の朝、リモ・コンを独占したMが(新幹線だのライダーだの)テレビに噛(かじ)り付(つ)き、父親は食卓でPC仕事。ニュース番組みを諦(あきら)めたジージは、読み掛(か)けの「紫式部日記」。バーバは台所で洗い物。
 唐突(とうとつ)にMが思い出した。きのう花火の際に庭で見付けた植物。これは何かとジージに尋(たず)ねたが、「あしたのお楽しみ」とて教えてもらえなかったのだ。それを一晩チャンと覚えていたらしい。
 じゃが芋(いも)の茎だった。我が家では生まごみを庭に埋めるのだが、時々思い掛けぬ野菜が芽を出す。茎や蔦(つた)が伸び、葉が茂って、時々こういうことになる。無論、地中でも勝手に育っている。
 孫と庭へ出て、スコップで掘らせた。大きいのでも、Mの握り拳(こぶし)位(ぐらい)だが、一株を掘っただけで、ゾロゾロ十個ばかり芋が出て来た。スーパーの店頭に並んでいる商品が元々こういう具合いにして取れることを、(理科や社会の授業で習う前に)孫は実地で理解した筈(はず)だ。
 靴洗い場で収穫物の土を洗い落し、Mは両手に一杯(いっぱい)(危なっかしく)持ってバーバへ行った。芋の煮(に)っ転(ころ)がしが、十時のおやつになった。身が締(し)まって、美味である。
 それを親子孫の四人で食べた。多くは孫が平らげたのだが、途中でフと気が付いて、二つずつ(熱いのを我慢して)皆に配った。アツアツの湯気(ゆげ)が立ち、塩加減が良いのに、甘露(かんろ)甘露!

 それから僕はコスモスの種蒔(たねま)きに誘い、二人で外へ。先ずは隣家へ顔を出す。裏の川の土手が(管理する県土木事務所の事業として)除草された半月前から、僕には腹案が有った。自宅の裏は既に花畑に仕上がったが、更に隣地まで延長しようとの心積もり。それをMと一緒(いっしょ)に造りたい。その前に(念(ねん)の為(ため))隣りのAさん宅から了解を取り付け、間(あわ)よくばTちゃんも誘おう、(それには、むくつけきジージにMの同行が望ましい。)との共同作戦である。
 玄関チャイムで呼び出されたA夫人は「あらあ!」と開口一番Mへ話し掛けた。膝(ひざ)を屈(かが)めて、名前を尋ねる。(愛想(あいそ)が良く子供好きな女性は大概そうするのである。)けれど、問われた方は、モジモジして声が小さい。二度目に促(うなが)されて「HMです!」と今度は大きく名乗った。ハキハキ話すよう(学校か両親から)躾(しつ)けられたような人工的な口調である。
 夫人は次ぎに僕へ「先日お裾分(すそわ)け頂(いただい)いた梅干(うめぼ)し」の礼に取り掛かった。大変おいしかった、作り方は?時期は?と中々(なかなか)こちらに喋(しゃべ)らせてくれない。梅干し作成マニュアルの件は梅干しバーさんへ回して、漸(ようや)く僕が重たい口を挟(はさ)むことが出来た。「あのお、もし厭(いや)でなかったら、」云々(うんぬん)とコスモス種蒔きの了承を求めると、「そんなこと、厭な人なんか居ませんよ。」と即座に快諾。勢いに乗じ、更にTちゃんの応援も求めると、今は遅い朝食中とのこと。では二人で始めているから、もし本人が参加したかったら、外へ出て来て欲(ほ)しい、と伝言を頼んだ。口べたな花咲かジーさんにしては、上首尾(じょうしゅび)の商談成立である。
 僕が先ず軍手の指先でグッと土を押す。草を刈った後の黒い腐葉土は、湿って柔らかく、一センチ程の窪(くぼ)みが簡単(かんたん)に出来る。そこへMが種を二つ三つ落とす。そして土を被(かぶ)せる。「二粒か三粒」と僕は教えたのだが、孫は丹念(たんねん)に三つ正確に数えて穴に埋めた。二粒でも三粒でも全く構わないのに、かれは律儀(りちぎ)に三粒ずつ蒔く。土に俯(うつむ)いて(よく見えないが、)口元が蠢(うごめ)いている所を見ると、もしかしたら「一つ、二つ、三つ」と低く呟(つぶや)いているのかも知(し)れない。一つ一つ丁寧(ていねい)に注意深く行う様子が、僕には溜まらなく嬉しかった。(そういう生(き)まじめな性格だったと、ずぼらで良い加減な妻へ対照的に報告したら、祖父に似て融通(ゆうずう)が利(き)かないのだと逆襲された。)
 道路と土手の境の縁石に沿って、縦横十センチずつ方眼状に間隔を空け、五列縦隊の五段ばかり(半メートル程)進んだ頃に、隣家の女の子Tちゃんが現れた。Mより少し上級生の筈(はず)だ。僕は二人を紳士淑女のように紹介する。又もやMは名乗る声が小さくなった。
 それから仕事の手順と分担を指示して、三人で種蒔きを再開。おかあさんも玄関先へ出て来て、何と無く掃(は)き掃除(そうじ)など始めた。僕はハハンと思い当たって、験(ため)しに誘ってみると、やはり母堂も参加して来て、四人で土手下に花壇作り。
 間も無く家内まで冷たいゼリーの差し入れを持参して闖入(ちんにゅう)すると、主婦二人が梅干し談義に花を咲かせ、最早(もはや)コスモス所(どころ)ではなくなった。ケーキ作りや手芸まで話題は進展し、井戸端会議が中々尽きない。炎天下の作業は(いつの間にか、)涼しくなったら夕方に、と延期された。
 Mは芋掘り収穫と種蒔き体験。A家には、転居して最初の夏に種を蒔いたコスモスが、年々自生して秋ごとに咲いたら、きっと良い記念になるだろう。隣家から(言挙(ことあ)げしない)新築祝いである。
 年上の女性たち(バーバの散歩仲間Kさん、実家の隣人A夫人、その娘Tちゃん)に照(て)れた表情のMが、僕には大いなる楽しい収穫だった。つい先日まで言葉も碌(ろく)に話せなかった癖(くせ)に、かれも軈(やが)て思春期を迎え、お嫁さんを貰(もら)うのだろう。それを想像すると、こっちまで俄然(がぜん)こそばゆい。
 その孫がバーバには異性を感じない様子で懐(なつ)き、妻は複雑な心境とのことだ。

 きょう僕は一日中PCに向かって意識が朦朧(もうろう)。夕方はTちゃんとコスモスに散水。A家には如雨露(じょうろ)が無いとのことで、Mの姉が昔ふろ場で遊んだ如雨露(ピンク色の象(ぞう)さん)を進呈した。Tちゃんより年下だが、もう水遊びの玩具は要(い)らないだろう。
 水撒きも夕涼みとならず、気分が淀(よど)み、体が怠(だる)い。験(ため)しに検温すると、三十七度七分。五時でワクチン接種から二十四時間だ。発熱は、新型コロナ・ウイルスの抗体が体内でスクスク育っている証拠だそうだ。
 夜十時、前に原作を読んだ山崎豊子「大地の子」をテレビで見乍(なが)ら測ると、三十六度七分。(日記より)

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